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第6節 畑 賢太郎 其の2
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畑と足立は帰社するなり、班長の稗田に報告と相談をしたかったが、執務室に入るとシマには荒木一人しか見えなかった。
「荒木さん、ただいま戻りました。班長も編集長も不在ですか?」
「お、無事に戻ったか。良かったな、呪い殺されなくて。」
荒木は畑に目を向けず、パソコンに向かいながら、ぶっきらぼうに答えた。
「荒木さん、相変わらず素っ気ないですね。私も無事に帰還しましたよ!」
荒木は足立の声に、キーボードを打つ手を止め、こちらを振り返った。
「あれ、足立も一緒だったのか。違う取材って聞いてたよ。」
「急に取材が流れちゃって、班長に聞いたら畑くんと一緒に行ってあげてくれ、って言われまして。」
「そうか、で、どうだったんだ、やっぱり雰囲気あるのか、取材した相手は。」
荷物を整理し終わった畑は自席に座り、メモ帳を開きながら、荒木の質問に答えた。荒木はまたパソコンに向かい、画面とにらめっこを始めた。
「まぁ見た目は可愛らしい女の子でした、本当に。ね、足立さん。」
「そうそう、可愛かったよ。20代前半って感じだね。畑くん最初見とれちゃってさぁ。」
「そんなことないっすよ。ただ、想像とのギャップが激しくてちょっとびっくりしただけです。」
「……お前ら、ちゃんと取材したのか?」
まるで遊びに行ったような感想ばかりで、荒木は心配になった。
「も、勿論です。詳しくは班長来てから話しますけど、今回の取材相手、桐生朱美の妹なんですよ。」
「……………え?」
荒木は、あまりの驚きにキーボードを打ち込む手を止め、畑の方を向いた。荒木の向けた冷たい疑いの目に、畑は恐る恐る答えた。
「…まぁ裏付けはまだですけど、自称はそうでした。」
「……お前、その女の子の言う内容信じてそのまま記事に起こす気だろ?」
荒木は、真剣な目で畑を睨み付けた。
「…いや、それ…を、班長に相談しよっかなって……。」
「ばか、やめとけ。裏付け取れてないんだろ。自称なんとかだけで記事に起こすなんて、逆に雑誌の品格を落とすぞ。」
そう言うと、荒木はまたパソコンに向かい、キーボードを叩き始めた。足立も自分のメモを見ながら、意見を話し出した。
「私はkiriちゃんが嘘言ってるようには見えなかったです。でも、荒木さんとは違う理由で記事にはしない方がいいと思ってます。」
「違う理由?」
荒木は、今度はキーボードを叩く手を止め、足立の顔を見た。
「畑くんとも話したんですけど、彼女何か隠してそうだったんです。彼女的には、自分が桐生朱美の妹だって、でっかく取り上げて欲しいみたいなんですけど。そこに至るまでには複雑な家庭環境もあって……。」
「フンッ、もういい。全然仕事が進まん。判断は班長か編集長に任せるよ。俺は上司じゃねぇしな。複雑な話聞く暇はない。」
ピシャリとシャットアウトするように言い放った荒木に、畑と足立は何も言わずに、自席に戻り、パソコンのスイッチを入れた。
「あ、そうだ。そいや、村上の嫁さんが今朝亡くなったみたいだ。」
荒木はパソコンの画面から一切目を反らさずに、画面に向かってさらっと話した。畑と足立はそれぞれ、立ち上がったパソコンにログインパスワードを入れていたが、エンターキーを押す手前で同時に手が止まった。荒木はそのまま続けた。
「午前中に、三戸班長からここに電話があった。編集長が居なくて、代わりに俺が取ったんだが。葬儀が決まったら、もしかしたら手伝いをするようになるかもしれないから、承知しててくれってさ。…以上。」
「…嘘だろ。昨日、村上さんの奥さんの友達が急に亡くなったって言って、村上さん残業切り上げて帰ったんですよ。」
畑は目を見開き、信じられないという表情で荒木と足立の顔を見た。
「事故?それとも病気ですか?」
「死んだ理由までは聞いてないよ。」
荒木が冷たく洗ったところに、三戸と生駒が帰ってきた。生駒はいつものような明るい感じはなく、どんよりとしていた。畑と足立は、生駒は村上と同期でとても仲が良いことを知っているので、暗い理由はすぐにわかった。
「お、いいとこに。三戸班長、村上の嫁さんって、何で亡くなったんすか?こいつらが気になってるみたいで。」
荒木は畑と足立を指差しながら聞いた。生駒は荒木の言い方にムッときたのか、ジロッと荒木を睨み付けた。
ただ、荒木はパソコンと向かい合いながら話してるため、その生駒には気付かなかった。
「…あんまりでかい声で言える話じゃない。何か思い詰めることがあったようだ。……これで察してくれ。」
三戸は他のシマの人に聞こえないように、ぼそりと答えた。
畑と足立は、まさかとは思いつつもすぐに内容を察し、聞いちゃいけないことだったと反省した。畑は余りのショックに、力が抜けたように椅子にもたれ掛かった。
三戸が続けた。
「村上には葬儀の日程が決まったら連絡くれるようにお願いしている。そしたら、皆にも手伝いのお願いをするかもしれないから、よろしくな。…とりあえずこの話はこれで。皆思うことはあるだろうが、仕事の期限は待ってはくれない、頑張ろうな。……さて生駒、さっきの取材、向こうで纏めるか。」
そう言うと三戸は生駒を連れ、執務室の隅にあるパーテーションで囲まれた打ち合わせテーブルに移動した。
「…妻の親友が死んで、妻が自殺か。…まさか呪いじゃねぇよな。」
荒木は、何かを含んだ笑みを浮かべながら畑に向かって言った。
「冗談でもやめてください!!」
同じことを言おうとした畑よりも少し早くに足立が一喝した。
フンッと、荒木は鼻で笑い、何事もなかったかのように、仕事を続けた。
畑と足立は帰社するなり、班長の稗田に報告と相談をしたかったが、執務室に入るとシマには荒木一人しか見えなかった。
「荒木さん、ただいま戻りました。班長も編集長も不在ですか?」
「お、無事に戻ったか。良かったな、呪い殺されなくて。」
荒木は畑に目を向けず、パソコンに向かいながら、ぶっきらぼうに答えた。
「荒木さん、相変わらず素っ気ないですね。私も無事に帰還しましたよ!」
荒木は足立の声に、キーボードを打つ手を止め、こちらを振り返った。
「あれ、足立も一緒だったのか。違う取材って聞いてたよ。」
「急に取材が流れちゃって、班長に聞いたら畑くんと一緒に行ってあげてくれ、って言われまして。」
「そうか、で、どうだったんだ、やっぱり雰囲気あるのか、取材した相手は。」
荷物を整理し終わった畑は自席に座り、メモ帳を開きながら、荒木の質問に答えた。荒木はまたパソコンに向かい、画面とにらめっこを始めた。
「まぁ見た目は可愛らしい女の子でした、本当に。ね、足立さん。」
「そうそう、可愛かったよ。20代前半って感じだね。畑くん最初見とれちゃってさぁ。」
「そんなことないっすよ。ただ、想像とのギャップが激しくてちょっとびっくりしただけです。」
「……お前ら、ちゃんと取材したのか?」
まるで遊びに行ったような感想ばかりで、荒木は心配になった。
「も、勿論です。詳しくは班長来てから話しますけど、今回の取材相手、桐生朱美の妹なんですよ。」
「……………え?」
荒木は、あまりの驚きにキーボードを打ち込む手を止め、畑の方を向いた。荒木の向けた冷たい疑いの目に、畑は恐る恐る答えた。
「…まぁ裏付けはまだですけど、自称はそうでした。」
「……お前、その女の子の言う内容信じてそのまま記事に起こす気だろ?」
荒木は、真剣な目で畑を睨み付けた。
「…いや、それ…を、班長に相談しよっかなって……。」
「ばか、やめとけ。裏付け取れてないんだろ。自称なんとかだけで記事に起こすなんて、逆に雑誌の品格を落とすぞ。」
そう言うと、荒木はまたパソコンに向かい、キーボードを叩き始めた。足立も自分のメモを見ながら、意見を話し出した。
「私はkiriちゃんが嘘言ってるようには見えなかったです。でも、荒木さんとは違う理由で記事にはしない方がいいと思ってます。」
「違う理由?」
荒木は、今度はキーボードを叩く手を止め、足立の顔を見た。
「畑くんとも話したんですけど、彼女何か隠してそうだったんです。彼女的には、自分が桐生朱美の妹だって、でっかく取り上げて欲しいみたいなんですけど。そこに至るまでには複雑な家庭環境もあって……。」
「フンッ、もういい。全然仕事が進まん。判断は班長か編集長に任せるよ。俺は上司じゃねぇしな。複雑な話聞く暇はない。」
ピシャリとシャットアウトするように言い放った荒木に、畑と足立は何も言わずに、自席に戻り、パソコンのスイッチを入れた。
「あ、そうだ。そいや、村上の嫁さんが今朝亡くなったみたいだ。」
荒木はパソコンの画面から一切目を反らさずに、画面に向かってさらっと話した。畑と足立はそれぞれ、立ち上がったパソコンにログインパスワードを入れていたが、エンターキーを押す手前で同時に手が止まった。荒木はそのまま続けた。
「午前中に、三戸班長からここに電話があった。編集長が居なくて、代わりに俺が取ったんだが。葬儀が決まったら、もしかしたら手伝いをするようになるかもしれないから、承知しててくれってさ。…以上。」
「…嘘だろ。昨日、村上さんの奥さんの友達が急に亡くなったって言って、村上さん残業切り上げて帰ったんですよ。」
畑は目を見開き、信じられないという表情で荒木と足立の顔を見た。
「事故?それとも病気ですか?」
「死んだ理由までは聞いてないよ。」
荒木が冷たく洗ったところに、三戸と生駒が帰ってきた。生駒はいつものような明るい感じはなく、どんよりとしていた。畑と足立は、生駒は村上と同期でとても仲が良いことを知っているので、暗い理由はすぐにわかった。
「お、いいとこに。三戸班長、村上の嫁さんって、何で亡くなったんすか?こいつらが気になってるみたいで。」
荒木は畑と足立を指差しながら聞いた。生駒は荒木の言い方にムッときたのか、ジロッと荒木を睨み付けた。
ただ、荒木はパソコンと向かい合いながら話してるため、その生駒には気付かなかった。
「…あんまりでかい声で言える話じゃない。何か思い詰めることがあったようだ。……これで察してくれ。」
三戸は他のシマの人に聞こえないように、ぼそりと答えた。
畑と足立は、まさかとは思いつつもすぐに内容を察し、聞いちゃいけないことだったと反省した。畑は余りのショックに、力が抜けたように椅子にもたれ掛かった。
三戸が続けた。
「村上には葬儀の日程が決まったら連絡くれるようにお願いしている。そしたら、皆にも手伝いのお願いをするかもしれないから、よろしくな。…とりあえずこの話はこれで。皆思うことはあるだろうが、仕事の期限は待ってはくれない、頑張ろうな。……さて生駒、さっきの取材、向こうで纏めるか。」
そう言うと三戸は生駒を連れ、執務室の隅にあるパーテーションで囲まれた打ち合わせテーブルに移動した。
「…妻の親友が死んで、妻が自殺か。…まさか呪いじゃねぇよな。」
荒木は、何かを含んだ笑みを浮かべながら畑に向かって言った。
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