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二章 『愛し子』の娘、ギルド見習いになる
26話 黒い狼
しおりを挟む「エイリー、たまには外に出ようよ」
「きょてんでやりたいことのほうがおおいので…」
エイリがギルド『七曜の獣』に見習い加入して1ヶ月経った。
その間にエイリが仮拠点の外に出たのは入団した次の日、日用品の買い出しのみである。
アビリオが一緒に買い物に行こうと言ったり、猫耳姉妹が町にいる同世代の友達と遊びに外へ出ていることが多くこの2人がエイリを遊びに誘っても頑なに仮拠点の外から出ようとしない。
ルエンも内心ではエイリに外で新たな人間関係を築いてほしいと思ってはいるが、エイリが決めることだからと傍観している。
普段、仮拠点でのエイリはアビリオと協同で団員達の食事を作るだけでなく、頻繁に訪れてくるスオンに料理指導。
アビリオかザンザスに確認してもらいながらノートに日本語でメモしていた『スティリア』に来て作った料理のレシピを別のノートに『スティリア』の共通文字に訳す方法で文字の勉強。
仮拠点にある裏庭で元宿女将が育てていたという植物の実が発芽した物を育てたりなどして1日を過ごしている。
エイリが欲しいと思った道具などはスオンにお願いしているので余計に外出する必要もない。
こうして1ヶ月、何故強引にでもエイリを外出させたいのかというと初めてエイリがルエンとザンザスの3人で買い出しに出た日、エイリとルエンの2人はとても目立つ親子だったので町の人間の記憶に強く残っていたらしく…。
「あれから髪の毛が黒い女の子をずっと見ないけど元気にしてる?」
「もしかしてあの子かなり病弱なの?」
などとハラスの住民達から心配の声が上がっているらしい。
ハラスという町は元々居場所が無い奴隷出身者や別の大陸から来た移民が作り上げた町だ。
ハラスの住民達は日本にいるエイリの義両親や元同級生達も見習えと言ってしまいたいほど善良の者が多いので全く外に出ようとしないエイリを気に掛けてくれるのは本人としては内心嬉しいものだが…。
「わたしって『変』なこどもだから…」
これが余計にエイリが外に出たがらない理由だった。
元は17歳の女子高生のエイリは見た目と言葉の発音は幼児だが『スティリア』からみて異世界で学んだ『スティリア』にはない知識があるだけでなく幼児とは思えぬ落ち着いた目つき、言葉遣いなど見た目と印象があまりにも不一致過ぎた。
そして日本で有名な某少年探偵のような子供らしい演技をするのもエイリは苦手であるのとルエンやスオンのように信頼できる者の前では幼児らしく話したり笑ったりするのだがこれが初対面の者となると淡々とした言葉遣い、表情も無表情になってしまうのだ。
エイリが『スティリア』に来て初めて身を置いた孤児院ではこれが原因で孤児院で働いている大人だけでなく同世代の子供からも気味悪がられた。
日本にいた頃も瞳の色のことがあり気味悪がられるのには慣れていたつもりではいたが傷付いていないフリをするのが上手いだけで傷付かない訳ではない。
それならいっそ新たな人間関係を築くよりもギルドの拠点という狭い世界を自分なりに楽しめる方法を探しながら過ごすことの方がエイリには重要だった。
そんなエイリが外に出るようになったのは『ある出会い』が切っ掛けだった…。
「もうすこしおおきくなったらさしきでぞうりょうさせようかな…」
エイリは裏庭で『ある植物』を熱心に育てている。
この植物の実は日本では食用として一般的に流通しているが『スティリア』では葉の形と可愛らしい実が付くので観賞植物として人気は高いが実は食用として市場に流通することがまず無い。
エイリはこの植物の実で作りたい物があったので仮拠点の元持ち主の妻が育てていた物から実が転げ落ち発芽したものを育てている。
そんなある日、植物の様子を見ようと裏庭に出ると視線のようなものを感じた。
視線の主を見つけるべく周囲を見回すと風呂場となっている小屋の影に隠れるように『それ』はいた。
「あ!カッコいいまっくろワンコがいる!!」
エイリには黒い犬に見えたようだが『それ』は黒い毛色をした狼だった。
犬と狼の区別がつかないエイリは大好きなモッフモフの毛を生やした生き物を見つけ目を輝かせていた。
狼の方はというと逃げるわけでもなければ自分より小さなエイリを獲物として襲うわけでもなくただ黙って金色の瞳でエイリを見つめていた。
暫く両者(?)で見つめ合いが続き…。
「ねぇ…なでさせてもらってもいい?」
エイリは自分より少し大きな狼を目の前にして恐れるどころか撫で回したいという欲求の方が強かった。
狼を刺激しないよう小さな声で撫でさせて欲しいと交渉する。
狼はというと吠えるわけでもなければ威嚇もせず、エイリが近づいても逃げることなくただ黙って影の中にいた。
「おもっていたよりガリガリだね…。ちゃんとたごはんたべてないの…?」
エイリは狼を撫で回しながら狼の身体を点検していた。
一目見た時には分からなかったが狼の毛は思っていたより毛艶が悪く背中と腹回りも肉づきが悪い。
触れるとよりはっきり骨と皮だけということがよく分かった。
ただの犬だと勘違いしていたエイリは野犬にしてはすんなり触らせてくれる辺りどこか飼い主としてなってない貴族に飼われていたのが逃げ出したのかなと思っていた…。
「エイリ!そいつから離れて!!」
「ふぇ?」
裏庭に来たアビリオが黒い狼と一緒にいるエイリを見て狼から離れるようにと大声で言った。
それに対してエイリは何故アビリオがそのようなことを言ったのか分からずおかしな声を発した。
狼はアビリオの姿を見ると素早く逃げていった。
「大丈夫!?噛まれたりしてない!?」
狼が去った後アビリオはエイリに駆け寄り狼に噛まれていないか服の上から触れながら確認した。
「まったくぜんぜんむきずですけど…」
「あ~…良かったぁ…。エイリ…毛が生えた生き物が好きなのは分かるけどちゃんと狼とかには危機感は持とうよ…」
アビリオに言われてはじめてエイリはあの黒犬が狼だと気づいたがあの狼に恐怖を感じることはなかった…。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「…呆れてものも言えん」
「あははは…エイリらしいっちゃぁエイリらしいけどな…」
黒い狼と戯れていた件を知るとルエンは呆れながら、ザンザスは苦笑いしながら言った。
「…もし噛まれて病気にでもなったらどうするんだ」
「ぜんぜんあのこはかまなかったもん…」
医療が日本より水準がはるかに低い『スティリア』でルエンのいうように狂犬病など発症したら治療方法がほぼ無い病気を持っている可能性があるので大人達が心配するのは当たり前だった。
「しっかし、黒い狼だけでも珍しいのに人に懐くなんてなぁ、何処かのボンボンのとこから逃げてきたにしても変だ」
『スティリア』で見かける野生の狼は茶色か灰色が普通だが、突然変異で生まれた黒か白い毛色の個体をアクセサリー感覚で飼う貴族がいるらしい。
やはりアクセサリー感覚なのでいい加減な飼育をし最終的には飼い主から逃亡し人里に降りて家畜や人間を襲うことが殆どだという。
それがあの狼はエイリを襲うどころか大人しく撫でられていたのでザンザスは首を傾げていた。
「とにかく、もう一度あの狼を見つけても近づいちゃ駄目だよ」
「えー…」
エイリは不服そうに言った。
こんなやりとりがあったがそれから更に1週間後…。
「ここ最近町には魔物が出ていないが危険なのは魔物ばかりじゃねぇからな、うちのギルドに番犬を迎えることにした。それがこいつだ」
とザンザスが連れて来たのはあの時の黒い狼だった。
狼はあの時と比べ少し肉づきが良くなっている気がした。
ザンザスはあれからエイリに懐くくらいだからとギルドの番犬にすべく黒い狼を探し餌付けをして慣らしていたらしい。
ルエンとアビリオは苦い表情をしていたがエイリはとても喜んでいた。
こうして番犬として黒い狼は『クロ』と名付けられギルド『七曜の獣』の仲間に加わり、クロが加わったことでクロを散歩に連れて行くと名目でエイリが仮拠点の外に出る機会が増えていくのだった。
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