めがさめたら、田舎にいた。

黒コップと秘密②

「ーなるほど。では結子くん、
君は本来はここにはいない人物、『倉田さち』であると？」


「はい。」
私が頷くと、黒崎さんは椅子から立ち上がり、窓の側に立って外を見つめた。


「…君が『倉田さち』から『本条結子』になって、何か変化はあるかい？」


「変化？」
オウム返しで、私は黒崎さんに説明を求める。


「顔の造りや、身長等が変わったりはしたかい？」
「いえ」


「そうか…私が見た所によると、君は余り動揺していないね。此処に馴染んでさえいる。

　君はその現象をどう思っているんだ？」


「失礼な事だとは分かってるんですが…
『夢』だと思ってます…」



「夢…という事はこの世界は君がつくったもので、
私は君が束の間に見る夢の登場人物なのかも知れない訳か」


そう。そういう事になるのだ。
これはとても失礼な考えなのは分かってる。黒崎さんも虫の居所を悪くしただろう。



すると、黒崎さんはパッとした笑顔を私に向けた。


「それはいいね！」

「はい、すみま…………え？」

黒崎さんは手を掲げてスピーチをする政治家みたいなポーズをとった。


「夢…！
この世で１番人を自由にさせ、この世で１番思考を形どってくれる！
それも意識せず！！！


その一部で有るかもしれない…なんて、こんなに嬉しい事は無い！そうだろう？」




「えぇ……」
（小説家って変わってるなぁ…それともこの人が特殊ケースなだけ…？）
黒崎さんは興奮して目を輝かせている。
なんか前日に似たようなものをみた気が…。

「また何か進展や気になる事があったら言ってくれ！幾らでも力になろう！」
「は、はい…！」
黒崎さんに手を握られた。ひぇ～～～手が白くて細い！

思わず顔から湯気が出そうなくらい照れてしまった。
私はその後残りのクッキーを持たされて黒屋敷を出た。
言われた通り、話して少し軽くなった気がする。

私は窓から見える黒崎さんに一瞥して、山道を帰った。






　　　　　　　　　　✴




窓から、結子くんが此方を向いて、頭を下げるのが見えた。
私が軽く手を振ると、可愛らしくにこりと笑い、後ろを向いて歩きだした。
窓枠に肘をつき、その後ろ姿を眺める。


「夢…………か。」

私としても其れが一番嬉しい真実だ。
でも…その真実が正しいとは限らないのだ。

夢ではない場合…　



　その場合…『倉田さち』はどうなるのだろうか。








窓を見つめる彼女の後ろで、黒いカップに入った、今はもう冷めた紅茶が、
何もない天井を写していた。