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二章 『愛し子』の娘、ギルド見習いになる
25話 パンを焼く
しおりを挟む「本当にエイリさんは様々な料理の作り方を知っていますね…。まさか貴族が食べているようなパンまで作れるとは思いませんでした…」
パン生地を一次発酵させている間、3人は食堂の席に座りながらエイリが日本で売られているパンを話すなどし雑談していたところスオンが仮拠点に訪れた。
エイリはこの間スオンが金属製の計量カップをくれた礼を言い毎日炊く米の計量と今作っているパン生地の小麦粉を量るのに重宝しているとエイリがスオンに言うとやはり貴族が食べているような柔らかいパンを作れることを静かに驚いていた。
「しっかし、あの固いパン以外の作り方なんて良く知ってたなー」
「いろいろしらべごとをしながらためすのがすきだったので…」
エイリが育った日本は情報で溢れていた。
調べたい分野の本は普通に販売されているどころか図書館で借りることも出来た。
現在、エイリの持っている携帯電話は電波も無い『スティリア』に来てからはタイマー、目覚まし時計、ダウンロード済みの音楽を聴く為だけの道具となってしまったが日本にいた頃はベッドで寝転がりながら携帯電話を操作し調べごとをして興味を惹くものがあればエイリはそれを自由研究のように良く試していた。
まさかその趣味が『スティリア』に来てから有意義に活用できるとは思わなかったが天然酵母を起こし、出来た酵母を使ってパンを焼いていたのもそのうちの一つだ。
一次発酵が終わるまでスオンにザンザスから提案されていた屋台街のメニューにラップサンドは売れるかどうかラップサンドに使える材料で手軽に手に入る食材を話し合ったりエイリが知っている範囲の酵母の種類、酵母の培養方法とパン生地に使うための下準備を教え、団員達全員にパンが行き渡るようパンを多めに作るつもりでいたので余分に前もって作ってあったヨーグルト酵母を使ったパン生地作りをスオンに実践して貰ったりなどしていた。
3時間後
「凄い…ちゃんと膨らんでる」
フキンを外してパン生地を確認すると生地はボウルに入れた時よりも大幅に膨らんでいた。
一次発酵の次は生地のガス抜きをして丸め直したのを10分ほど置き、いよいよ成型だ。
「きょうもフライパンでパンをやくよー」
今回使うのはギルドの台所にある少し深さがある大きめのフライパンだ。
「フライパンでパンが焼けるんですね…」
「つくれるパンのしゅるいはいくらか限られますがシンプルなパンならこれでもじゅーぶんやけます」
フライパンの表面全体に食用油を塗り、手頃なサイズのザルに入れた小麦粉を軽く振りかけていく、クッキングシートといった便利な紙が無いのでこうして裏側の生地がフライパンにくっつくのを防ぐことにした。
「つぎは生地をまるめます」
休ませた生地をスケッパーが無いので手頃なサイズにちぎる、表面がきれいになるよう丸めて先程のフライパンになるべく隙間をあけて並べていき蓋をして二次発酵だ。
「そういえばきぞくがたべるパンってどういうあじなんですか?」
パン生地を二次発酵させている間エイリは貴族が食すパンは白くて柔らかいとは何度か聞いていたが肝心の味までは聞いていなかったので貴族出身だったザンザスに問う。
「かなり酸っぱいパンだったなぁ…」
とザンザスはそう答えた。
酸味が強い味のパンが出来る酵母にエイリは心当たりがあった。
「サワードウのパンかな?」
サワードウ、サワー種とも呼ばれる酵母。
穀物を殻ごと製粉していた時代のパンははじめこそはその粉と水を混ぜて焼くだけだった。
それが余った生地をそのまま放置したのが暑い気候故に乳酸菌発酵したものを試しに焼いたら無発酵の物より柔らかさがあり美味しかったのでそこから酵母入りのパンの作り方が国ごとに確立されていったという文章をエイリは読んだ覚えがあった。
ライ麦と全粒粉に水を混ぜ発酵させて作られるこの酵母は酵母菌だけでなく乳酸菌も培養されるのでこの酵母で作られるパンの味は酸味が強いと作り方を調べていた時に書いてあった記憶がある。
「あー…だから貴族御用達のパン職人は作り方を教えないんだな…。」
ザンザスによると貴族の中には未だに雑穀は貧民が食べるものと発言している者がいるらしい。
王族貴族用のパンを膨らませる酵母に雑穀を使っていると知られれば王族だけでなく貴族達にさえパンを買ってもらえなくなってしまうのではないかと御用達のパン職人はパンの作り方を明かさないのかもしれないとザンザスは予想していた。
ザンザスによると貴族の食事、特にザンザスが育ったハーセリアの貴族は料理は塩で味付けされた野菜スープ、塩胡椒で味付けし焼かれた肉、茹でただけの野菜、酸味が強いパン。
そして特別な行事に用意されるのは高価な白砂糖がふんだんに使われた砂糖の塊を食っているかのような菓子というエイリが今まで仮拠点で作ってきた料理より地味な癖に味より食材の金銭的な質にだけこだわり金ばかりが掛かっている代物だったらしい。
なのでパンに生地を膨らませるためとはいえ雑穀が少しでも入っていれば買われないかもしれないというのは頷ける気がした。
数時間後
フライパンの中に並べたパン生地は一回り膨らんでいた。
次はいよいよ焼き上げだ。
油を塗った蓋をして弱火で片面をじっくり焼き、アビリオに蓋を下にてパンを乗せるようにひっくり返して貰い蓋から滑らせるようにしてフライパンにパンを戻してもう片面を焼いてもらった。
蓋に油を塗ったのは裏返したパンを滑りやすくする為だ。
もう片面も焼き色をつければフライパンで手軽に作れるちぎりパンの完成だ。
ちぎりパンが焼きあがるとパンの芳醇な香りが食堂いっぱいに広がった。
パンの粗熱をとったらこの場にいる4人と2匹で一足早く試食をした。
「いつも食べてるパンより焼き目が香ばしくて美味しい!」
「小麦の優しい甘さが際立って随分前会食で食べたパンと比べ物にならない程美味しいです!」
ザンザスより貴族のパンを食べた回数が少ないアビリオとスオンはヨーグルト酵母で作られたパンを絶賛していた。
「ピューィ!ピューィ!」
まるで『ちょーだい!ちょーだい!』と言わんばかりにクゥは後ろ足で立ちながら前足を縦に振っていた。
エイリが自分の分のパンを半分にちぎりクゥにあげると前足で器用にパンを持ちかぶりつく。
尻尾を激しく振っているのでクゥも自家製酵母のパンをとても気に入っようだ。
「いや、ホントに美味ぇよ。昔毎日のように食ってたパンなんかと比べ物にならねーよ。なぁ、エイリ。このパンの作り方さ『麦屋』に教えらんねーかな?」
『麦屋』というのはハラスに唯一あるパン屋で毎朝ギルドに雑穀パンを提供している。
「ハラスのパンやさんでこういうパンがうられておおくのひとにたべてほしいですけど…たぶんあたたかいきせつじゃないとこのパンはつくれませんよ…」
ドライイーストであれば例え生地を冷蔵庫に入れても発酵するほど低温に強いが、自家製の天然酵母は室内が20度以下の場所で作るのに向かない。
今のような暖かい時期であれば生地は発酵してくれるが冬となるとそうもいかない。
冬は発酵機のような魔道具や部屋を温めるための薪を確保しなければならない。
魔道具は家庭向きの物でも貴族の屋敷に行かなければ庶民は目にする機会もない程の高級品なのでハラスのような町でなくともパンの為に魔道具を買う人間は少数派だろう。
エイリは他にも色々と天然酵母のメリットやデメリットなどを話し、それをザンザスとスオンはノートに事細かくメモをしていた…。
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