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 幼い頃から引っ込み思案な子供だった。
 父と母は政略的結婚で、二人の間にあるのは優しくほのぼのとした空間というよりも、ギスギスとした苦しい空間だった。私は二人と一緒にいるのがとても苦手だったことを今でも覚えている。
 父は私に優しかったし、甘やかしてもくれた。けれど母は私を少しでもいい男性の元に嫁がせようと、幼いときから礼儀作法に厳しかった。私はそれを母なりの愛情だと思っていたし、不器用な母の優しさであると思っていた。

「第一王子殿下と、第二王子殿下だ。シルヴィア、ご挨拶なさい」

 初めて二人に会ったのは、四歳のとき。
 いつも笑って甘やかしてくれるはずの父が少しだけ怖い顔をしていて、いつも恐ろしい顔で厳しく接する母が満面の笑みを作っていて、なんだか恐ろしく感じた日。
 いつもよりも着飾って、私は初めて城に上がった。

「初めまして、シルヴィア嬢。私は第一王子のルーメンだ」
「は、はじめまして、シルヴィア嬢。僕は第二王子のリアム」

 私よりも年上で、赤髪のキリッとした第一王子殿下と、私と同じくらいの年齢で、金髪の女の子と見間違えるような顔をしている第二王子殿下。
 普段男性と接することのない私は男らしい第一王子殿下よりも、可愛らしい顔をしている第二王子殿下にすぐにキラキラと目を輝かせた。
 お父様の陰に隠れながらも、私は二人の目の前に立ち、もじもじと自己紹介をする。

「シルヴィア・グレイです。えっと、あの、よろしくお願いしましゅ……」

 かぁあーっと顔が赤く染まる。お父様は優しく私の頭を撫でてくれたけど、とっても失敗したような気がしてならない。
 お母様に怒られたらどうしよう。第二王子殿下に嫌われたらどうしよう。
 泣きそうになりながら目の前の二人を見ると、第二王子殿下が近づいてきてギュッと私の手を握った。
 驚いてビクッと肩を揺らす。

「かわいい」
「ふえ……?」
「僕のことはリアムって呼んで」
「り、リアムさま……?」
「うん。僕もシルヴィアって呼んでいい?」

 こくこくと首を縦に降る。ドキドキして、身体が心臓になったみたい。

「シルヴィア」

 まるで私の名前が砂糖でできているような、そんな甘い響き。
 第二王子殿下……リアム様は満面の笑みを浮かべて、私の名前を呼ぶ。その笑顔に、私の心臓はこれ以上ないほど早鐘を打った。
 こんな気持ちは初めてで戸惑う。

「私もシルヴィアと呼んでもいいかな? 私のことはルーメンと」
「はい。ルーメンさま」

 ルーメン様は私とリアム様のことを見つめて微笑んでいた。
 優しいその表情にルーメン様は悪い人じゃないんだ、と理解する。ルーメン様もリアム様もお優しい方。
 私の初めての友達になってくれるかもしれない。
 そう思うと自然と笑みが浮かんだ。

「シルヴィア、一緒にバラを見に行こう」
「バラが咲いてるところがあるんですか?」
「うん。すごく綺麗だよ」
「いきたいです。でも……」

 誘ってくださったリアム様から視線を外してちらりとお父様を見る。今日は不機嫌そうだったから、ダメっていうかもしれない。
 そう思ってお父様を見ると、お父様はポンと大きな手を私の頭の上に置いた。

「いいよ。行ってきなさい」
「はいっ! おとうさま!」

 ギュッとリアム様の手を握る。リアム様とルーメン様と一緒に大好きな薔薇を見に行けることが嬉しかった。
 私が花を育てたいと思ったのはこの日がきっかけ。
 リアム様の心を動かした花を、私も育てたいと思った。私がなにかを自主的にやろうとしたのは今日が初めてで、お父様は止めようとはしなかった。お母様は「そんなの侯爵家の娘がすることじゃない」ととても怒ったけれど、お父様に説得されて、結局は私が花を育てることを許してくれた。


 その日のことをよく覚えてる。

「シルヴィア、おまえリアムのことが好きだろう?」
「っ……」

 薔薇園でリアム様の勉強を待っていると、ルーメン様にこっそりと耳打ちされた。
 リアム様は最近ドラゴンと心を通わせたことで、そのための勉強が増えてとても忙しくなった。それでも私との時間を作ってくださるリアム様の優しさに私は舞い上がっていた。
 もう私は十歳。婚約だって意識する。その婚約する相手が、リアム様だったらいいと毎日思っていた。

 リアム様のことが好き。
 自覚したのはリアム様たちと出逢って三年が経った頃。七歳の時。
 お母様のダンスレッスンが厳しくて、お母様の目が唯一離れる王城で、私は泣いていた。

『シルヴィアは頑張ってるよ。僕が君の側でその頑張りを見てるから保証する。だからたくさん泣いて。シルヴィアが泣いても、僕がこれから先ずっと側にいて慰めてあげるから』

 リアム様の優しいお言葉。私がリアム様にさらに敬愛するようになったきっかけ。
 もともと一目惚れだった私の恋はさらに深みへとハマっていた。
 リアム様が好き。ずっと私の側にいて、離れないで。
 そう言いたかったのに、恥ずかしさと優しさに胸を打たれた私はただリアム様に縋って涙を流すだけだった。

 ルーメン様に私の心を当てられて動揺する。
 そんな私の様子にルーメン様はにやりと笑った。

「好きなんだな?」
「っ、」
「言ってみろ。私しか聞いてない」

 にやにやと笑ったルーメン様に顔が真っ赤になって、恥ずかしさから涙目になる。
「ほら、」とルーメン様に促されて、私はおそるおそる口を開いた。

「すき……です。私、好きなの……」

 ああっ、もうだめ。
 顔が熱くて、熱が引かない。手で顔を抑えるけど、顔は熱いまま。
 私の様子にルーメン様は面白そうに喉を鳴らして笑う。

「初々しいな。シルヴィアは」
「だって……こんなこと、初めて言ったんですもの……」
「そうか。私が初めてか」

 クックックッとルーメン様は楽しそうに笑う。からかわれているのだと思って、ムッと唇を尖らせると、ルーメン様はよしよしと私の頭を撫でた。
 そのとき、がさりと音がして私とルーメン様は振り向く。

「あ……」

 そこにいたのはリアム様。
 まさか、さっきの話が聞こえていた? そう思って、顔がさらに赤くなる。
 ルーメン様は私とリアム様の様子に笑いながら、「私は用事があるから離れる。……仲良くしろよ」と最後だけ私に囁くようにそう言うと、引き止める暇もなくその場から本当に離れてしまった。

「あ、あの……」
「……ごめん、シルヴィア。さっきの話、聞いちゃった……」
「え……」

 リアム様に謝られてしまって、どうしたらいいのかわからない。
 どうして、謝られたのだろう。
 リアム様はいつも笑顔を浮かべている顔に暗く淀んだ表情を浮かべる。
 そんな顔を見て、ずきりと胸が痛んだ。

「あの、私……」
「シルヴィアの気持ちはわかった。あらためて言わなくていいから」

 なにか言おうとして口を開くと、リアム様はそれを制止して首を振る。
 まるで拒絶されたように感じてしまうのはどうしてだろう。リアム様には私の気持ちが迷惑だったのだろうか。
 不安になってリアム様を見つめると、リアム様は苦しげに顔を歪めた。

「リアム様……?」
「僕は、それでも僕はシルヴィアのことをずっと……」

 苦しそうに喘ぐようにリアム様がなにかを言おうとしたとき、「きゅ~~~~!」と甲高い声がリアム様の言葉をかき消した。

「っ! シルヴィア!」
「きゃあっ!」

 突然リアム様が私の手を取り思いっきり引っ張る。驚いて悲鳴をあげると、私たちのいた場所に黒服の男たちがいた。

 男が剣を振り上げる。リアム様が私を庇うように立っていて、だから、私は。

「シルヴィアぁああッッッ!!!!」

 リアム様の腕を引っ張って、私とリアム様の場所を交換させたの。
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