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1章
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「ほんっとありえない!」
冷えたコーラを一口飲み、卓上にグラスを叩きつけるように置いた俺を、正面に座る藤咲綾人が煩わしそうに見た。
あの後疲れ果てて寝た俺が目を覚ましたのは、4時過ぎのことだった。お腹の空きと体の怠さで不機嫌な俺にカップ麺を渡そうとした絶倫を𠮟りつけ、大学の近くにある焼肉店に連れていけと駄々をこねることおよそ10分。ようやく首を縦に振った藤咲綾人を連れ出したのが30分ほど前。いくら洗濯をしてもらったとは言え、さすがに木曜から3日間同じ服を着るのは嫌だと家に寄り、着替えた今、お店で再び文句を言っている。
「いくらなんでも限度ってものがあるだろ! これまでは許してもらえたのかもしれないけど、俺は許さないから!」
俺の話を右から左に聞き流し、キムチをつまみにハイボールを流し込む藤咲綾人の顔を覗き込んだ。
「なぁ、聞いてる? 俺、怒ってるんだけど」
「聞いてる聞いてる」
ほら食えよ、と網の上の肉を皿に乗せられた肉を頬張る。カルビだったかハラミだったかは分からないけれど、おいしい。網の上から取り、もう1枚食べた。
「人の金で食う肉はうまいか」
「おいしー」
藤咲綾人のお金だとなおさら。満面の笑みで答える俺に、焼き肉を食べている人間とは思えない程、不満そうな藤咲綾斗に見せつけるように、もう1枚口に放り込んだ。この程度で許してあげるんだから泣いて喜べ。普段の俺なら3日3晩は奢らせている。本当はそうしたい気持ちで山々ではあるけれど、そんなことをしてしまえばあの動画がばらまかれてしまいそうだから辞めておいた。あの動画さえなければ、いつも先輩たちにしているように集ってあげるのに。
そうだ。そういえば、藤咲綾人に気を取られてすっかり忘れていたけれど、一昨日俺を潰した先輩たちに、今度ご飯でも連れて行ってもらおう。そうしよう。
どこに連れて行ってもらおうか、とグラスに入ったコーラを飲み干した。
「メニュー表取ってー」
ほらよ、と雑に手渡された受け取り、ソフトドリンクのページを開く。
「飲まねぇの?」
「誰かさんのせいで疲れてるからね」
嫌味っぽく返せば鼻で笑われ、頬を膨らませた。
「お前、体力なさそうだもんな」
「はぁ?」
「小せぇし」
「はぁ!?」
は
確かに俺は小さいけど! 親からもらった遺伝子がたまたまよかっただけの人が威張んなよ! 大体、誰のせいでこんなになってると思ってるんだ? 俺がもうしないって言っても、無理やり続けたのはそっちだろ!
メニューを握り締め戦慄いていると、藤咲綾人の口が「ちーび」と動いた。
「小さいのは関係ない!」
「じゃあ、証明してみろよ」
「分かったよ、飲めばいいんだろ、飲めば!」
勢いよくめくり、アルコールのページを開く。上から順に目を滑らせ、俺でも飲めるお酒を探していれば、メニュー表を抜き取られた。
「選んでやるよ」
「自分で選ぶ!」
メニュー表に伸ばした手を避けられる。長い手を目いっぱい伸ばして、俺では届かないような場所まで上げられ、観念して席に着いた。
「どうせカシオレ、ピーチウーロンあたり選ぶつもりだろ? せっかく種類多いんだから違うの選べよ」
「いやだ。絶対趣味合わない」
家でもお店でもハイボールなんて苦いやつ飲むような人が、俺が好きな甘いお酒を好むわけがない。きっと、スイーツは食べないし、コーヒーはブラックを飲む人種に決まっている。そうでなくても、人を揶揄うことを生きがいにしていそうなこの男がまともなものを選ぶはずがない。
「ちゃんと甘いやつにするから。飲めなかったら俺が飲む」
「ほんとに?」
「あぁ」
「誓える?」
「誓うって」
そこまで言うなら飲んでやろうじゃないか。「分かった」と頷けば、呼び寄せた店員にメニューを指さし注文をした。俺に内容が伝わらないようにしているあたりまだ怪しい。だけど、俺が飲めなかったら、代わりに飲むって言っているし……。いや、一口飲んで顔を顰める俺を見るためだけに、耳障りの言い言葉を並べているだけの可能性もある。
箸先を口元に当て、訝し気に見ていると、笑いながらお肉を差し出してきた。それをありがたく口に運ぶ。
もしかして、俺の機嫌を食べ物で取ろうとしてる?……まぁ、おいしいからいいけど。
「なぁ、何頼んだの?」
「酒」
「何ていうお酒?」
「忘れた」
嘘つき。こんな短時間で忘れるわけがない。
こうなったらメニュー表で推察しよう。たしか右下を指さしていたから、そのあたりに書いてあるお酒を一つずつ検索していけば分かるだろう。
そう考え、メニュー表へとてを伸ばす。すると、俺の考えを察したのか、背中と背もたれの間に隠された。むくれた表情で文句を言おうとしたのとほぼ同時に店員さんが来て、その口を噤んだ。その店員さんが商品名を言うことはなく、「空いたお皿おさげしますね」とテーブルを片して帰ってしまう。
これで、俺の手がかりは目の前に置かれたグラスだけになってしまった。先輩たちが薦めてくれたものの中には、白っぽいお酒なんてなかった気がする。そもそも、見た目だけで判断できる程、お酒の種類を知っているわけじゃない。あぁ、でも白いってことは、この前初めて飲んだカルアミルクの兄弟みたいな感じかな。
グラスとにらみ合っていろいろ考えてみるけれど、当然分かるわけもなく、えぇい気合いだと思い切って一口飲んでみる。口に液体が流れ込んできて、目を固く瞑った。口に広がった想像していたようなものとは違う味に目をぱちぱちと瞬かせた。
「おいしい……」
「甘いやつにするって言っただろ」
たしかに言っていたけど、まさか本当に甘くておいしいやつを頼んでくれるとは思わなかった。チョコレートみたいな味のするそのお酒にもう一度口をつけた。
「なんだ、優しいとこあるじゃーん」
爪先で藤咲綾人の足を小突き、もう一口飲んだ。
ホットチョコの冷たい版飲んでるみたいだ。
すっかり気分が良くなり、テーブルの下で小さく足を揺らす。
「あー、ちょっろ」
藤咲綾人が何かを呟く。店内に流れるBGMと周囲の騒音にかき消されて聞き取ることができず、首を傾けると、「飲みすぎんなよ」と笑う。
「分かってるよー」
へらへらと笑いながらそう言って、もう一口飲み込んだ。あー、おいしい。
冷えたコーラを一口飲み、卓上にグラスを叩きつけるように置いた俺を、正面に座る藤咲綾人が煩わしそうに見た。
あの後疲れ果てて寝た俺が目を覚ましたのは、4時過ぎのことだった。お腹の空きと体の怠さで不機嫌な俺にカップ麺を渡そうとした絶倫を𠮟りつけ、大学の近くにある焼肉店に連れていけと駄々をこねることおよそ10分。ようやく首を縦に振った藤咲綾人を連れ出したのが30分ほど前。いくら洗濯をしてもらったとは言え、さすがに木曜から3日間同じ服を着るのは嫌だと家に寄り、着替えた今、お店で再び文句を言っている。
「いくらなんでも限度ってものがあるだろ! これまでは許してもらえたのかもしれないけど、俺は許さないから!」
俺の話を右から左に聞き流し、キムチをつまみにハイボールを流し込む藤咲綾人の顔を覗き込んだ。
「なぁ、聞いてる? 俺、怒ってるんだけど」
「聞いてる聞いてる」
ほら食えよ、と網の上の肉を皿に乗せられた肉を頬張る。カルビだったかハラミだったかは分からないけれど、おいしい。網の上から取り、もう1枚食べた。
「人の金で食う肉はうまいか」
「おいしー」
藤咲綾人のお金だとなおさら。満面の笑みで答える俺に、焼き肉を食べている人間とは思えない程、不満そうな藤咲綾斗に見せつけるように、もう1枚口に放り込んだ。この程度で許してあげるんだから泣いて喜べ。普段の俺なら3日3晩は奢らせている。本当はそうしたい気持ちで山々ではあるけれど、そんなことをしてしまえばあの動画がばらまかれてしまいそうだから辞めておいた。あの動画さえなければ、いつも先輩たちにしているように集ってあげるのに。
そうだ。そういえば、藤咲綾人に気を取られてすっかり忘れていたけれど、一昨日俺を潰した先輩たちに、今度ご飯でも連れて行ってもらおう。そうしよう。
どこに連れて行ってもらおうか、とグラスに入ったコーラを飲み干した。
「メニュー表取ってー」
ほらよ、と雑に手渡された受け取り、ソフトドリンクのページを開く。
「飲まねぇの?」
「誰かさんのせいで疲れてるからね」
嫌味っぽく返せば鼻で笑われ、頬を膨らませた。
「お前、体力なさそうだもんな」
「はぁ?」
「小せぇし」
「はぁ!?」
は
確かに俺は小さいけど! 親からもらった遺伝子がたまたまよかっただけの人が威張んなよ! 大体、誰のせいでこんなになってると思ってるんだ? 俺がもうしないって言っても、無理やり続けたのはそっちだろ!
メニューを握り締め戦慄いていると、藤咲綾人の口が「ちーび」と動いた。
「小さいのは関係ない!」
「じゃあ、証明してみろよ」
「分かったよ、飲めばいいんだろ、飲めば!」
勢いよくめくり、アルコールのページを開く。上から順に目を滑らせ、俺でも飲めるお酒を探していれば、メニュー表を抜き取られた。
「選んでやるよ」
「自分で選ぶ!」
メニュー表に伸ばした手を避けられる。長い手を目いっぱい伸ばして、俺では届かないような場所まで上げられ、観念して席に着いた。
「どうせカシオレ、ピーチウーロンあたり選ぶつもりだろ? せっかく種類多いんだから違うの選べよ」
「いやだ。絶対趣味合わない」
家でもお店でもハイボールなんて苦いやつ飲むような人が、俺が好きな甘いお酒を好むわけがない。きっと、スイーツは食べないし、コーヒーはブラックを飲む人種に決まっている。そうでなくても、人を揶揄うことを生きがいにしていそうなこの男がまともなものを選ぶはずがない。
「ちゃんと甘いやつにするから。飲めなかったら俺が飲む」
「ほんとに?」
「あぁ」
「誓える?」
「誓うって」
そこまで言うなら飲んでやろうじゃないか。「分かった」と頷けば、呼び寄せた店員にメニューを指さし注文をした。俺に内容が伝わらないようにしているあたりまだ怪しい。だけど、俺が飲めなかったら、代わりに飲むって言っているし……。いや、一口飲んで顔を顰める俺を見るためだけに、耳障りの言い言葉を並べているだけの可能性もある。
箸先を口元に当て、訝し気に見ていると、笑いながらお肉を差し出してきた。それをありがたく口に運ぶ。
もしかして、俺の機嫌を食べ物で取ろうとしてる?……まぁ、おいしいからいいけど。
「なぁ、何頼んだの?」
「酒」
「何ていうお酒?」
「忘れた」
嘘つき。こんな短時間で忘れるわけがない。
こうなったらメニュー表で推察しよう。たしか右下を指さしていたから、そのあたりに書いてあるお酒を一つずつ検索していけば分かるだろう。
そう考え、メニュー表へとてを伸ばす。すると、俺の考えを察したのか、背中と背もたれの間に隠された。むくれた表情で文句を言おうとしたのとほぼ同時に店員さんが来て、その口を噤んだ。その店員さんが商品名を言うことはなく、「空いたお皿おさげしますね」とテーブルを片して帰ってしまう。
これで、俺の手がかりは目の前に置かれたグラスだけになってしまった。先輩たちが薦めてくれたものの中には、白っぽいお酒なんてなかった気がする。そもそも、見た目だけで判断できる程、お酒の種類を知っているわけじゃない。あぁ、でも白いってことは、この前初めて飲んだカルアミルクの兄弟みたいな感じかな。
グラスとにらみ合っていろいろ考えてみるけれど、当然分かるわけもなく、えぇい気合いだと思い切って一口飲んでみる。口に液体が流れ込んできて、目を固く瞑った。口に広がった想像していたようなものとは違う味に目をぱちぱちと瞬かせた。
「おいしい……」
「甘いやつにするって言っただろ」
たしかに言っていたけど、まさか本当に甘くておいしいやつを頼んでくれるとは思わなかった。チョコレートみたいな味のするそのお酒にもう一度口をつけた。
「なんだ、優しいとこあるじゃーん」
爪先で藤咲綾人の足を小突き、もう一口飲んだ。
ホットチョコの冷たい版飲んでるみたいだ。
すっかり気分が良くなり、テーブルの下で小さく足を揺らす。
「あー、ちょっろ」
藤咲綾人が何かを呟く。店内に流れるBGMと周囲の騒音にかき消されて聞き取ることができず、首を傾けると、「飲みすぎんなよ」と笑う。
「分かってるよー」
へらへらと笑いながらそう言って、もう一口飲み込んだ。あー、おいしい。
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