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悪魔サタリア

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いかにも声をかけられたら、ほいほいついていきそうな頭の軽そう生娘という恰好をさせられて、彼は街を歩いていた。
人通りの多い通りを暇そうに歩いていると、その人買いの方から近づいてきた。
一見すると小太りで小柄で善良そうな顔をしたおっさんだった。とても悪人には見えない。
「お嬢さん、暇そうだね。金になるいい仕事があるんだが?」
「金になる? エロい仕事ですか?」
食いついたと思いつつ、わざとらしく警戒する。男とばれないように小声だ。
「いやいや、エロはないよ。とある貴族様の農園で、豊作になって、早く作物を収穫しないとダメになっちまうってんで、急いで人手を探してるんだ。もちろん、急な仕事だから、払いもいい。相手は貴族様だから、安心だよ」
「貴族の農園の手伝い?」
「そうさ、興味がありそうだね。今日の夕方まで、西門のところに黒い馬車が止まってるから、農園の手伝いに来ましたと言えば、その馬車に乗せてもらえるよ」
「貴族とは、どなたのことですか」
「なんだ、信じないのかい、なら、この話は無視して馬車に乗らなければいい。もったいない話だと思うけどね」
人買いの男は、無理強いはせず、余計な話もせず、去って行った。
「こちらに余計な質問をさせずに去ることで、逆に興味をそそらせるという手か」
スッと背後に佐助が立っていた。忍び頭巾で顔を隠すと逆に目立つので、その時の佐助は素顔で町民ぽい恰好だった。男娘が後ろを振り返らず尋ねる。
「詳しい内容が分からないから、余計に興味をそそられるということですか?」
「ああ、詳しく会話したりすれば冷静になって、何か怪しいと思う気持ちも出てくるが、何も分からないから、本当に儲かるいい仕事かもという感じが強くなって、ついつい誘いに乗ってしまうという手だろう。で、お前は、大丈夫か」
「はい、大丈夫です。ちゃんと守ってくれるんですよね」
「ああ、心配するな」
「じゃ、行ってきます」
スッと背後の気配は消えた。だが、ちゃんと見守られていると信じて西門に向かう。そこには男の言う通り黒塗りの四頭立ての馬車が止まっていた。そばにいた黒マントの男に「農園の手伝いに来ました」と伝えると、黙って馬車に乗せられた。
馬車に乗るときに「どこの農園に行くんですか」とさり気なく聞いたのだが、黒マントは無言だった。
中には先客のちょっと派手めの女がひとりいた。窓のない馬車だったが、隙間から光がこぼれ、相手の顔ぐらい判別できた。
「あんた、この馬車に乗るつもりかい?」
先客の化粧のきついその女が、後から入って来たこちらに声を掛けて来た。
「あんたみたいな、世間知らずっぽい子はこの馬車に乗らない方がいいよ。それとも、男たちにひどい目にあわされるのが好きってヤツかい?」
「え、エロい仕事じゃないって聞いてますけど?」
「そんなわけあるかい。農園の手伝いは本当だろうけど、夜はそこで働く男たちに奉仕しろっていう仕事に決まってるだろ」
「だ、だとしたら、あなたは、なんで」
「金になると聞いたからさ、街角に立って男をひっかけるより、まっとうな金になると思っただけさ。あんたは、早く下りた方がいい」
「いえ、平気です、お金が必要なんで」
師匠に頼まれたのは、サバトを誰が主催しているのか探ることであり、ここで降りるわけにはいかない。
馬車には、持ち主を特定する特徴はなかった。夕方までに、姉妹らしい女性がふたり増えて、出発するという合図もなくガタッとゆれて馬車が走り出した。
馬車の中の女性たちは静かだった。後から乗り込んできた姉妹は、不安そうに身を寄せ合っていた。
儲かる仕事という誘い文句につられてきたのをいまさら後悔しているような感じだった。
最初に忠告してくれた女性も、あれ以来黙っている。この馬車に乗ったのは、全員、自分の意志だ、脅迫されたわけではない。が、窓がないので、どこに向かっているのか分からないというのは、不安を煽るのに充分だった。
しかも、どんどん暗くなっていった。隙間から差し込む光もなくなり、馬車の中は人がいるという気配しかわからなくなった。ただ、馬車のガタガタ揺れる振動だけが伝わってくる。
忍が見守ってくれていると思わなければ、彼も不安で怯えていただろう。
いざとなれば、助けてくれるというのは本当に心強かった。
そして、目的地に着いたのか、馬車の振動が止まった。

馬車から降ろされると、やはり、そこは農園ではなかった。
洞窟?
目の前には、地の底へと続く穴がぽっかり開いていた。
ただの洞窟ではない。なにかの遺跡の入り口らしく、崩れかけてはいるが、明らかに人工的に手が加えられた穴の入り口だった。馬車の黒マントの男と、待ち構えていたらしい黒マントの男たち合わせて十名ほどが周りを囲んで、洞窟の中に入れと無言で威圧する。
仕方なく、奥へと進む。所々松明が燃えていた。しっかりと石壁が積まれ、下へと下りる階段が続いていた。
王都の周りには、こういう古い遺跡がたくさんある。
今の王国になるまでに、大小の国々が建国され、滅んでは消え、新しい国が生まれたりした名残だそうだ。盗賊団と一緒にいたとき、彼らも、そういった遺跡を根城に利用していた。
下りていくと、媚薬売りの店で嗅いだような覚えのある臭いがした。
と、匂いとともに、嬌声が聞こえて来た。薄暗い地下で、裸の男女が絡み合っていた。
男の股間の上に跨り、嬉々として乳房を揺らすように腰を振る裸の女。女の尻を逃がさないように掴みながら、犬のように腰を振り肉棒を突っ込む男。漂う淫猥な香り。
間違いない、ここがサバトだ。
それを見て、彼以外の連れて来られた女性たちが顔色を変えた。特に、あの派手な女性が、近くの黒マントに詰め寄った。
「ちょっと、なんだい、これ。どこが農園の手伝いだよ!」
夜に男たちの相手をさせられる覚悟はできていたが、目の前の光景は、明らかに、そういう程度ではない。彼女は、
怒るように黒マントに吠えていた。が、相手は平然と無言だった。
その中で男娘だけは冷静だった。近くに血の魔法陣と生贄の家畜の姿を確認する。だが、主催者が誰か、分からない。
黒マントは、全員同じような恰好で、ここに首謀者がいるのかどうか判別できなかった。
念のため例の小瓶を魔法陣に投げ込めるように右手に握りしめる。
「うるさい女だな。崇高な目的のため、とはいえ、このような下賤な女。ま、いい、まずは、お前からだ。服を脱げ」
黒マントの中で偉そうな男がそう彼女に命令した。
「は?」
急に上から目線で命令されて、化粧のきつい女は首を傾げた。
「そこで、暇そうにしている男がいるだろ。そいつと交われ」
やたらと横柄な黒マントが、隅で蹲っている全裸男を指差した。
この黒マントが、リーダーかと、まだ様子を見る
「女の数が足りなくなってあぶれた男だ。お前の相手だ。我が崇高な目的のための犠牲になるがいい」
その偉そうな黒マントの男は派手な女の腕を掴んで、強引にその全裸男の方につき飛ばそうとした。
我慢できなかった。
「やめろ!」
男娘は、思わずその黒マントに体当たりして、邪魔をすると、そのままの勢いで、魔法陣に向って小瓶を投げた。
小瓶が割れて中身が飛び散り、少しきつい香りがぱっと散った。彼は我慢できずに咄嗟に行動していた。
「な、何をする、貴様!」
その黒マントは、グイと男娘の髪を掴んで、恫喝した。
「貴様、やめろと言ったな。なら、お前が、あの男の相手をしろ」
そう言って、彼を全裸男の方につき飛ばそうとしたが、
「やめなさい」
と、鋭い女性の声が、地下に響いた。
「その子からは、媚薬売りの臭いがするわね。それにこの香水、あんた、あの媚薬売りの知り合い?」
魔法陣の真ん中に、頭にくるりと大きな山羊の角を持った女性が立ち、男娘を見ていた。
「は、はい、媚薬売りの弟子です。助けてください」
「助ける? 具体的にどうして欲しいの?」
「こいつらを捕まえて、ここにいる人たちを正気に」
魔法陣に悪魔が召喚されたのに、未だ狂ったように交わり続ける男女を見た。
「捕まえるのは、私じゃなくてもいいでしょ、出てきなさいよ、媚薬売りの飼い犬」
「どうも、お久しぶりです、飼い犬です」
その悪魔とは顔なじみらしく、ようやく地下の闇から現れた佐助は軽く挨拶しただけで、ばっと自分の分身を放ち、黒マントたちを手際よく捕縛した。
いきなり現れた忍の分身に黒マントたちは虚を突かれて大人しく捕まっていた。
「で、そいつらを、正気に戻すのね。対価は何?」
「え?」
「まさか、タダで、悪魔の力を借りるつもり?」
「あ、あの・・・」
「どうせ、あの媚薬売り、あなたに詳しく説明しなかったんでしょう。悪魔を使うには対価がいるんだけど、そうね、ちょっと指を出しなさい」
「指?」
怪訝に思いながらも人差し指を差し出す。
すると悪魔は、その指をくわえ、チュパチュパとしゃぶり、最後に、指先を強く噛んだ。
「イタッ」
痛みが走った、その痛む指を癒すようになめまわしてから、ゆっくりと口から離す。
「代償に、あなたの血をちょっともらったわ。これで、私とあなたは血の契約で結ばれた」
「契約?」
「あの媚薬売りの弟子なら、私くらいの悪魔と縁を持っておいた方がいいわよ」
そして、悪魔は、スーッと深く深呼吸をした。すると、一心不乱だった男女が急に我に返ったように恥ずかしそうに行為をやめた。
「ここの狂気は、すべて吸ってあげたわ」
悪魔が男娘に笑いかける。
「ちょ、ちょ、待て、お前は、我が呼んだ悪魔であろう。我の願いを聞くのが先だろう!」
佐助に縛り上げられた黒マントの一番偉そうな男が喚いていた。
「お前が、呼んだ? こんな下手くそな字の魔法陣では、下級な悪魔も呼び出せないわよ。私がこの地に降り立ったのは、媚薬売りの香水の匂いを嗅いだから。あいつ、私と契約しているというのに、ここ最近、貢物がなかったので、文句を言いに地上に出てきたまでよ。お前のことなど知らん」
悪魔は、捕まった黒マントの連中を興味なさそうに一瞥しただけで肩をすくめた。
「では、もう帰る。媚薬売りに伝えておいて、近いうちに貢物取りに行くから捧げものの香水をたくさん用意しておけと」
「は、はい・・・」
悪魔は、さっさと帰っていった。
「く、くそ・・・失敗したというのか」
縛り上げられた黒マントの男が悔しそうにつぶやいていた。
「何人犠牲にしたか知らないが、そういうことだ」
佐助がその男に囁く。
「もう終わりだよ、あんたは」
「あ、あの・・・」
「あ、あとは俺に任せて、お前たちは街に戻りな。王都まで歩いて帰れる距離だ。馬車の跡を辿って行けば大丈夫」
「ちょ、ちょっと、あんたたち一体、何者」
派手な女が、忍びと親しげにしている男娘に声を掛ける。
「ただの媚薬売りの弟子です、それより、みんなで王都に帰りましょう」
彼は、黒マントたちからマントを奪い、正気に戻って放心状態の連中に渡して、王都に連れ帰った。
男娘たちが洞窟を出て行き、捕縛した男たちだけになると、佐助は、ニタリと笑った。
「さて、ここからは子供に見せられない尋問の時間だ。お前たちが、悪魔を呼び出して何を企んでいたか、聞かせてもらうぜ。俺の雇い主は、今の生活を少しでも脅かす存在が許せないんだ。分かるだろ」
鋭いクナイの刃をちらつかせながら、佐助は尋問を始めた。


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