上 下
59 / 63

偉大なるご先祖様

しおりを挟む
「ま、ここに住む私たちのことは,仙人みたいなものと思ってもらった方がいいわね、邪神に選ばれた魔王陛下」
その魔法使いに似た女性は、そう言って俺に笑い掛けた。どうやら、俺の頭の中の記憶を隅々まで読まれたらしい。
「けど、あんた、うちの可愛い子孫に、ずぶんひどいことしたみたいね?」
「げっ」
そこまで記憶を読み取ったのか、単純に過去の光景が見えるのか分からないが、どうやら彼女に隠しごとはできないようだ。
思わず俺は触手で後ずさりしてしまった。
ここは魔女の作った世界だから、何でも思い通りになるのではないかと恐怖を感じた。
「ちょっと、あんた、この子の純潔を奪った責任を取って魔界の妃ぐらいにはしてくれるんでしょうね」
「え、いや、さすがに妃というのは・・・」
俺は蛇に睨まれたカエル状態だった。
触手一本動かせない。今までやって来た俺の触手で虜にするという手が通用する相手ではないだろう。
人間だったら手に汗をたっぷりかいている。
「妃にしないのなら、あんたは、この子をただもてあそんだだけってこと?」
「それは、その、も、もちろん、責任をもって彼女を、幸せにします・・・」
さすがに王妃の確約はしない。だいたい、魔法使い自身が俺の妃になりたいなどと思っているはずがない。
「ま、しょうがないわね。これくらいでいいかしら、うちの可愛い子孫?」
「は、はい、十分です、ご先祖様」
魔法使いは、自分のために御先祖様が俺にくぎを刺したことを理解して笑っていた。
俺は、ずっと卑屈そうに触手をうなだれていたが、仕方ない、吸血鬼のように不老で心を見透かし、自分たちのための世界を作れるようなバケモノ相手に粋がれるほど、俺は無謀ではない。
「で、あんたは自分の知らない魔法に魔界で触れて、まずは門の作り方を知りたいと。けど、魔界でも人間界でもないここに来る呪文を知って使えたんだから、もうその原理は感覚で理解できたはずね。他にも何か魔法を極めたいなら、いつでもここに来なさい。私の他に永遠の時を暇してる魔女がここには何人もいるから。魔王城の汚い本を読むよりも効率的で、すごい魔法を覚えられるわよ。あんたなら、その気になれば、ここに住むこともできるわ」
彼女は魔法使いをそう勧誘した。
「いえ、向こうの世界には私の仲間がいますので」
「ああ、あなたには向こうでやることが残ってるのね。いいわ、好きになさい。でも、このおばちゃんに、元気な新しい子孫を見せに来てくれると嬉しいわ。それと、あなたは賢いから理解してるだろうけど、魔法と神聖魔法は似て非なるもので、両方は同時に習得できないから注意してね」
「あ、はい」
実は、魔法使いは、攻撃的な魔法と癒しが得意の神聖魔法を、いずれ両方扱えれればいいなと考えていた。
それを見透かされての忠告に舌を出して笑う。
そして、彼女は俺の方をじっと見た。
「あんたは魔物くせに前世の知識でそこそこ頭が回るようだから、本当にうちの子孫を頼んだよ。少なくとも無駄死にさせたら、この私がタダじゃ済まさないから」
「は、はい、承知しました」
もし、魔法使いを死なせるようなことをしたら、俺の触手を一瞬で刈り取りに来そうな目つきだった。
「じゃ、またそのうち来なさい、私の愛しい子孫よ」
「はい、御先祖様」
そうして、俺たちはまた元の書庫に戻ってきた。するとそこにいた賢者と鉢合わせする。
「あら、おふとりとも、どこから」
書庫に来て本を読んでいた賢者はいきなり現れた俺たちに驚いたが、冷静だった。
「お茶を用意してもらってますの。一緒にどうです」
魔王城の管理を任せている前魔王の娘の王女と賢者は親しくなり、賢者が来るとお茶とお菓子を用意する程度には親密な関係になっていた。
そして、おれたちはそのお茶を飲みながら今日体験したことを賢者に伝えた。
「なるほど、そこは神の楽園に近いような場所なのですね。素晴らしい。陛下だけ連れて行くなんて、ずるい」
探究心と知識欲の塊である賢者が残念がる。
「もちろん、賢者も、いずれ連れて行くわ、その時は勇者も一緒に、これが私の仲間ですって」
「しかし、門の作り方が理解できたのは素晴らしい。これで、こちらが、圧倒的に有利になる」
俺がそう喜んでみせると、賢者も微笑んでいた。
「軍師殿も言っておられましたね、門という制約で戦略が狭められるのはきついと」
「そうだ。その力で、俺たちに協力してくれるよな、魔法使い」
「はいはい、陛下にはこの私を幸せにしていただかないと困りますから、お手伝いしますよ」
そうやって、人間界への攻勢への準備は着実に整っていったのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

魔拳のデイドリーマー

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,143pt お気に入り:8,522

猫が繋ぐ縁

恋愛 / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:189

機動戦艦から始まる、現代の錬金術師

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:676

相手に望む3つの条件

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:331

【完結】待ってください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,627pt お気に入り:43

処理中です...