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新生魔王軍進軍

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コボルトの王の呼びかけにゴブリンやオークも応じて門に進軍する魔王軍に合流した。
わざと人間たちに見せつけるように巨人のトロールや一つ目のサイクロプスを前に押し出しての進軍だ。
山が動いているようなトロールの巨体の足元をコボルトやゴブリンらの小鬼の群れが歩いている。
それらを指揮するのは魔王軍総大将の黒衣のデュラハンである。最初、俺が総大将をやらされそうになったが、この人間の目を引き付けるための派手な進軍はデュラハンに任せて、俺は別の場所にいた。
姫様にぶら下がりながらその光景をチートな目でながめていた。
作戦開始前に、俺は勇猛果敢だという半魚人たちと会い、その協力を取り付けたかったが、時間を置けば、人間側の利になりかねない。いくら戦費が厳しいとはいえ彼らに増援がないという保証がないからだ。こちらは新魔王を立て新たな魔王軍を動かした。人間側でも新しい勇者が出て来てもおかしくはない。
勇者と軍師に停戦を頼んだが、未だその返事はない。それが功を奏すかどうか、のんびりと待っている余裕はないと決断しての進軍だ。
俺は、吸血鬼の姫とハーピー数羽、人狼たちから選りすぐった狼の群れを主体とした別動隊にいた。魔王となったから前線に出ず、魔王城でふんぞり返っていてもいいのだろうが、そういうのは性分ではない。本当は、俺一人でも、良かったのだが、それでは、本気でデュラハンたちに怒られる。魔王として、彼らの力量を信じていないと思われるのは、よくないだろう。
人間だった前世で他人に命令するような立場になった経験はない。だから、後ろに控えず、俺自身が前で動きたい。
帝王学なんていう学問があるが、人間だったときも今も最も俺には縁遠いものだった。魔物たちの上に形の上では立っているが、彼らを盾に自分は安全な場所にいるつもりはない。
さて、俺のいる少数精鋭部隊の目標である奴隷収監所は敵陣のそばにあった。いかにも雑に建てられた建物で、威力偵察したとき、その格子のはまった小窓から、俺が暴れているのを見る亜人を見かけたのだ。チートの俺の目は、やせ細ってみすぼらしい彼らの姿をはっきりと見た。俺が触手で人間たちを吹っ飛ばすのを、何か期待するようにみていたのを俺は見つけた。そこには、明らかに人間たちをぶっ飛ばす俺に何かを期待する目があった。あの目を見てしまったから、彼らを助けるのを第一の目標として作戦を考えた。
収監所を襲撃して助け出しても、気づかれて追撃されたらやっかいだ。捕らえられた者たちを開放しても、彼らが素早く逃げられる保証はない。最悪、そこに収監されている魔族全員が栄養失調などで動けないかもしれない。
だが、こちらの大軍がそばにいれば、そう簡単には対処できないだろう。収監所を放棄して自陣に閉じ籠ってくれれば、ゆっくりと救い出せる。だが、敵が引き篭もらずに収監所に駆けつけようとするならば、、その隙を狙ってコボルト主力の陽動部隊を攻め込ませる手はずだった。
当然、俺も他人任せにせず戦うつもりだ。俺と姫だけでかなりの敵を蹂躙できるだろう。奴隷として捕まった者たちを助け出すのが第一目的だ。本物の魔王なら、捕まった魔族は見捨てるのが正解なのかもしれない。だが、歴代の魔王がそうでも、俺は俺の考えで動く。一応、伯爵にも姫経由で援軍を要請したが、それを頼みに来た娘に父親は『お前たちだけでは、厳しいと思うのなら、いつでも、ここに帰って来い。無理することはない』と言って娘を怒らせた。父親に自分の力を甘く見られたと感じた姫は、俺以上に闘志を燃やしてこの戦いに参加していた。
だが、たぶん、この戦いで、俺が姫を死なせることがあれば、烈火のごとく怒る伯爵の姿が容易に想像できた。
とはいえ、吸血鬼の姫様の戦力抜きですべてをやるのは無理だと思い、収監所襲撃の部隊に加わってもらった。
伯爵には悪いが、姫様が闘志に燃えているのはこちらにとって都合が良かった。
空を飛べる魔族と地を素早く駆ける人狼ならば、素早く襲撃でき、収監された魔族を素早く助け出せると俺は思っていた。
だが、門に到着していた小さい軍師は、こちらの作戦を読んでいた。、
「敵には、空を飛べる者がいる、でかいからと巨人ばかりに目を向けるな、空にも、注意しろ!」
と兵士たちに激をとばしていた。内心では、かなり焦っていた。彼女の考えでは、魔王城を取り返すのに魔族たちは
時間と労力をかけると思っていた。が、実際には、臆病な上層部が勇者たちを残して、さっさと魔王城を放棄して逃げ出し、魔王軍は無傷で門まで来た。ここまでたどり着くまでに、人間、魔族ともに犠牲を出し、その間に軍師は停戦の工作をするつもりだったが、無傷の魔王軍が間近に迫っているのは、本当に想定外のことだった。
「軍師様!」
彼女のそばにいた忠犬の騎士が空の一角を指差す。
「なんだ!」
「あちらの空に!」
軍師は俺ほどチートの目は持っていないが、その空を飛ぶ触手に気づいた。野鳥などと見間違えようもない姿だ。
「やつだな」
軍師のそばにいた勇者も気づいてニヤッと笑った。魔族との停戦には賛成だが、彼女にも勇者としての矜持がある。
「奴の相手、私がしていいな、軍師」
「ええ、お願いします」
停戦工作をしつつ、戦争を継続するというのは珍しいことではない。ここは、戦うしかなかった。
「私も連れて行ってください」
赤備えの皇女が、勇者に駆け寄り頼み込んだ。
そして、勇者と女騎士らは空の触手の影を追って収監所の方へ向かった。
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