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裏庭の彼
十、
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「結城、結城‥‥!」
僕は手首をつかまれたまま、ずんずん進んでゆく結城の背に声をかける。しかし、振り返らず、黙ったままだ。どこへ連れてゆかれるのだろう。不安はあるけれど、触れられている肌に意識がゆく。
終始、無言のままだった結城は、とある場所でようやく足を止めた。
大きな樹と反射する水面、散る淡紅色。裏庭だった。
「結城、なんなの」
結城は僕の手を離し、慣れたように池の傍のベンチに座る。ちいさく息が切れている僕は、手を膝に置いて呼吸を整えながら結城を見た。
「ねぇ、僕を助けてくれたの?」
「ちがう」
「じゃあ、なに」
結城はワイシャツのポケットから煙草を取り出し、咥えて火を点けた。
「あのガキにも言ったが、あいつにお返ししたかっただけだ」
「じゃあ、僕をここに連れて来たのは?」
「‥‥訊きたいことが、あって」
言いながら結城は俯いてしまった。灰が白いワイシャツに落ちる。呼吸が整ったところで改めて結城の顔を見てみれば、思っていたより余裕がなさそうだった。
「僕に?」
「このあいだのことだよ!」
声を荒げた結城は僕を見たけれど、またすぐに俯く。
「このあいだって‥‥?」
僕は結城の隣に座って、顔を覗き込んだ。
「ほら、ここで、お前が」
――まさか。
このあいだ。ここで。僕が。
あてはまることはひとつしかない。
「キスしたこと?」
「そうだよ! あれはどういうつもりだったんだよ」
「え? 気に、してたの」
「あたりまえだろ! おかしいだろ、いきなりあんなん」
おかしい、か。やっぱり。普通じゃないよね、さすがに。
「ごめん‥‥。気にしてたのなら、もう大丈夫だから。気にしないで、忘れて。僕の一方的なやつだから」
「は? 一方的ってなんだよ。自分ひとりだけが悩んでると思ってたのかよ」
え――
「俺だっていろいろ考えてたのによ。それを、お前がたった一回でダメにしやがった。あの原瀬とかいうガキも口出してくるしよ。もう、なにがなんだか」
「ちょっと待って、なに? 結城は、なにを言ってるの」
結城は黒髪を搔きむしり、ちいさく呻いたあと、僕を見た。そして、咥えていた煙草を地面に吐き捨て、靴の裏で踏み消した。
「あれは、どういうつもりだったんだよ」
「どういうつもりなら、結城は納得がいくの?」
「‥‥俺、言ったよな。恋人でもないのに、こんなことすんなって」
「言った」
「そういう、ことだよ。お前が誰にでもやってんのかと思ったら、腹が立って」
どういうこと? どうして結城が僕のキスに怒ってるの?
「僕が誰でも相手をするように見えるの?」
「わ、判んねぇけど、女子にいつもチヤホヤされてんだろうがよ」
いつも。結城はいつも僕のことを見ていた?
「女子と、やってると思ったの?」
「知らねぇ、知らねぇけど‥‥なんか腹が立ったんだよ! 久々に喋ったと思ったら、あんなことされて‥‥キスすりゃ俺が簡単になびくと思ったのかって考えたら、余計に」
なにを苦しんでいるのか判らない。僕のなにが結城を苦しめているのかも判らない。
結城が再び煙草を咥えたから、僕はライターを持つ手を押さえた。
「煙草、やめなよ」
「潤一には関係ないだろ」
「あるよ」
僕は反対の手で結城の口から煙草を奪った。代わりに、僕の唇を結城に押しあてた。
「恋人じゃないのにキスするのが厭なら、僕たち恋人になればいいじゃん」
「―――」
目を丸くした結城は、言葉も出せずに、ひとつ唾を飲んだ。
「お前、正気かよ。恋人ってのは好き同士でなるもんだろうが」
「僕はずっと正気だよ。女子なんか相手にしない。キスしたのも結城が初めて。傍に居たいって思ったのも、泣くほど心を動かされたのも結城が初めてなんだよ」
呆れているのか驚いているのか、あんぐり口を開けて僕を見る彼がとても愛おしく見えて、僕は再び口づけをした。
「待て、俺の気持ちはどうなる?」
結城は僕の身体を引き離す。
「俺は、二年間を無駄にした。いつでも潤一の傍に居られたのに、変な意地で、それを棒に振った。だから、俺には潤一を好きになる権利なんか無くて、だから、そんな気持ちを忘れようと、してたのに」
「結城が、僕を、好き?」
「そうだよ! 入学式の日、隣の席に座るお前があんまりにも可愛く見えて、ほかの誰にも取られないようにって、いちばんに声をかけたのに。つまんねぇことで俺は潤一の傍を離れたんだ」
「なに、それ」
そんなこと、僕は知らない。知らないことと、新しいことが一度に押し寄せて、僕はもう混乱するしかない。
「原瀬くんは?」
「あいつ、お前のこと好きなんだってな」
「え。知ってるの。一目惚れだって言われた」
「あの日、潤一が居なくなってからすぐ、あいつがここへ来たんだ。あの人を苦しめないでください。気持ちを知ってて応えてあげないのは失礼だ、とかなんとか俺に説教しやがって」
「原瀬くんが? ちょっと待って、整理させて」
僕は結城のことが好きで、結城も僕のことが好きで。なのにお互い傍に居なくて、原瀬くんが僕に一目惚れして、原瀬くんは結城に説教して――
「もう、なにがなんだか判らない」
思わず池の水面を見る。鯉の尾が、ぱしゃりと跳ねた。
「確実なことがある」
「なに‥‥?」
結城は僕の腰に手をまわして、ぐっと引き寄せた。
「俺たちは恋人になれるってことだ」
結城の瞳が近づいて、優しくキスをされた。
僕は手首をつかまれたまま、ずんずん進んでゆく結城の背に声をかける。しかし、振り返らず、黙ったままだ。どこへ連れてゆかれるのだろう。不安はあるけれど、触れられている肌に意識がゆく。
終始、無言のままだった結城は、とある場所でようやく足を止めた。
大きな樹と反射する水面、散る淡紅色。裏庭だった。
「結城、なんなの」
結城は僕の手を離し、慣れたように池の傍のベンチに座る。ちいさく息が切れている僕は、手を膝に置いて呼吸を整えながら結城を見た。
「ねぇ、僕を助けてくれたの?」
「ちがう」
「じゃあ、なに」
結城はワイシャツのポケットから煙草を取り出し、咥えて火を点けた。
「あのガキにも言ったが、あいつにお返ししたかっただけだ」
「じゃあ、僕をここに連れて来たのは?」
「‥‥訊きたいことが、あって」
言いながら結城は俯いてしまった。灰が白いワイシャツに落ちる。呼吸が整ったところで改めて結城の顔を見てみれば、思っていたより余裕がなさそうだった。
「僕に?」
「このあいだのことだよ!」
声を荒げた結城は僕を見たけれど、またすぐに俯く。
「このあいだって‥‥?」
僕は結城の隣に座って、顔を覗き込んだ。
「ほら、ここで、お前が」
――まさか。
このあいだ。ここで。僕が。
あてはまることはひとつしかない。
「キスしたこと?」
「そうだよ! あれはどういうつもりだったんだよ」
「え? 気に、してたの」
「あたりまえだろ! おかしいだろ、いきなりあんなん」
おかしい、か。やっぱり。普通じゃないよね、さすがに。
「ごめん‥‥。気にしてたのなら、もう大丈夫だから。気にしないで、忘れて。僕の一方的なやつだから」
「は? 一方的ってなんだよ。自分ひとりだけが悩んでると思ってたのかよ」
え――
「俺だっていろいろ考えてたのによ。それを、お前がたった一回でダメにしやがった。あの原瀬とかいうガキも口出してくるしよ。もう、なにがなんだか」
「ちょっと待って、なに? 結城は、なにを言ってるの」
結城は黒髪を搔きむしり、ちいさく呻いたあと、僕を見た。そして、咥えていた煙草を地面に吐き捨て、靴の裏で踏み消した。
「あれは、どういうつもりだったんだよ」
「どういうつもりなら、結城は納得がいくの?」
「‥‥俺、言ったよな。恋人でもないのに、こんなことすんなって」
「言った」
「そういう、ことだよ。お前が誰にでもやってんのかと思ったら、腹が立って」
どういうこと? どうして結城が僕のキスに怒ってるの?
「僕が誰でも相手をするように見えるの?」
「わ、判んねぇけど、女子にいつもチヤホヤされてんだろうがよ」
いつも。結城はいつも僕のことを見ていた?
「女子と、やってると思ったの?」
「知らねぇ、知らねぇけど‥‥なんか腹が立ったんだよ! 久々に喋ったと思ったら、あんなことされて‥‥キスすりゃ俺が簡単になびくと思ったのかって考えたら、余計に」
なにを苦しんでいるのか判らない。僕のなにが結城を苦しめているのかも判らない。
結城が再び煙草を咥えたから、僕はライターを持つ手を押さえた。
「煙草、やめなよ」
「潤一には関係ないだろ」
「あるよ」
僕は反対の手で結城の口から煙草を奪った。代わりに、僕の唇を結城に押しあてた。
「恋人じゃないのにキスするのが厭なら、僕たち恋人になればいいじゃん」
「―――」
目を丸くした結城は、言葉も出せずに、ひとつ唾を飲んだ。
「お前、正気かよ。恋人ってのは好き同士でなるもんだろうが」
「僕はずっと正気だよ。女子なんか相手にしない。キスしたのも結城が初めて。傍に居たいって思ったのも、泣くほど心を動かされたのも結城が初めてなんだよ」
呆れているのか驚いているのか、あんぐり口を開けて僕を見る彼がとても愛おしく見えて、僕は再び口づけをした。
「待て、俺の気持ちはどうなる?」
結城は僕の身体を引き離す。
「俺は、二年間を無駄にした。いつでも潤一の傍に居られたのに、変な意地で、それを棒に振った。だから、俺には潤一を好きになる権利なんか無くて、だから、そんな気持ちを忘れようと、してたのに」
「結城が、僕を、好き?」
「そうだよ! 入学式の日、隣の席に座るお前があんまりにも可愛く見えて、ほかの誰にも取られないようにって、いちばんに声をかけたのに。つまんねぇことで俺は潤一の傍を離れたんだ」
「なに、それ」
そんなこと、僕は知らない。知らないことと、新しいことが一度に押し寄せて、僕はもう混乱するしかない。
「原瀬くんは?」
「あいつ、お前のこと好きなんだってな」
「え。知ってるの。一目惚れだって言われた」
「あの日、潤一が居なくなってからすぐ、あいつがここへ来たんだ。あの人を苦しめないでください。気持ちを知ってて応えてあげないのは失礼だ、とかなんとか俺に説教しやがって」
「原瀬くんが? ちょっと待って、整理させて」
僕は結城のことが好きで、結城も僕のことが好きで。なのにお互い傍に居なくて、原瀬くんが僕に一目惚れして、原瀬くんは結城に説教して――
「もう、なにがなんだか判らない」
思わず池の水面を見る。鯉の尾が、ぱしゃりと跳ねた。
「確実なことがある」
「なに‥‥?」
結城は僕の腰に手をまわして、ぐっと引き寄せた。
「俺たちは恋人になれるってことだ」
結城の瞳が近づいて、優しくキスをされた。
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