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収監所襲撃

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巨人たちは、すぐに攻め込まず、手頃な巨石を運んできて積み上げて人間に見えるように粗雑だが石垣を作り始めた。きちんと切り出して積み上げているわけではないので崩れやすく、コボルトたちがその隙間に石を挟み込んで崩れるのを防ぎ、どんどん城壁を高くしていき、人間たちを驚かせた。
俺が案を出して、それをデュラハンが指揮していた。収監所襲撃が終わるまで人間どもの注意を引くための行動だったが、正直、魔族は脳筋が多くて、ただ力押しの戦い方しかできないので、防御を固める戦い方を俺が提案したわけだ。本格的な城を作るつもりはなく、ただ今まで、猪突猛進だった魔族がそうやって戦い方を考えているようにみせるだけで十分、人間たちの目を引き付けた。
その雑な詰み方を見て、軍師は、見掛け倒しの陽動かとすぐ気づいたが、魔族が考えて戦の準備をしているというのは、兵たちに十分な圧力となった。特に魔界に来て比較的長く魔族と戦っている手練れの兵ほど、今まで見たことない魔族たちの動きに動揺し、明らかに、門を守護する全軍の士気が落ちていた。
停戦を持ち掛けた触手のバケモノの姿を軍師は思い出していた。あれを見かけたときから、戦いの流れは大きく変わった。今後この戦いが長引いたら、人間の大敗が容易に想像できた。今は、魔族を奴隷として捕まえる側にいるが、逆転して、魔族が人間を捕らえて奴隷化する未来だってあり得る。
さすがの小さな軍師も目の前で石垣づくりが行われるとは思っていなかったので、対応をあれこれ思案していた。
「軍師殿、あれが未完成のうちにやつらに攻撃を」
兵士たちの動揺を感じた兵長の一人が小さい軍師に詰め寄っていた。
「いや、敵の罠かもしれん。ノコノコこちらから出て行って、奴らに袋叩きにされたいか」
兵長の地位にあるだけあって、男は軍師の言わんことを即理解した。欺瞞行動で敵を誘い出して、叩く。珍しくない戦術だ。こちらに十全な戦力があればいいが、この遠征軍を主導した帝国の兵と主だった貴族や将軍は、この出征は大成功だと言わんばかりに、さっさと自分たちの祖国に帰っていた。赤備えの皇女は珍しい存在で、帝国の主だった遺族連中は直接魔王を討ったのが勇者でもその勇者に随伴して進軍し魔王討伐を果たした英雄と自らを喧伝して、残りのことは属国や小国の兵士にまかせて、自分の雄姿を舞踏会などで盛って語り、勇ましい肖像画を描かせて悦に浸っている最中だった。
だが、たとえそうでも、そんなもの前線には関係ない。軍師が慎重になるのも当然の状況にあった。
勇者たちが、あの触手を追って出て行ったのが痛い。勇者が残っていたら、敵への威力偵察を頼みたいところだった。できれば、勇者たちの強力な魔法で、あの目障りな石垣をふっとばしてもらいたかった。
新魔王が即位したばかりで、敵にすごい大軍がいるとは思えないが、見える距離で巨石を運ぶ巨人の姿を見せつけられると兵士たちの士気が上がるはずもない。
「こりゃ、やばいなぁ・・・」
つい小声だが愚痴が出る。
忠犬の騎士が囁く。
「我らだけでも逃げた方が、帝国への義理を果たす程度には、もう十分働いたかと」
この戦いは、正直、軍師の祖国とは関係がない。彼女の国も作物が不作で大変だったが、国民が王に大して不満を抱くことはなく、みなでこの困難を乗り切ろうとしていた。だが、大国の帝国の市民の不満は為政者の皇帝に向き、この遠征につながった。ゆえに、軍師たちには、魔界にとどまる理由はないし、撤退しても文句を言われる筋合いはないのである。
「だが、勝手な撤退を理由に帝国に侵略される恐れもある。帝国に口実を与えるような真似はできんよ」
軍師が心を許せる忠犬に愚痴をこぼす。
帝国の連中が魔族の持っていた金目の物を持ち去る場面を軍師は目撃していた。次は、自分の国がそうなるような愚は犯せない。小国の浅知恵だとは思うが、大国にこびて尻尾を振るというのは、昔からどこでもあることだ。
「しかし、じっとしていても、埒が明かないかと」
「勇者たちが、敵の新魔王らしき姿を追った。彼女たちが戻ってきてから策を練った方が賢明だろう」
勇者たちが戻ってくれば、こちらの戦力が大幅に上がる、そうなってから動いた方が、戦術の幅も広がるというもの。
それに、なにか有益な情報が手に入るかも。
消極的だが、軍師は、堅実な方を選んだ。

姫様に運ばれた俺は丸まってボールのように跳ねながら刑務所のような収監所の真ん中に放り込まれた。
そして、なんだなんだと収監所の連中が十分に出て来たのを見計らって爆弾がはぜるように触手を伸ばした。俺の触手の先端が鋭い槍状だったら、ほとんどの奴らを串刺しにできただろうが、俺の先端はアレに似ているので串刺しにはできず、痛烈なパンチとなってぶっ飛ばした。だいぶ使い方にも慣れて、触手を伸ばせる距離も伸びていた。
弱い連中だった。あとで分かったのだが、その収監所にいたのは兵士ではなく、奴隷商の下働きの連中だった。
つまり、戦闘とかは素人で、遠征軍が連れてきた奴隷となる捕虜を逃げないように見張る程度の仕事をしている連中で、武器は持っていたが、俺の触手の敵ではなく、人狼やハーピーの出番もなく、俺一人で内部を制圧できた。
「お前が、ここで一番偉い奴か」
一番身なりの良さそうな男を触手で締め上げる。
「く、く、はな、せ、この俺を、誰だと思っている、帝国の将軍に知り合いは一杯いるんだぞ」
こちらは触手のバケモノであり、人間の権威など恐れる理由はない。
「お前らが、捕えた人たちはどこだ、ここに奴隷として捕まえた人たちがいるんだろ?」
男を締め付けるのは趣味ではないが、脅しのため触手たちでギュッと全身を締め付ける。
「ひっ」
短く悲鳴を上げて、男はあっさり建物の入り口を指さす。
「あそこか。鍵は? 逃げられなように拘束してるんだろ」
「鍵なら、そこで伸びてる若頭が」
俺の最初の触手の一撃でのびていた男の一人を指さす。
「おい、おきろ」
俺はそいつをペシペシと触手でたたき起こした。
「ン?」
「おい、鍵を、よこせ」
目を覚ました男は、最初、喋る触手のバケモノに困惑したが、まわりでほとんど気絶している仲間の姿と、触手で締め付けられている上司の姿を見て状況を理解し、すぐに鍵の束を俺に向けて投げつけて、その隙に逃げだそうとしたが、俺の触手が、その逃亡を許すわけがなく、触手で吹っ飛ばして再び気絶させた。
収監所の制圧は、それで終了した。門を開けて、人狼たちを中に招き入れた。

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