空色の娘は日本育ちの異世界人

雨宮洪

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一章 異世界に帰ってきたらしい?

4話 隻眼の剣客ルエン

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「…この孤児院にエイリというヤヌワの娘がいると聞いた。娘を引き取らせてもらいたい。」

エイリが孤児院に来て1ヶ月を迎えた頃、エイリを引き取る為に1人の男が孤児院に訪れた…


「エイリ、ちょっとおいで…。」

ラシィムが朝食を終えたエイリを呼び止め、彼女は院長室に連れて行かれた

院長室に入ると険しい顔つき、一つに結んだ黒髪、弁柄(べんがら)色の眼、義眼だろうか僅かに色の違う左眼には幅がある一本の傷跡があり顔半分を灰色の布製のマフラーで隠し口元はどうなっているのか分からないが着物を着た男が応接椅子に座っていた。

男の目の前にある応接机にはラシィムに預けていたエイリの腕輪と砕けた透明の破片が置かれているのが見えた

男の年齢は見たところラシィムと同世代のように見える

ー腰に刀も差してある…異世界にもサムライっているんだ…。

時代劇などの侍と違い下駄や足袋ではなくレザーブーツを履いていたが、『スティリア』に着物のような衣服や刀といった武器があるのにエイリは驚いていた

「エイリ、この男の人を知ってるかな…?」

ラシィムに言われるもエイリが『スティリア』に来て1ヶ月の間に知っている人物はエイリをこの孤児院に連れてきた冒険者のシェナンとこのラシィムが運営している孤児院にいる職員や孤児達と養子を迎えようと孤児院に足を運んで来た夫婦達くらいしかいない

その中にこの不逞浪士のような男を見た記憶などあるはずもなかった。

「しらないひとです…。」


エイリは院長室にある椅子に座り、この男と向かい合い容姿を窺うと目付きは鋭いのだが生身の右眼は左の義眼の方が生身なのではないと思うほど虚ろな瞳が見えた。

それ以前にこの男そのものから生気というものが欠けているような印象があった。そして普段から飲酒をしているのか少々酒臭い。

「…お前が生まれる前に母親とは別れていたのでな、互いに初対面だ。」

低い、口を隠すようマフラーを巻いているからかくぐもった声だった

「この人は…君の本当の父親だと名乗りでて来て君を引き取りにこの孤児院に来たんだ…。」

ー本当の…父親…?

この見知らぬ男が実の父親だと告げられても唐突過ぎていくら精神(なかみ)が17歳の元女子高生だったエイリでもそう簡単に理解できるものではなかった

このルエンというエイリの実父と名乗った男はハーセリアの王都に住まう貴族令嬢だったエイリの母親と恋仲だったのだが、当時のハーセリアは血筋と生まれた順序で将来が全て決まる国

元奴隷のヤヌワで城の討伐隊勤めのルエンと貴族令嬢では互いの結婚相手として釣り合うはずもなく周囲の反対故に2人は別れざる得なかった

それから間もなくエイリの母親の実家は王都での精霊達の報復が原因で没落し、その後彼女の行方が分からなくなってしまった

精霊達の報復騒ぎから数年後、ルエンは友人に彼女が魔物に襲われ重傷を負ったと知らせを聞き駆け付けたその日に彼女はルエンの娘を産んでいたことを告げ

最期に身籠った事を彼には知らせず隠したまま娘を産んだ事を謝りながら、魔物に襲われる前に"精霊隠し"にあい行方不明になった娘(エイリ)をもし見つけたら娘をルエンの手で育てて欲しいと遺言を残して彼女は息を引き取った

それから7年近く経ちルエンの知り合いがこの孤児院でエイリの姿を見て、彼がかつて別れた恋人が生んだ子供ではないのかと知らせてきたので確認に来たのだという

彼はエイリの姿を直に見て自身の実子だと確証を得たので恋人の遺言通りに娘を育てる為に引き取らせて欲しいと今回申し出たのだ

「そうでしたか…。"精霊隠し"に遭ったからエイリは変わった物を身に付けていたのですね…。」

"精霊隠し"、これはエイリがいた日本でいう神隠しと同じ意味を持つ

精霊の悪戯で遠く離れた国や滅多にはないが最悪、異世界に飛ばされることがある

異世界に飛ばされ運良く『スティリア』に帰還した者は不思議な服装や所持品を所持しており記憶喪失になっているのだという

そこでラシィムはエイリに死霊の森にいた以前の記憶がないこと、『スティリア』では見たことがない衣服や携帯電話を持っていた理由を理解した

だがそれよりも…

ーやっぱり…私のお母さんは死んじゃってるんだ…。

エイリはルエンの言葉で母親が『金色の愛し子』であり故人であることを知る

薄々エイリを異世界(ニホン)へ逃したという実母と会うことは叶わないかもしれないと感じてはいたが事実を知ると彼女はショックを受けた


「事情は分かりましたが…、それでも…。」

エイリの実父と名乗って来たとはいえ独身の見るからに粗暴な男にエイリを引き渡すべきかラシィムは迷っていた

酒に酔った勢いでエイリに暴力を振るうのではないかと彼は懸念していたからだ


「…俺と娘(エイリ)が親子だと証拠は見せた、文句はないはずだ。」

「ええ…、確かにこの子が持っていた腕輪とあなたが持っていた腕輪の破片は同じ素材でしたけど…。」

ラシィムがエイリを院長室に連れて来る前、ルエンがエイリの実父だという証拠として元は腕輪だった破片をラシィムに見せ、ラシィムがエイリから預かっていた腕輪と比較し"鑑定スキル"で腕輪の素材を鑑定した結果、ルエンが所持していた破片とエイリの腕輪が同じ素材でつくられていたことが判明したのだ

何故エイリが所持していた腕輪と同じ素材の腕輪をルエンが持っていたのかというと、この腕輪は結婚腕輪と呼ばれる代物でエイリの母親とルエンが別れ際に結婚ができないのならせめて結婚腕輪だけでもと交わした物だったという


エイリが長年暮らした世界では結婚相手に結婚指輪を渡す風習があるように『スティリア』では結婚相手に腕輪を送る風習がある

結婚腕輪の素材は上流階級となれば芯になる物に金銀のメッキを施し宝石を装飾したり、冒険者なら上級レベルの魔物から採取した皮や骨で作成された物など種類は様々だ

ルエンが持っていたこの結婚腕輪はある出来事で砕けてしまい、破片とはいえ大事な物なので普段から皮袋に入れ腰に下げているらしい

「…何が何でも娘をリィンデルアに連れて行く。ハーセリアで娘がまともに育つはずがない。」

彼はエイリを引き取った後ハーセリアの隣にある国、リィンデルアでエイリを育てるのだと言った

リィンデルアは15年より前から真っ先に奴隷解放を訴えた国でハーセリア国民のラメルには少々辛辣だがラメルとヤヌワ、亜人がより良い関係で共存している国だ

「エイリ、国境を越えることはまだ幼い君には危険な旅になるだろう。このまま孤児院に残っても私は構わないのだが…。君はルエンさんについて行きたいかい…?」

この孤児院があるカナムから隣国のリィンデルアへ行くには国境と国境内にある街"国境都市セントリアス"を超える必要がある

まず国境までの道のりは以前エイリがいた死霊の森を1週間掛けて抜ければ比較的短期間で辿り着くが、エイリがカナムまで歩いてきた方向と逆の道は進めば進むほど強い魔物も多くなり、国境を超える為だけに森を抜けようとする冒険者はまずいない

高レベルの冒険者と回復魔法が使える者でパーティを組まなければ森を抜けるのは不可能だ


他の方法は1ヶ月以上掛けて"竜車"を利用し乗り継ぎながら国境を目指す方法、道中は魔物だけでなく野盗の襲撃を受けたり国境までの道のりは困難だが死霊の森を抜けるよりは安全な方法である

ルエンはやはり後者の方法でエイリをリィンデルアへ連れて行くようだ


ラシィムはルエンという名と特徴で彼が『隻眼の剣客 ルエン』と呼ばれる凄腕の冒険者であるのは分かるのだが、それでも幼いエイリには厳しい旅になるのは確かで無事に国境を超えられるか心配だった

このまま孤児院で成人を迎えてもヤヌワ寄りのエイリが奴隷差別が色濃く残るハーセリアで生きて行くのは難しい

その時は孤児院の職員としてこのまま院に残っても構わないとラシィムは提案をしたのだが重要なのはエイリの意思だ

ー見た目は怖い人だけど多分…悪い人じゃない…。

エイリは魔物もいなければ紛争にすら縁のない国で長年育った為、顔に大きな傷跡があるルエンが始めは怖かった

僅かながらの"違和感"を感じるが彼の話す事情はエイリが『愛し子』の娘であることをラシィムに迷惑を掛けない為に隠しているのだと感じた


エイリは異世界から来たことを『スティリア』の人間には誰にも話していないにも関わらずルエンはエイリが異世界から来たことを知っていた

だから、ルエンについていけば自分の知りたかったことを知ることができるかもしれない…


「おとうさんといっしょにリィンデルアにいきたいです…。」

エイリは父親のルエンと隣国リィンデルアに行くことを決めた

「あなたにこの子を引き渡しましょう…。簡単なものですみませんが今からの書類を作成します。書類とあなたの冒険者許可証(ライセンス)を持って冒険者組合で手続きをすればこの子の身分証明書代わりになる筈です。」

国境を越えるには身分証明書が必要だ

身分証明書は大きな街にある役所で申請すれば発行ができるのだが、発行するには保護者や保証人の同伴もしくは身分を保証する書類が必要となる上に申請が承認されるのに時間も掛かる


冒険者であれば冒険許可証(ライセンス)を得た後に冒険者組合で国境通過許可の申請をし承認された後に身分証明書代わりになるが、年齢が満10歳にならなければ冒険許可証(ライセンス)自体を発行することができない

まだ7才のエイリは冒険許可証(ライセンス)を発行することができないので、ラシィムがエイリの大まかな特徴と経歴を書いた書類に院長印を押した物を冒険者組合でルエンの冒険許可証(ライセンス)の扶養欄にエイリを登録申請し承認されればエイリの身分証明書としても兼用が可能になる

「そうして貰うと助かる。」

ラシィムは机から養子縁組承認に使用している書類を取り出し、エイリの特徴や経歴を書き始めた

「エイリ、書類を書くのに少し時間が掛かるから君の部屋にある旅に必要な物をこれに纏めておくと良い。」

エイリは古いショルダーバッグをラシィムから餞別として貰うと荷物を纏める為に院長室から出て行った

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