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領主会議カルーデ郷
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今まで吸血姫は、触らぬ神に祟りなしという感じでこの地の有力者たちからは放置されていた。
だが、王子率いる王国軍を実力で追い返し、いきなり森が広がり、閑散としていた漁村が急に豊漁でわくなどの劇的な変化が起きると彼らも無視するわけにはいかず、領主は、吸血鬼を招き、この地域の有力者たちも招集して今後のことを決める会議を開くことにした。
そこは領主の屋敷の広い食堂で、長いテーブルが真ん中に鎮座し椅子が用意されていた。
その部屋に先に集っていたのは、主催の領主の他に、街の太った町長、冒険者代表のエルフのギルド長、森の民代表として森を広げたエルフの少女、神殿代表として女神と会話した聖女様らが先に緊張した面持ちで椅子に座っていた。
俺は、吸血鬼のお付きとしてその食堂に入室したのだが、俺と目が合ったエルフの少女だけが軽く愛想笑いを受けベただけで、神殿の代表を任された聖女様はその重責を担っているという自負のためか、俺と目を合わせる余裕すらないようだった。正直、室内に歓迎のムードはなく、吸血鬼の姿を見て緊張感が走った。けれど、吸血鬼と領主は顔なじみらしく、しかも、彼女を見るなり、貴族である領主は立ち上がり、女王陛下でも出迎えるように深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、相変わらず、お美しい」
「吸血鬼じゃから変わらぬのは、当然。しかし、お主はすっかり老けたのぉ~」
「はい、このように白髪が増えまして、で、それもありまして、此度の会議に我が息子を同席させたいのですが?」
「息子?」
彼女は、父親の背後で隠れている男の子を見た。
「ほぉ、お主の子供の頃とそっくりじゃの」
彼女は優しく友好的に、その男の子に微笑んだのだが、その子はビクッと怯えて、父親の背後から出なかった。
「これ、お客様に、ちゃんと挨拶なさい」
「いや、よい、ひとは吸血鬼を恐れるのもの。そなたのように子供の頃に、好奇心で我が城に忍び込む方がおかしいのじゃ」
「忍び込む?」
俺が驚いたのに気づいた彼女が、そこにいる者たちに説明するように言った。
「こやつは、いまでこそ、立派な領主然としておるが、ガキの頃はいたずら好きな悪ガキで、大人が近づくなと注意していた余の城の抜け道を見つけて、余が寝ているときに勝手に城に忍び込んだことがあっての。あのとき、こやつが木の杭を持っていたら、余はやられとったな」
「はい、あのときは、本当に肝を冷やしました」
俺と一緒に彼女についてきた人狼執事が、昔のことを思い出してため息をついていた。
「そうそう、こやつらも油断しておって、まったく、孤高の狼の血を引く人狼と偉ぶっているくせに、人間の子供の侵入に気づかなかったとは、ほんに情けない。こやつがガキで、余の寝顔に見惚れて夜まで何もせずにいたから良かったものの」
「あのときは、まことに、面目ございません」
人狼執事が、主に深々と頭を下げる。
「よいよい、もう済んだことだ。それより、そなたが息子を同席させるのなら、ちょうどよい、こちらも、この席に同席させたい者がおって、外に待たせておったが、今この部屋に入れても良いかな」
「はい、構いませんんが」
彼女を信用しているらしく、領主は二つ返事で承諾した。
そして、扉が開き、半魚人と絶世の美女をつれた深海の女王が、赤い触手をドレスのように揺らしながら入って来た。その手には、触手王の分身体が入った鳥籠を手にしていた。ひと時も目を離さないつもりらしい。
「失礼、みなさま、お初にお目にかかります、深海を統べさせていただいているアデアと申します」
恭しく、優雅に頭を下げる。
「地上の方々には、触手王と呼ばれていた我が夫が大変ご迷惑をおかけしたそうで、大変申し訳ありません。ですが、いまや、このような小さな姿になり、籠の中に閉じ込めておりますので、もうご安心を」
鳥籠の中の触手が、不本意そうにしゅんとしていた。
「それと、ここにおられる鮮血の女王と我ら深海の民は同盟を結びました」
「ど、同盟?」
領主を含め、町長やエルフらが動揺する。なにしろ、初耳だったからである。
「はい、海の民は、夜を統べる彼女と手を結んだのです」
海の奥底に住まう者たちがいるというのは、おとぎ話や昔話の類である。魔族でも最強に近い吸血鬼を目にすることでさえ、珍しいというのに、その吸血鬼と深海の民が手を結んだと聞けば、驚かない方がおかしいだろう。
「ま、まさか、お二人が手を組んでこの国を攻め滅ぼすつもりですか?」
「あら、私の聞いた話では、この国の王子が先に彼女に仕掛けたと聞きましたが? 報復されないとでも?」
「そ、それは・・・」
領主が苦い顔をする。あの王子の行動を何としても止めるべきだったと後悔はしているが、ただの地方領主が王族に意見するなど至難の業である。
「・・・陛下が勇んだのは事実。ですが、それも魔王軍から祖国を守ろうと必死だっただけ、どうかご容赦を」
「なるほど。彼女とのいざこざは、国を守らんと勇んだゆえの手違いと。実は、我が夫、触手王を捕えようと、私も深海から兵を連れてきておりまして」
深海の女王の家臣らしい半魚人がビシッと背筋を伸ばす。
「ハッ、この近くの沖合に、我ら半魚人50万」
そして、もう一人の絶世の美女が笑みをこぼす。
「我ら人魚、一万も控えております」
「に、人魚?」
俺はつい彼女の足をジロジロ見てしまった。その視線に気づいた彼女が笑みを浮かべた。
「人魚は、魔法で足を持つことができるのですよ。そのかわり、足がある間は歌が歌えませんけど」
人魚の彼女は俺に愛想よく笑い掛けてくれた。そういえば、人魚の歌声には、人を惑わす力があると聞いたことがある。人魚の歌声で、人間を海に近づけて、半魚人が海から襲うという戦法を深海の者たちが得意としてると知ったのは、このあとのことだ。
だが、半魚人の鱗は固い鎧のようで、人魚はその容姿だけでふらふらと男を惑わせそうだった。
「それは、我々への脅しですか?」
領主が、深海の女王と吸血鬼を交互に見た。
「いえいえ、そう言うつもりはありません。我が夫の不始末に対する謝罪も用意しております」
彼女は半魚人をちらりと見た。それだけで察したのか、半魚人は部屋を出て行き、仲間の半魚人数匹と宝箱を担いで現れた。沈没船に積まれていた財宝なのか、宝箱には貝が付着していた。
十箱ほどの宝箱が領主の前に運び込まれて、深海の女王が、その宝箱を開けると、中にはキラキラと輝く金貨や宝石が詰まっていた。
「我が深海には、昔から、多くの船が沈んでおり、たくさんの財宝が眠っております。これは、その一部。我が夫の迷惑料として、地上の方に受け取っていただきたい」
「これは迷惑料というより、あなた方と仲良くすれば、今後もこういういいことがあるぞと?」
太った町長が、腹を揺らしながら宝箱の中身を確認する。
「本物の金貨ですな、これを全部いただけると」
商人上がりの町長が、頭の中で、金勘定をする。街の発展のため、深海の女王と親しくするのものありだなと腹の中でにやりとする。
「これは、海に沈んだ財宝のほんの一部。地上では価値があるのかもしれませんが、我らには不要な物ゆえ、迷惑料として、これでは足りぬというならもっと持って来ますが?」
深海の女王が、その場にいる者たちに問うが、もっと欲しいという者はいなかった。
「さて、我らが同盟を結んだこちらの鮮血の女王も、この国との争いを望んではおられぬ。こちらの希望としては、この金を使って、その王子様との争いの件、無事に収めていただければ、幸い」
「この私に、和平の仲介をしろと?」
領主が、深海の女王の言葉に息を飲む。
この宝箱を王子への献上品にでも使って、二度と王子が攻めて来ないように仲介役を任されたと領主は理解した。
「あの王子が、また、私の城に攻めて来られたら、面倒なのでな。ぜひ、頼みたい。余が、直接王都に乗り込んで、王子の枕元で囁いてもいいのだが?」
吸血鬼が牙を見せて二ッと笑う。
この王国より長生きしている吸血鬼にとって、王都に乗り込み王城に忍び込むのは造作もないのだろう。
いまだに、王子が殺されたという話がないのは、吸血鬼である彼女が、心の底から無駄な争いを望んでいないからであった。
領主は息子が見ているのも構わずに情けなく首をうなだれた。
「分かりました。この宝箱を王子への献上品とし、和平交渉をしてみましょう」
それは会談というより、一方的な吸血鬼の要求を領主が飲んだものだった。
まず、そうして、王子と吸血鬼との争いについての後始末を領主に押し付けると、今度は吸血鬼が従えている魔物たちの話になった。
彼女に従属することになった魔物たちに人間を襲わせない。街の周辺の畑や村も荒らさせない、それを吸血鬼は人間たちに確約したが、魔王軍の魔物と実際に戦ったギルド長が少し渋った。
「今まで何もなかったからと言って、あなたの気が変わって魔物を率いて我らの町を襲わないという保証は?」
そうなれば、再び、ギルドの冒険者に多くの負傷者が出るだろう。今回は女神の加護で、冒険者に死者は出なかった。だが、負傷した痛みの記憶まで消えたわけではない。魔物の怖さを覚えている冒険者が、たくさんいるのだ。自分たちの近くに魔物がたくさんいるというだけで快く思わないのは仕方のないことだろう。
ギルド長としては、魔物が町の近くに多くいるというだけでも迷惑だと口にせざるおえない立場だった。
「ですが、聞くところによると、魔物が人間や畑を荒らさないために森を広げたと聞いております」
聖女様が口を開き、エルフの少女をちらりと見た。どうやら、事前に聖女様はエルフの少女から話を聞いているようだ。
「我が神殿は、彼女の約束を信じます。なにより、これは、魔物と人間が平和に暮らせる楽園の一歩ではないかと思います」
「それは、女神の御神託ですかな?」
町長がやんわりと突っ込む。
「いえ、すみません、私の個人的な意見です。女神様の御神託ではございません」
「では、万が一、街が魔物に襲われた責任を神殿が保証してくださるのですかな?」
町長は、何ともいやらしい言い方をしたが、街の安全を預かる身としては、こういうことも言及する必要があったのだ。すると、聖女が言葉を続けようとしたとき、彼女の身体が二つに割れたように別人が姿を現した。
「御神託、御神託って、うるさいわね。ここには、そんなに私の信者がいたのかしら」
皮肉っぽい笑みを女神が浮かべ、俺は唖然とした。女神が町の窮地に現れたのは知っていたが、目の当たりにするのは初めてだった。
「そこのあなた、こんなに女神がポンポン地上に降臨していいのかと思ったわね。でも、ここには神の実を食べた者がふたりもそろっている」
聖女様とエルフの少女を見る
「あなたも、少し齧っただけみたいだけど、それだけでも十分にこの場に神が介入する理由にはなるし、そこの吸血鬼のお嬢ちゃんとも私は知り合いだからね」
女神は吸血鬼にウィンクした。そのウインクを受けて不老不死の吸血鬼が苦笑する。
「相変わらず、自由なお方だ」
「あらあら、だから、私の信者は多いのよ。前にも言ったけど、あなたも私の信者になりなさい、悪いようにはしないから。とにかく、御神託が聞きたいのなら聞かせてあげる。魔物と人間が平和に暮らせる楽園、いいじゃない。何か悪いことがある? 私は、魔物を皆殺しにすれば人間に繁栄が約束されるという教えを伝えたことはないし、これからもないわ。御神託としては、これでどう?」
女神はそう笑いながら、消えていった。
ギルド長が、やれやれとため息を吐く。
「どうも我々は、神に思った以上の期待をされているようですな」
「いや、神の掌で踊らされているのかもしれん」
吸血鬼が厳しい目をすると深海の女王がそれに言葉をつづけた。
「私の夫がこの地に逃げてきて、あなたと私が手を結んだことすべて神の導きだと?」
「神とは、我々の考えをはるかに超える者だからな」
「とにかく、分かりました。女神様が口出しされるほど、あなたは信頼に足る存在だと」
ギルド長が急に老け込んだように言った。
「余としては、信用してもらったついでに、街の冒険者と魔王軍再侵攻の際の共同戦線を結びたいのだが」
「再侵攻? あり得るのですか?」
「王子との交渉は領主殿が頑張ってくれるだろうが、魔王とは交渉の余地がない。なにしろ、奴の兵を余は奪ったのじゃからな」
この地は、王子と魔王ともめ事を起こした地域なのだ。女神に見守られ、深海の女王の助力を受けられるとしても、火種が消えたわけではない。
「なるほど、魔王軍再来を想定して、協力し合おうと」
「そういうことじゃ」
「では、幸いなことにうちの冒険者がそちらでお世話になっている様子」
ギルド長が俺を見る。
「いざというときは、彼を連絡係に連携を」
「うむ」
「では、うちも、このふたりを地上に残しますので、いざというときには、ご自由にお使いください」
深海の女王は、連れてきた半魚人と人魚を見て、彼らも承諾するように頷いた。
こうして、吸血鬼の率いる元魔王軍残党とギルドの冒険者と深海の者たちとの軍事同盟が成立した。
あとは、魔物が街に誤って近づかないように境の柵を作ることや、吸血鬼の支配下にない野良の魔物が冒険者に狩られても仕方のないことが決まった。
これから先、共存していけば、他にも問題が出て来るだろうが、それはその時々で解決していけばいいだろう。
女神様が見守ってくれるみたいだし、吸血鬼も不老不死だ。焦る理由はなかった。
だが、王子率いる王国軍を実力で追い返し、いきなり森が広がり、閑散としていた漁村が急に豊漁でわくなどの劇的な変化が起きると彼らも無視するわけにはいかず、領主は、吸血鬼を招き、この地域の有力者たちも招集して今後のことを決める会議を開くことにした。
そこは領主の屋敷の広い食堂で、長いテーブルが真ん中に鎮座し椅子が用意されていた。
その部屋に先に集っていたのは、主催の領主の他に、街の太った町長、冒険者代表のエルフのギルド長、森の民代表として森を広げたエルフの少女、神殿代表として女神と会話した聖女様らが先に緊張した面持ちで椅子に座っていた。
俺は、吸血鬼のお付きとしてその食堂に入室したのだが、俺と目が合ったエルフの少女だけが軽く愛想笑いを受けベただけで、神殿の代表を任された聖女様はその重責を担っているという自負のためか、俺と目を合わせる余裕すらないようだった。正直、室内に歓迎のムードはなく、吸血鬼の姿を見て緊張感が走った。けれど、吸血鬼と領主は顔なじみらしく、しかも、彼女を見るなり、貴族である領主は立ち上がり、女王陛下でも出迎えるように深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、相変わらず、お美しい」
「吸血鬼じゃから変わらぬのは、当然。しかし、お主はすっかり老けたのぉ~」
「はい、このように白髪が増えまして、で、それもありまして、此度の会議に我が息子を同席させたいのですが?」
「息子?」
彼女は、父親の背後で隠れている男の子を見た。
「ほぉ、お主の子供の頃とそっくりじゃの」
彼女は優しく友好的に、その男の子に微笑んだのだが、その子はビクッと怯えて、父親の背後から出なかった。
「これ、お客様に、ちゃんと挨拶なさい」
「いや、よい、ひとは吸血鬼を恐れるのもの。そなたのように子供の頃に、好奇心で我が城に忍び込む方がおかしいのじゃ」
「忍び込む?」
俺が驚いたのに気づいた彼女が、そこにいる者たちに説明するように言った。
「こやつは、いまでこそ、立派な領主然としておるが、ガキの頃はいたずら好きな悪ガキで、大人が近づくなと注意していた余の城の抜け道を見つけて、余が寝ているときに勝手に城に忍び込んだことがあっての。あのとき、こやつが木の杭を持っていたら、余はやられとったな」
「はい、あのときは、本当に肝を冷やしました」
俺と一緒に彼女についてきた人狼執事が、昔のことを思い出してため息をついていた。
「そうそう、こやつらも油断しておって、まったく、孤高の狼の血を引く人狼と偉ぶっているくせに、人間の子供の侵入に気づかなかったとは、ほんに情けない。こやつがガキで、余の寝顔に見惚れて夜まで何もせずにいたから良かったものの」
「あのときは、まことに、面目ございません」
人狼執事が、主に深々と頭を下げる。
「よいよい、もう済んだことだ。それより、そなたが息子を同席させるのなら、ちょうどよい、こちらも、この席に同席させたい者がおって、外に待たせておったが、今この部屋に入れても良いかな」
「はい、構いませんんが」
彼女を信用しているらしく、領主は二つ返事で承諾した。
そして、扉が開き、半魚人と絶世の美女をつれた深海の女王が、赤い触手をドレスのように揺らしながら入って来た。その手には、触手王の分身体が入った鳥籠を手にしていた。ひと時も目を離さないつもりらしい。
「失礼、みなさま、お初にお目にかかります、深海を統べさせていただいているアデアと申します」
恭しく、優雅に頭を下げる。
「地上の方々には、触手王と呼ばれていた我が夫が大変ご迷惑をおかけしたそうで、大変申し訳ありません。ですが、いまや、このような小さな姿になり、籠の中に閉じ込めておりますので、もうご安心を」
鳥籠の中の触手が、不本意そうにしゅんとしていた。
「それと、ここにおられる鮮血の女王と我ら深海の民は同盟を結びました」
「ど、同盟?」
領主を含め、町長やエルフらが動揺する。なにしろ、初耳だったからである。
「はい、海の民は、夜を統べる彼女と手を結んだのです」
海の奥底に住まう者たちがいるというのは、おとぎ話や昔話の類である。魔族でも最強に近い吸血鬼を目にすることでさえ、珍しいというのに、その吸血鬼と深海の民が手を結んだと聞けば、驚かない方がおかしいだろう。
「ま、まさか、お二人が手を組んでこの国を攻め滅ぼすつもりですか?」
「あら、私の聞いた話では、この国の王子が先に彼女に仕掛けたと聞きましたが? 報復されないとでも?」
「そ、それは・・・」
領主が苦い顔をする。あの王子の行動を何としても止めるべきだったと後悔はしているが、ただの地方領主が王族に意見するなど至難の業である。
「・・・陛下が勇んだのは事実。ですが、それも魔王軍から祖国を守ろうと必死だっただけ、どうかご容赦を」
「なるほど。彼女とのいざこざは、国を守らんと勇んだゆえの手違いと。実は、我が夫、触手王を捕えようと、私も深海から兵を連れてきておりまして」
深海の女王の家臣らしい半魚人がビシッと背筋を伸ばす。
「ハッ、この近くの沖合に、我ら半魚人50万」
そして、もう一人の絶世の美女が笑みをこぼす。
「我ら人魚、一万も控えております」
「に、人魚?」
俺はつい彼女の足をジロジロ見てしまった。その視線に気づいた彼女が笑みを浮かべた。
「人魚は、魔法で足を持つことができるのですよ。そのかわり、足がある間は歌が歌えませんけど」
人魚の彼女は俺に愛想よく笑い掛けてくれた。そういえば、人魚の歌声には、人を惑わす力があると聞いたことがある。人魚の歌声で、人間を海に近づけて、半魚人が海から襲うという戦法を深海の者たちが得意としてると知ったのは、このあとのことだ。
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「それは、我々への脅しですか?」
領主が、深海の女王と吸血鬼を交互に見た。
「いえいえ、そう言うつもりはありません。我が夫の不始末に対する謝罪も用意しております」
彼女は半魚人をちらりと見た。それだけで察したのか、半魚人は部屋を出て行き、仲間の半魚人数匹と宝箱を担いで現れた。沈没船に積まれていた財宝なのか、宝箱には貝が付着していた。
十箱ほどの宝箱が領主の前に運び込まれて、深海の女王が、その宝箱を開けると、中にはキラキラと輝く金貨や宝石が詰まっていた。
「我が深海には、昔から、多くの船が沈んでおり、たくさんの財宝が眠っております。これは、その一部。我が夫の迷惑料として、地上の方に受け取っていただきたい」
「これは迷惑料というより、あなた方と仲良くすれば、今後もこういういいことがあるぞと?」
太った町長が、腹を揺らしながら宝箱の中身を確認する。
「本物の金貨ですな、これを全部いただけると」
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「これは、海に沈んだ財宝のほんの一部。地上では価値があるのかもしれませんが、我らには不要な物ゆえ、迷惑料として、これでは足りぬというならもっと持って来ますが?」
深海の女王が、その場にいる者たちに問うが、もっと欲しいという者はいなかった。
「さて、我らが同盟を結んだこちらの鮮血の女王も、この国との争いを望んではおられぬ。こちらの希望としては、この金を使って、その王子様との争いの件、無事に収めていただければ、幸い」
「この私に、和平の仲介をしろと?」
領主が、深海の女王の言葉に息を飲む。
この宝箱を王子への献上品にでも使って、二度と王子が攻めて来ないように仲介役を任されたと領主は理解した。
「あの王子が、また、私の城に攻めて来られたら、面倒なのでな。ぜひ、頼みたい。余が、直接王都に乗り込んで、王子の枕元で囁いてもいいのだが?」
吸血鬼が牙を見せて二ッと笑う。
この王国より長生きしている吸血鬼にとって、王都に乗り込み王城に忍び込むのは造作もないのだろう。
いまだに、王子が殺されたという話がないのは、吸血鬼である彼女が、心の底から無駄な争いを望んでいないからであった。
領主は息子が見ているのも構わずに情けなく首をうなだれた。
「分かりました。この宝箱を王子への献上品とし、和平交渉をしてみましょう」
それは会談というより、一方的な吸血鬼の要求を領主が飲んだものだった。
まず、そうして、王子と吸血鬼との争いについての後始末を領主に押し付けると、今度は吸血鬼が従えている魔物たちの話になった。
彼女に従属することになった魔物たちに人間を襲わせない。街の周辺の畑や村も荒らさせない、それを吸血鬼は人間たちに確約したが、魔王軍の魔物と実際に戦ったギルド長が少し渋った。
「今まで何もなかったからと言って、あなたの気が変わって魔物を率いて我らの町を襲わないという保証は?」
そうなれば、再び、ギルドの冒険者に多くの負傷者が出るだろう。今回は女神の加護で、冒険者に死者は出なかった。だが、負傷した痛みの記憶まで消えたわけではない。魔物の怖さを覚えている冒険者が、たくさんいるのだ。自分たちの近くに魔物がたくさんいるというだけで快く思わないのは仕方のないことだろう。
ギルド長としては、魔物が町の近くに多くいるというだけでも迷惑だと口にせざるおえない立場だった。
「ですが、聞くところによると、魔物が人間や畑を荒らさないために森を広げたと聞いております」
聖女様が口を開き、エルフの少女をちらりと見た。どうやら、事前に聖女様はエルフの少女から話を聞いているようだ。
「我が神殿は、彼女の約束を信じます。なにより、これは、魔物と人間が平和に暮らせる楽園の一歩ではないかと思います」
「それは、女神の御神託ですかな?」
町長がやんわりと突っ込む。
「いえ、すみません、私の個人的な意見です。女神様の御神託ではございません」
「では、万が一、街が魔物に襲われた責任を神殿が保証してくださるのですかな?」
町長は、何ともいやらしい言い方をしたが、街の安全を預かる身としては、こういうことも言及する必要があったのだ。すると、聖女が言葉を続けようとしたとき、彼女の身体が二つに割れたように別人が姿を現した。
「御神託、御神託って、うるさいわね。ここには、そんなに私の信者がいたのかしら」
皮肉っぽい笑みを女神が浮かべ、俺は唖然とした。女神が町の窮地に現れたのは知っていたが、目の当たりにするのは初めてだった。
「そこのあなた、こんなに女神がポンポン地上に降臨していいのかと思ったわね。でも、ここには神の実を食べた者がふたりもそろっている」
聖女様とエルフの少女を見る
「あなたも、少し齧っただけみたいだけど、それだけでも十分にこの場に神が介入する理由にはなるし、そこの吸血鬼のお嬢ちゃんとも私は知り合いだからね」
女神は吸血鬼にウィンクした。そのウインクを受けて不老不死の吸血鬼が苦笑する。
「相変わらず、自由なお方だ」
「あらあら、だから、私の信者は多いのよ。前にも言ったけど、あなたも私の信者になりなさい、悪いようにはしないから。とにかく、御神託が聞きたいのなら聞かせてあげる。魔物と人間が平和に暮らせる楽園、いいじゃない。何か悪いことがある? 私は、魔物を皆殺しにすれば人間に繁栄が約束されるという教えを伝えたことはないし、これからもないわ。御神託としては、これでどう?」
女神はそう笑いながら、消えていった。
ギルド長が、やれやれとため息を吐く。
「どうも我々は、神に思った以上の期待をされているようですな」
「いや、神の掌で踊らされているのかもしれん」
吸血鬼が厳しい目をすると深海の女王がそれに言葉をつづけた。
「私の夫がこの地に逃げてきて、あなたと私が手を結んだことすべて神の導きだと?」
「神とは、我々の考えをはるかに超える者だからな」
「とにかく、分かりました。女神様が口出しされるほど、あなたは信頼に足る存在だと」
ギルド長が急に老け込んだように言った。
「余としては、信用してもらったついでに、街の冒険者と魔王軍再侵攻の際の共同戦線を結びたいのだが」
「再侵攻? あり得るのですか?」
「王子との交渉は領主殿が頑張ってくれるだろうが、魔王とは交渉の余地がない。なにしろ、奴の兵を余は奪ったのじゃからな」
この地は、王子と魔王ともめ事を起こした地域なのだ。女神に見守られ、深海の女王の助力を受けられるとしても、火種が消えたわけではない。
「なるほど、魔王軍再来を想定して、協力し合おうと」
「そういうことじゃ」
「では、幸いなことにうちの冒険者がそちらでお世話になっている様子」
ギルド長が俺を見る。
「いざというときは、彼を連絡係に連携を」
「うむ」
「では、うちも、このふたりを地上に残しますので、いざというときには、ご自由にお使いください」
深海の女王は、連れてきた半魚人と人魚を見て、彼らも承諾するように頷いた。
こうして、吸血鬼の率いる元魔王軍残党とギルドの冒険者と深海の者たちとの軍事同盟が成立した。
あとは、魔物が街に誤って近づかないように境の柵を作ることや、吸血鬼の支配下にない野良の魔物が冒険者に狩られても仕方のないことが決まった。
これから先、共存していけば、他にも問題が出て来るだろうが、それはその時々で解決していけばいいだろう。
女神様が見守ってくれるみたいだし、吸血鬼も不老不死だ。焦る理由はなかった。
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※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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