勇者と七つの涙

雨木良

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『闇の世界』脱出編 ーオンブル国ー

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ロイたちはポワッソン族に連れられ、真上に見える人影に向かって上昇し続けた。真上から降り注ぐ血の雨を拭いながら、徐々に近づく人影に、ロイたちは固唾を呑んだ。

「…ロイ。この血はテヒニク…なのか?」

グルトの問い掛けにロイは何も答えなかった。

なおも上昇を続け、人影がいよいよ誰がか判別できる距離まで来ると、ポワッソン族の一人が声を上げた。

「お、おい!あれゴーン様だよな!?血だらけじゃねぇか…?」

「馬鹿!ありゃあの女の返り血…ん?」

そのポワッソン族の横を何かが落下していった。そして、それと同時に大量の血液の雨が降り注いだ。

「うわっ、また血か!?なぁロイ!テヒニクは大丈夫そうなのか?俺の位置からじゃ、いまいちよく見れなくてよ。」

グルトの問い掛けに、ロイは少し間を空けて答えた。

「…あぁ、テヒニクは無事だよ。」

「…凄い、テヒニクさん。」

テヒニクの様子が見れたロイとフルールは、その現場を見て驚いた。

血だらけのフルールの目の前には、同じく血だらけだが、右の手足を切り落とされたゴーンが瀕死の状態で宙に浮いていた。

さっき落下していった物体は、ゴーンの手足だったのだ。

「…はぁ…はぁ…、て…てめぇ、どうやって剣を…。はぁはぁ…油断した…くそっ…。」

虫の息のゴーンがテヒニクを睨み付けながら呟いた。

確かにテヒニクは、自分の剣はシャンジュモンで変化させ、足場として利用している。だが、全く同じ剣がテヒニクの手にも握られていた。

ゴーンの質問に、テヒニクは剣に付いた血を振るって払い、鞘に仕舞うと、剣の柄を優しく撫でながら答えた。

「私の剣はね…私が造ったのよ。名前は『モワメーム』…『自分』っていう意味よ。私はモワメームに、様々な力を与えたの。変化や瞬間移動…そして分身。」

「…分身…馬鹿な…ふざけ…てる。」

「テヒニク!!」

ロイたちはテヒニクとゴーンの場所に辿り着いた。すると、ボスの瀕死の状態に、ポワッソン族の面々は慌てふためき、ロイたちを解放し、ゴーンの元に集まり出した。

その隙にテヒニクが足場を伸ばし、ロイたちを拾い上げた。

「ロイ、グルト、フルール…無事で良かった。」 

フルールがテヒニクに抱きついた。

「フルール、ダメよ、私血だらけだから。」

「無事で良かったって…それはこっちのセリフですよ!」

「…フルール…。」

テヒニクはニコリと微笑み、フルールの頭を優しく撫でた。ロイは、テヒニクの全身に付いている血液が、ゴーンのものだと理解し、安堵の表情を浮かべた。

「テヒニクもそんな女らしい良い顔出来るんだな?」

グルトがニヤリと微笑み、冷やかしを入れると、テヒニクはキッとグルトを睨み付けた。


「ゴーン様!?やめてください!!…ギャアアアアア!」

突然のポワッソン族の悲鳴に、四人に緊張が走り、皆それぞれが武器を手に取り、ポワッソン族の塊に向かって構えた。

「ボ、ボス?俺も…勘弁してくれ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ま、待ってくれ。ギャアアアアア!」
「ちょっと…うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「…ロイ、今あいつらはどういう状況なんだ?」

「…分からない…分からないけど、何だかヤバイ気がする…。」

ロイたちからは、ポワッソン族の数が多く、その塊の中心から悲鳴のような多数の声が聞こえてはくるが、様子を伺うことが出来なかった。

「ヒャハハハハハ!」

すると、突然ロイが構えているゼロが高笑いをし始めた。

「…ゼロ?」

「ハハハハハハ…あ、あぁすまんすまん。きっとありゃポワッソン族の禁じ手やな。」

「ゼロ、禁じ手って?」

フルールが恐る恐る聞いた。

「…簡単に言えば”共喰い“や!」

「「「「え!?」」」」

四人は一斉にポワッソン族の塊に視線を向けた。

「ポワッソン族の共喰いは恐ろしいんや!腹を満たすためのものなんかやない、食った奴からパワーを奪い、自分を強くする、それがポワッソン族の共喰いなんや!」

「…何だって…。」


ドーーーーンッ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

すると、物凄い地響きとともに、ポワッソン族の塊が一斉に四方に飛び散った。

「…女は殺す。もう生け捕りなんて関係ねぇわ。皆殺しだぁーー!!」

飛び散った塊の中心から、剣を構えたゴーン“らしき者”が物凄いスピードでロイたちの元に迫ってきた。
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