最強の触手使いに俺はなる

木全伸治

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半魚人のインスヌルと人魚のメム

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深海の女王は、定期的に会いに来ると言って海に帰り、代わりに残された半魚人と人魚が俺と同様に吸血鬼の城に滞在することになった。
魔王軍の再侵攻を考慮して、夜、吸血鬼を交えて、蛇将軍とこの地の守りについて軍議を行ったり、昼間の暇なときは、俺や女剣士の稽古に付き合ってくれた。半魚人は三つ又の鉾を、人魚は細いサーベルを愛用し、かなりの手練れだった。さすが深海の女王の腹心の部下である。駆け出しの冒険者である俺たちなど全く相手にならなかった。
俺は、触手を人間の手に擬態することに慣れ、そのままぐんと伸ばして、相手との間合いを取って戦う戦法を駆使した。卑怯な剣術だが、長く伸ばした腕の先に短剣を握り、蛇が飛び掛かって噛みつくように短剣を突き出したが、半魚人の鉾よりも間合いが遠く、こっちが有利のはずだが、唸る触手の動きを鉾で軽くいなされてしまった。
もしかしたら、触手王と手合わせをしたことがあって、触手の動きに慣れているのかもしれない。
一方、人魚は、魔法で得た足を華麗に使い、神の実を口にしていた女剣士の鋭い斬撃を軽くいなしていた。水中ではなく地上であり、本来、俺たちが有利のはずなのに、俺たちが圧倒される実力差だった。俺は触手を地面すれすれに這わせて下からの死角を狙ったり、頭上高く伸ばして、鞭のように上から短剣を振り下ろしてみたりと、卑怯ともいえる間合いから斬撃を放ったが、それさえも半魚人の鉾に弾かれた。そんな俺たちの手合わせを、蛇将軍や人狼執事、腕に覚えのありそうなオーガやゴブリンなどが暇つぶしの見世物のように遠巻きに観戦していた。
「クッ!」
くそ、なんで通じない。俺はだいぶ触手の動かし方に慣れ、上下左右、時には背後からも鋭く短剣を繰り出したのが、それらすべてを見切られた。
「おやおや、息が上がってきましたな、少し休憩しますか?」
半魚人が余裕を見せて笑っていた。
「まだまだ」
やせ我慢や意地の類なのは分かっているが、引けなかった。
「ふふふ、あちらも頑張りますね」
女剣士を相手している人魚も、俺の様子をみて笑みをこぼしていた。
「どうします、そろそろ休憩をいれますか?」
「いや、いらない」
女剣士も体力的な限界を感じていたが、横目で俺が諦めていないのを見て、気合で剣を降り続けた。
が、それを遮るような大声が、俺たちの動きを止めた。
「おいっ! 何をやってるんだ。大変だぞ、領主様が処刑されたぞ」
それはベテランの獣人おっさんの叫びで、息を切らせて急いで駆けつけたらしく、叫んでハァハァと肩で息をしてた。
その横には、全く呼吸を乱していない付き添いの獣人娘がいた。
「たく、親父も年なんだから、火急の伝令は私一人で十分だって言っただろ」
「おい、領主様が処刑って、本当か」
俺は、すぐに伸ばした手を戻し、おっさんを見た。
「ああ、街に早馬が報せに来た。なんでも、領主様は吸血鬼と結託して王国に叛意ありという理由で処刑されたそうだ」
「本当ですか、それは」
俺たちの手合わせを見ていた人狼執事が、かすかに動揺するように尋ねる。
領主が処刑されたということは、人狼の主の望んだ王子との和平工作が最悪の形で失敗したということである。
「もし、そうなら、夜まで待って、そのこと我が主に詳しくお伝えできませんか」
「この俺が、吸血鬼と直接話せってか?」
「はい」
「・・・」
吸血鬼が領主を通じて和平を望んでいるという話は、なんとなく広まっていたから、それが失敗したということを伝えれば、吸血鬼が激怒するというのは、その場にいる誰でも容易に想像できた。半魚人や人魚でさえ、その吸血鬼の激昂に関わりたくないという感じで見守っている。
これまで触らぬ神に祟りなしとされてきた吸血鬼である、おっさんも吸血鬼が激怒する場面には出くわしたくない。
すると、それを見かねた彼の娘が気楽に言った。
「なんだい、みんな辛気臭い顔して。報告ぐらい私がやるから、オヤジは、さっさと街に戻れよ、今後の対応もあるんだろ」
この地の領主様が、中央の王族に処刑されたのである、ただ事ではない。たかが報告ぐらいでごたついている暇はないはずだ。
「おい、いいのか」
獣人娘も、この地で育った者であり、吸血鬼の恐ろしさは十分に知っていたが、ふがいないおっさんにニッと笑みを向けていた。
「大丈夫だろ、怒りをぶつける相手が誰か分らないほど怒り狂うとは思えないし、そこまで気性が荒ければ、もっと昔にこの辺りは終ってる」
「だが・・・」
「だったら、オヤジが夜まで、ここに残って報告すればいいだろ。それに、街の方だって、今頃街中に領主様が処刑されたことが広まって、街を逃げ出そうとしている奴らが出て来て大騒ぎじゃないのか? それにオヤジは冒険者代表として、街の治安を任されているんだろ、オヤジは仕事して来いよ」
魔王軍襲来以降、ギルドの冒険者たちは街の治安活動に駆り出されていた。ギルドの冒険者たちは街を守った英雄扱いをされていて、彼らがいてくれるから町の中は安全だという安心感が町民にはあった。
獣人のおっさんは迷ったが、ここには俺や女剣士もいる。いざとなったら娘を助けてくれるだろうと考えて、娘を残し街に帰って行った。
その頃、街では、女神と会話し大神官の代理として神殿を任されている聖女様が、領主様が処刑されて動揺して神殿に集って来た人々を諭していた。
「恐れることは在りません、この街は魔王軍が攻めてきても女神様の加護で守られました。この国で、この街以上に神の加護を受けている地がありましょうか。ですから、皆さん、落ち着いて、女神様に感謝しつついつもと変わらぬ生活を」
優しく諭す彼女の声を多くの町民が聞いた。
そして、街を逃げ出す者は、ひとりも出なかった。

陽が沈み、外が暗くなってきた頃、吸血鬼の城の玉座の間で、吸血鬼と獣人娘が対峙した。
「ほぉ、そうか、領主が死んだか・・・」
彼女は冷静だった。その場には俺や女剣士、蛇将軍や半魚人に人魚、人狼執事もいたが、誰も余計な口を挟まず、彼女の様子を黙って見守っていた。バッと彼女は立ち上がった。
「余は、朝まで出かける、それまで留守を頼んだぞ」
「はっ・・・」
人狼執事が恭しく一礼し、彼女は巨大な蝙蝠に化けて、月明かりの射し込んでいた窓から飛んで出て行った。
「ふぅ・・・」
どうやら、激昂してこの場で大暴れという最悪の事態は回避したようで、全員安堵の顔を浮かべていた。
「ああ、びびったぁ・・・」
彼女がいなくなると獣人娘がへなへなとその場に座り込んだ。伝説の吸血鬼と面と向かって対峙するだけでも相当しんどかったのだろう。
彼女が王都に向かって王城を鮮血に染めに行ったとしてもそれは自業自得であり、その場にいる者たちにとっては、
ここで暴れなかっただけで幸いである。
「朝まで、か・・・」
俺は、王子の生首を手に帰って来る彼女の姿を想像し、一瞬ゾッとした。

だが、彼女が真っ先に向かったのは領主の屋敷だった。
「あの、坊ちゃまはいまお父上を亡くされたショックで・・・」
彼女がその部屋に入ろうとするのを老齢なメイドが邪魔するが、それを押し退けて、その部屋のドアを開けた。
「入るぞ」
その男の子は部屋の隅のベットの上で膝を抱えて蹲っていた。
ビクッとその侵入者におびえるが、逃げはしない。
「もう隠れる父の背がないことは分かっているな」
彼女はずかずかと部屋に入り、男の子に近づいた。
「お前のせいだろ。父上に無理な願いを押し付けて、お前のせいで、父上は死んだんだ」
蹲っていた男の子が立ち上がり怒りをぶつけるように叫んだ。
「うむ、その通り、余のせいじゃ、だから、これから、王城に乗り込んで、張本人の王子に宣戦布告を言いに行くつもりだ。余の平和の願いを踏みにじった報いを受けよと」
「王子と戦うと?」
「左様、余の使者だったそなたの父を殺したのだ。古来より、使者を斬るという行為は戦も辞さぬということだ。ならば、受けて立つと言ってくるつもりだ。なにか、王子に伝えたいことがあれば、聞いておくぞ」
「いや、いい。父上は、処刑される最期まで、あなたに恨み言は言わなかったそうだ。その子が、何か恨み言を口にすれば、父の死に傷がつく」
「うむ、よかろう。これは、余と愚か者の王子との戦だ。そなたは、黙って見守っておれ。そなたの父の仇は余が、見事に果たしてみせようぞ」
彼女は、そう約束して、領主の館を後にして、王城に向かった。



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