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しおりを挟む「あら、千明ならもう行っちゃったわよ?」
翌朝、いつもの時間になっても出てこない塚本に堪らずインターホンを押せば、相変わらず綺麗な塚本のお母さんから言われた一言にピシリと固まった。
「えー」だとか「あー」だとか、とにかく曖昧な返事をして、挨拶もそこそこに出てきてしまった気がする。
昨日はあんなに2人の時間を作れとせがんでいたが、あれは幻だったのだろうか。いや、塚本には塚本の事情があるし、今日は偶然何か予定があっただけだ。別に、これまでも待ち合わせをしていたわけではない。お互い、なんとなくこの時間かなと家を出ていただけだ。……それにしたって、連絡の1つや2つしてくれたっていいだろ、と悶々としながら電車学校に着いた。
中履きに履き替え、階段を登り終えたところで、廊下にさしかかる。
教室の位置的に、自分のクラスに行くためには、塚本のクラスの前を通らなければならない。だから、これは決して塚本のことが気になっているわけではない、と自分自身に言い訳をして、塚本がいるであろう1組の教室を横目で見る。
教室の中心から少しずれた席。そこに座る塚本の隣には見慣れた友人の姿があった。
……やっぱ、仲いいじゃん。
その光景から視線を外して、足早に教室へと向かう。
俺の友達だから話すだけ、なんて言っていたが、もし本当にそうならば俺抜きで会う必要などないはずで。それなのに、わざわざいつもより早い時間に登校してまで何を話すことがあるんだよ。そもそも、そんな仲であるのならば、最初から仲良くない、なんて言うなよ。お前があんなこと言うから余計気になるんだよ。
心にもやもやとした黒い感情が蓄積していくもを感じながら、 机に突っ伏した。
「凛、おはよー」
頭上から聞こえた声に体を起こした。
「……はよ」
「元気なくね」
「別に……」
からからと楽しげに笑う光希を睨む。
……コイツは悪くない。俺が勝手に苛々しているだけだ。
「塚本と何話してたの」
「ちょっとねー。大したことじゃないよ」
そんなはずはない。
俺と違って交友関係の広い光希なら、わざわざ他クラスへ向かわずとも暇を潰す相手なんてたくさんいる。大したことのない話のために、塚本を訪ねる理由なんてないはずだ。昨日の塚本の発言からして、2人で何かしているに違いはない。それなのに2人そろってごまかすようなことばかり口にする。
「……根回ししてんの」
「え?何、根回し?」
「……何でもない」
もう一度、机に顔を埋めた。
塚本もこんな気持ちだったのだろうか。人にしたことは返ってくると言うが、こんなにも辛いものだとは思わず、ため息をついた。たった1度、放っておかれただけなのに。
「本当にどうしたの?昨日も様子おかしかったよね?風邪でもひいてんの」
「ひいてない」
「ならいいけど」
前の席に座り。机に頬杖をついてらこちらを見下ろす光希に視線を送る。
「……昼休み」
「ん?」
「今日の昼休み用事ある」
「あー俺も用事あるんだよね」
ちょうどよかった、と笑い、そのまま始めた他愛のない話聞きながらスマホを取り出す。
『今日の昼一緒に食べよ』
今日は塚本と一緒に過ごそう。そうすれば、このもやもやも少しは収まるかもしれない。
「凛」
チャイムから10分ほど過ぎた頃、ようやく終わった4限の道具を片していれば、上から降ってきた自分の名前に顔を上げた。
「ごめん、授業長引いた」
「そんなに待ってないから大丈夫」
保冷バッグを片手に俺と話す塚本が珍しいのか、教室中から視線が集まる。その居心地の悪さに、眉根を寄せた。
「いつもどこで食べてるの?」
「3階の空き教室」
「じゃあ、そこで食べよう」
頷き返し、財布と飲みかけのミルクティーを手に立ち上がり移動する。
「あれ凛、お弁当は?」
「購買のパンだけ、ど」
しまった、コイツはやたらと食事にうるさいんだった。
そう思ったときには既に手遅れで、端正な顔が不愉快そうに歪められていた。これは面倒くさくなるな、と足早に進む。
「もしかして、いつもパン食べてる?」
「……まぁ」
「ちゃんとしたもの食べないとだめだよ」
そんなことを言われても、購買には塚本のお眼鏡にかなうようなものは売っていない。その上、今日みたいに授業が長引いた日に残っているのは、メロンパンやクリームパンなどのボリュームも栄養も少ないものだけだ。
今日はメロンパンだけが残っていて、迷わず手に取った。いつものように、支払いを済ませようとすると、手の中からメロンパンを抜き取られる。
「すみません、これください」
「200円だよ」
ポケットから取り出した財布の中から100円玉を2枚つまむ塚本の右腕を咄嗟に掴んだ。
「自分の昼飯くらい自分で買うから」
「俺も自分の昼飯は自分で買うタイプだよ」
俺の手を払い、支払いを済ませた塚本を呆然と見つめる。
弁当とパン、両方食べるのだろうか。
塚本の手にある弁当は決して小さいわけではない。普段これだけ食べている人からすれば、俺の食生活は不健康そのものなのだろう。塚本の発言にも納得だ、と残り4つとなったメロンパンに伸ばそうとした手に、お弁当が差し出された。
「凛はこれ食べて」
「は、」
「足りないならパン付け足すけど」
メロンパンに視線を落とす塚本の腕を掴み、慌てて制止する。
「いや、いいよ」
「そ?」
じゃあ行こう、と掴まれた腕をものともせず歩き始める塚本についていく。これではどちらが腕を掴んでいるのか分からない。
「つーか、俺パンでいいんだけど」
「今日はパンの気分なの」
「はあ?」
お前は米派だろ、という言葉を飲み込む。俺が気を遣うことがないように配慮してくれたんだろう。
「……ありがとう」
大人しく後ろをついて行く。
このままでは一緒にお昼を食べるたびに、塚本から弁当を奪うことになるかもしれない。次からは、弁当を作るようにしなければ。早起きはしたくないし、前日の夜にでも作ろうか。
空き教室にある机に向かい合うように腰を下ろす。
塚本が自分で作ったのであろう弁当は、彩の良いおかずが綺麗に詰められていた。その中から、卵焼きを掴み、口に入れる。
「美味しい?」
「おいしい」
「明日も作ってあげようか?」
「いい。大変だろ」
「1つも2つも変わらないよ」
大丈夫、ともう一度断れば、不満そうに口を尖らせた。
そんな顔しなくても、明日からはちゃんと弁当作るよ、と心の中で返しながら、メロンパンをかじる塚本を上目で盗み見て、お弁当に視線を落とした。
「……そういえば、今朝、光希と何話してたわけ」
「岡田君?」
唐揚げを意味もなく転がしながら、口を開く。塚本の視線に気づかないふりをして、口に運んだ。
「大した話じゃないよ」
いつもと変わりない様子で食事を続ける塚本に、苛立ちを覚える。2人そろって、口裏を合わせているかのように大した話ではないと言われれば、むしろ、不信感が強くなる。
わざわざ俺抜きで何を話していたんだろう。
「……大した話じゃないわけないだろ」
口から刺々しい言葉が零れた。上手く聞き取れなかったのか、首を傾げる塚本に、今度は聞こえるようにはっきりと声を出した。
「いつもより早く家出たくせに」
つい、責め立てるような口調になってしまった。
でも、隠し事をする方が悪いだろ、と開き直っていると、「凛」と名前を呼ばる。
「何」
「もしかして嫉妬してる?」
「っ、はぁ?」
声が裏返る。
2人が話をしている光景を見たくない、と感じたことは認める。でも、それは俺に隠し事をしているようで嫌だっただけだ。これは決して焼もちを焼いているわけではないと自分に言い聞かせる。しかし、今朝のもやもやの理由の表現にそれ以上適した言葉はなく、一気に顔が熱くなるのが自分でも分かった。
「んなわけねぇだろ」
「本当に?」
「本当に!」
塚本の口角がゆるゆると上がっていく。
「じゃあ何で不機嫌そうなの?」
「そ、れは……。……連絡くらいくれたっていいじゃん」
「そうだね。ごめんね。次からはちゃんと連絡するね」
もともと約束していたわけではなく、塚本に非などないはずなのに、こうもすぐに謝られてしまうと居心地の悪さを感じる。それを誤魔化す様に、おかずを口に入れた。
「凛が心配してるようなことはないから安心して」
「別に、心配してるわけじゃねぇよ」
「それに、すぐに分かると思うよ」
「どういう意味」
眉間にシワを寄せれば、俺からは言えない、と誤魔化される。
「凛にとっても嬉しいことだよ、きっと。だから怒らないで」
「怒ってない」
「うん、怒ってないね」
やけに楽しそうな笑顔で、結局何も教えてはくれなかった塚本にムッとしつつも、これ以上追及する気にもなれずに、もやもやを半分残したまま昼休みが終わった。
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