好きな人間、ひとりだけ殺せるよ。

雨木良

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腰辺りまである綺麗な黒髪、まん丸な大きな目、黒一色のワンピースに、足元は裸足。

一見可愛らしい幼女だが、高校の理科室に突然現れたとなると、それは普通ではないと柚奈は感じた。

柚奈は、ゆっくりと立ち上がり、教卓の前に移動し、女の子と向き合うように立った。

「…死神?」

柚奈がぼそりと呟いた。直感でそう感じたのか、自然と口から溢れていた。

柚奈の言葉に、女の子はクスリと笑った。

「死神?こんなに可愛らしいのに?ププッ、もっと可愛いものだよ。柚奈ちゃん面白いね。」

「…何で私の名前知ってんの…?」

柚奈は恐る恐る質問した。

「フフッ、カエデには分かるんだよ、何でもねぇ。」

女の子はカエデという名前であることを柚奈は聞き逃さなかった。いたずらな笑顔で答えるカエデに、柚奈は自然と警戒心を緩めていた。

「カエデちゃん、あなたは一体何者なの?」

「カエデちゃん…か。フフッ、わたし柚奈ちゃんよりずっと年上なのにね。ま、いっか!…柚奈ちゃんにこれあげる。」

カエデは柚奈に一枚の紙を差し出した。柚奈は、恐る恐るその紙を受け取った。

和紙のような手触りのA4サイズくらいの紙は、タバコのヤニで黄ばんだ障子紙のような色をしていた。

しかし、その紙には何も文字が書かれてなく、柚奈は首を傾げた。

「フフッ。裏だよ裏。」

柚奈はカエデに言われるがままに、紙を裏返した。すると、墨で文章が書かれていた。

『なまえ』『ほうほう』『じかん』『びこう』

全て紙の左側に平仮名で書かれていた。その文字は、小学校低学年の子が書いたように形が崩れていた。

「ひとりだけだよ、書いていいのは。」

ニコニコしながら話すカエデを、柚奈は睨み付けるような視線で見つめて問い掛けた。

「これ…何?」

「その紙に殺したい人の名前を書いてみて。でも、殺せるのは一人だけだから。」

変わらずニコニコしながら話すカエデ。表情と話の内容が全く噛み合っていない違和感に、柚奈は恐怖を感じた。

その感情は、カエデの話した内容を受け入れた証でもあった。

何故、そんな非現実的な内容をすんなりと受け入れたのか…柚奈は自分でも分からなかった。

「…カエデちゃん、何でこれを私に?」

カエデはニコニコした表情から、ニヤリと何か裏があるように感じれる表情へと変化した。

「…面白そうだから。」

「え?」

「柚奈ちゃん、きっといっぱいいるでしょ、殺したい人間!柚奈ちゃんが誰を選ぶか、カエデ、お友達と賭けてんだ!フフフ。」

ー 殺したい人間? ー

柚奈は、今まで自分が消える方法しか考えてこなかった。ツラくて死にたいと思った瞬間をいくつも体験していた柚奈だが、何故か相手に危害を加える、ましてや殺したいという思考にはならなかった。

「急がなくてもいいよ。その紙には期限はないからね。でも、カエデとしては早く使って欲しいかなぁ。フフフ。」

カエデはそう言うと、徐々に身体が透け始めた。

「面白くしてね。フフフフフ。」

「ちょ、ちょっと待って!」

柚奈の声も虚しく、カエデはスーッと空気に混ざるように消えていった。

柚奈は、手にしている紙をじっと見つめた。

ー 誰か殺せる。私にツラい思いをさせてきた人たちを。…ダメ、それはダメ。 ー 

柚奈は、首を横に振りながら自分に言い聞かせた。

柚奈はふと窓ガラスを見て、自分がびしょ濡れで、しかも上半身は下着姿だったことに気が付いた。

ー 服、着ないと。 ー

柚奈は工藤らに見つからないように、そっとドアを開け、教室を目指した。

その手には、カエデから貰った紙がギュッと握られていた。

柚奈は、教室に向かう途中、今まで受けてきた不幸なことを走馬灯のように巡らせていた。

今までは、思い出したくも無いという気持ちから、過去のことを考えないようにしてきたが、今は違った。

ふと、廊下の窓ガラスに目をやると、窓ガラスに映った自分が、悪人に見えた。とてつもない武器を手に入れ、勝ち誇っているような目をしてるような気がした。

ー あ、私今、一番死んでほしい人間を探してた…? ー

柚奈は、窓ガラスの中の自分に向かって、“間違ってる”と言い聞かせた。

「…ったく、マジで工藤の野郎ウザイわ。」

「次、あいつターゲットにする?センコークビにさせて、人生終わらせてやろうよ。」

「それやっばいわ。」

廊下の曲がった先から、三廻部たちの声が聞こえた。柚奈は、咄嗟にすぐ脇の教室に入り、教卓の裏側に身を潜めた。
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