怪異の忘れ物

胸に手を当てて

「胸に手を当てて、落ち着いて冷静に自分の心臓の鼓動を感じてみなさい。どうです、ドキドキしてますか？」
「い、いえ、先生、全然ドキドキしてません。もしかして、私の心臓・・・」
「そうです、動いていません。心臓だけではありません。その目も」
「あ、先生、まぶしい・・・」
ペン型ライトを急に眼に向けられて、思わず、顔をしかめてしまう。
「変ですね、ちゃんと光を感じているのに瞳孔が反応しませんでしたよ。心臓が動いてなくて、瞳孔反射もしないということは分かりますね、あなたは死んでるんです」
「へ、変な冗談やめてください、先生。死んだ人間がこうして動いて会話ができるわけないじゃないですか、私をゾンビだって言うんですか、先生。きっとちょっと変わった病気で、瞳孔反射や心臓の動きが鈍くなってるだけですよ」
「と、とにかく、これは私の手に負えないので、もっと大きな病院で詳しい検査を受けられるように紹介状を書いてあげるから、待合室に戻って、ちょっと待ってなさい」
「待つ？　先生、いつまで待てばいいんですか？　実は、慌てて病院に来たもんだから、朝から何も食べてなくて、いま、すごくお腹空いてるんです。先生、ちょっと美味しそう・・・」
「おい、おい、なにを」
「だって先生の言う通り、私が心臓の止まった死人のゾンビなら、生きている人間の生肉にかぶりつくのもアリですよね」
「うわぁ、あああぁぁっ」
「あ。うまっ」