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齟齬の彼
一、
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大学の授業にも、潤一との同棲にも慣れてきた。
住み始めたアパートの近所にあるコンビニの店長と仲良くなったし、バイトしないかと誘われたので二人して働いている。
でもシフトは一緒にはならないし、潤一は美術系のサークルにも所属していろいろ忙しそうにしていて、二人が顔を合わせて落ち着いて会話することが減っていた。
選択している講義が違うから家を出る時間も違うし、バイトがあれば帰宅するころにはもう一方は寝てしまっている。
最初のころ、俺は潤一がバイトから帰ってくるのを甲斐甲斐しく待っていたが、無駄な夜更かしはするなと潤一に怒られてからは待たずに寝るようにしている。潤一に関することで俺がなにか行動をするのは潤一からしたら無駄なことなのか‥‥?
俺が大学に進学したのも一緒に住みたいと言ったのも、潤一の傍になるべく居たいからであってすれ違いを生むためじゃない。
大学も住居もバイト先も同じはずなのに、どうしてこうも同じ時間を共有できないのか。
もちろん恋人らしいこともできていない。
お金が貯まったら須堂先生と原瀬を誘って旅行に行こうなどと言っていたが、まずは俺たち二人だけの時間を大切にしてほしい。ていうか旅費は大人である先生に出してもらえよ、なんて思ってしまった。
男女のそれとはまた違うのだろうが、同棲ってもっと楽しいものだと思っていた。
慣れない環境だしまだまだ子どもだけど、好き同士が一緒に住むのだから時には喧嘩したりそれによってまた仲が深まったりするものではないのか。
同じ時間をともにすることで相手の厭な部分とか許せない部分が見えてきて、でもそれさえも好きになったりして互いに成長するものじゃないのか。俺はドラマの観過ぎか?
***
ある日、同じ講義を取っている同期のなかでは割と話す機会が多い吉村という男からこんなことを言われた。
「宮下って可愛い奴なんだな」
宮下潤一のほかに宮下の姓を持つ人間は同じ受講生には居ないーーはずだ。つまり、俺の知る宮下のことに違いない。先輩なら呼び捨てにはしないだろうし、おそらく潤一のことだろう。
それにしても潤一が可愛いことはこの俺が誰よりも知っている。そんなことに俺は怒っているんじゃない。お前がその事実を知っていることに腹を立てている。
「は? なに言ってんのお前」
「いやさ、宮下と絡むことがあってよ、この前。お前ら同じ高校だったらしいじゃん」
すでにコイツをぶん殴ってやりたいが、すこし話を聞いてやることにする。
「そもそも見た目がああじゃん? あれでもうすこし小柄だったら完全に女だよな。でも喋るとちゃんと男なんだよな」
喋ったのか、潤一と。
「お前が言いたいのは見た目の話か?」
「え? あー‥‥そういうことにしとくわ。高校時代はどうだったの、宮下って。実は女だったりしないの」
「実は、ってなんだよ。潤一が女だったらなんなんだよ」
「ああいうタイプはちっちゃいころ女の子に間違われてたぜ、たぶん」
お前が潤一のなにを知ってる‥‥ここまで言いかけて、俺もハッとなった。俺は高校からの潤一しか知らない。中学とか、もっと言えばガキのころの話をあんまりしたことがなかった。
「アイドルみたいな見た目だから女からモテはするけど、実際に女と付き合ったことなさそうだよな。どう? 宮下って彼女とか居た?」
机の下で握りしめた拳が痛みで悲鳴をあげそうだったので、それを緩めて俺は深呼吸をして落ち着くことにした。まわりに誰も居なかったらコイツを顔の形がなくなるまで殴っていただろう。
俺と潤一が恋人関係であることは、先生と原瀬しか知らない。それ以外の人間に言ってどうにかなるわけでもないし、言わないからといって、それは同じことだ。
俺たちを軽蔑するならすればいいし、そんな連中と関わる必要もないと思っている。だが、こうやってなにも知らない無神経な奴を目の前にすると「宮下潤一は俺のものだ」と大きな声で言ってしまいたくなるが、潤一のことを考えると俺の一存で周知させるわけにもいかない。
「本人に訊いてみりゃいいだろ」
本当ならもうコイツに関わらせたくない。どこで接点を持ったんだ。
「えー。だよなー。でも、お前って童貞なの? なんて訊けねーだろ」
「訊いてどうなるんだよ、それを。お前だってそんなに知らない奴から童貞かどうか訊かれたらうざいだろ」
「うーん。お前はどうなの、橋本。童貞なの?」
「うるせぇ、馬鹿。デリカシーの無い奴め」
住み始めたアパートの近所にあるコンビニの店長と仲良くなったし、バイトしないかと誘われたので二人して働いている。
でもシフトは一緒にはならないし、潤一は美術系のサークルにも所属していろいろ忙しそうにしていて、二人が顔を合わせて落ち着いて会話することが減っていた。
選択している講義が違うから家を出る時間も違うし、バイトがあれば帰宅するころにはもう一方は寝てしまっている。
最初のころ、俺は潤一がバイトから帰ってくるのを甲斐甲斐しく待っていたが、無駄な夜更かしはするなと潤一に怒られてからは待たずに寝るようにしている。潤一に関することで俺がなにか行動をするのは潤一からしたら無駄なことなのか‥‥?
俺が大学に進学したのも一緒に住みたいと言ったのも、潤一の傍になるべく居たいからであってすれ違いを生むためじゃない。
大学も住居もバイト先も同じはずなのに、どうしてこうも同じ時間を共有できないのか。
もちろん恋人らしいこともできていない。
お金が貯まったら須堂先生と原瀬を誘って旅行に行こうなどと言っていたが、まずは俺たち二人だけの時間を大切にしてほしい。ていうか旅費は大人である先生に出してもらえよ、なんて思ってしまった。
男女のそれとはまた違うのだろうが、同棲ってもっと楽しいものだと思っていた。
慣れない環境だしまだまだ子どもだけど、好き同士が一緒に住むのだから時には喧嘩したりそれによってまた仲が深まったりするものではないのか。
同じ時間をともにすることで相手の厭な部分とか許せない部分が見えてきて、でもそれさえも好きになったりして互いに成長するものじゃないのか。俺はドラマの観過ぎか?
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ある日、同じ講義を取っている同期のなかでは割と話す機会が多い吉村という男からこんなことを言われた。
「宮下って可愛い奴なんだな」
宮下潤一のほかに宮下の姓を持つ人間は同じ受講生には居ないーーはずだ。つまり、俺の知る宮下のことに違いない。先輩なら呼び捨てにはしないだろうし、おそらく潤一のことだろう。
それにしても潤一が可愛いことはこの俺が誰よりも知っている。そんなことに俺は怒っているんじゃない。お前がその事実を知っていることに腹を立てている。
「は? なに言ってんのお前」
「いやさ、宮下と絡むことがあってよ、この前。お前ら同じ高校だったらしいじゃん」
すでにコイツをぶん殴ってやりたいが、すこし話を聞いてやることにする。
「そもそも見た目がああじゃん? あれでもうすこし小柄だったら完全に女だよな。でも喋るとちゃんと男なんだよな」
喋ったのか、潤一と。
「お前が言いたいのは見た目の話か?」
「え? あー‥‥そういうことにしとくわ。高校時代はどうだったの、宮下って。実は女だったりしないの」
「実は、ってなんだよ。潤一が女だったらなんなんだよ」
「ああいうタイプはちっちゃいころ女の子に間違われてたぜ、たぶん」
お前が潤一のなにを知ってる‥‥ここまで言いかけて、俺もハッとなった。俺は高校からの潤一しか知らない。中学とか、もっと言えばガキのころの話をあんまりしたことがなかった。
「アイドルみたいな見た目だから女からモテはするけど、実際に女と付き合ったことなさそうだよな。どう? 宮下って彼女とか居た?」
机の下で握りしめた拳が痛みで悲鳴をあげそうだったので、それを緩めて俺は深呼吸をして落ち着くことにした。まわりに誰も居なかったらコイツを顔の形がなくなるまで殴っていただろう。
俺と潤一が恋人関係であることは、先生と原瀬しか知らない。それ以外の人間に言ってどうにかなるわけでもないし、言わないからといって、それは同じことだ。
俺たちを軽蔑するならすればいいし、そんな連中と関わる必要もないと思っている。だが、こうやってなにも知らない無神経な奴を目の前にすると「宮下潤一は俺のものだ」と大きな声で言ってしまいたくなるが、潤一のことを考えると俺の一存で周知させるわけにもいかない。
「本人に訊いてみりゃいいだろ」
本当ならもうコイツに関わらせたくない。どこで接点を持ったんだ。
「えー。だよなー。でも、お前って童貞なの? なんて訊けねーだろ」
「訊いてどうなるんだよ、それを。お前だってそんなに知らない奴から童貞かどうか訊かれたらうざいだろ」
「うーん。お前はどうなの、橋本。童貞なの?」
「うるせぇ、馬鹿。デリカシーの無い奴め」
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