徒花の彼

砂詠 飛来

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齟齬の彼

三、

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 あれだけ会いたい会いたいと思っていた潤一が、目の前にいる。

 自分たちで借りた部屋なのに、他人の家に来たかのように勝手に気まずさを抱えて立ち尽くしてしまう。

 潤一はソファに座り、濡れた髪を肩にかけたタオルでガシガシと拭いている。

「最近会えてなかったね」

 いろいろ言いたいことがあったのになにから口に出していいか迷っているうちに、潤一から話しかけてくれた。

「潤一は、なにしてたの。いままで」

「へ? なにしてたの、って学校に行ってたよ。昨日はバイトだった」

 俺は潤一の隣にどかっと座り、大きく溜息をひとつついてみせる。

「どうした?」

「あのさ、潤一はなにも思わないわけ?」

「‥‥なにを?」

 なんの疑いも持たない眼差し。普段なら愛おしいと思う表情も、いまばかりは憎らしさが勝つ。そんな顔で見つめたからって俺は許さないよ。

「俺に久しぶりに会ってさ、なにか思わなかった?」

「あー、そういうこと? 久しぶりだなー、って思ったよ。結城、忙しいのかなって」

 圧倒的な俺との温度差。些細なことで嫉妬してしまう俺とは、潤一は違うところで息をしているのか。

「俺は、会いたかったよ。ずっと会いたかった。新しい生活が始まって、不安もあったけど潤一と一緒だから平気だと思った。楽しいことのほうが多いと思ってた。でも、タイミングが合わなくてほとんどまともに会話もできなくて。それなのに俺の知らないところでお前の話を俺が聞いて、どうしてその話は俺とじゃないんだろうって」

「‥‥」

「俺だって勉強もバイトもがんばってるつもりだけどさ、これじゃあ一緒に住んでる意味というか、俺たちの関係ってなんなんだろって。俺はずっと潤一と時間つくりたかったけど、潤一は俺じゃない人と親しくなってるじゃん」

「そっか、ごめん‥‥。僕は僕でやりたいことがあって、そのための大学だったからいろいろ夢中になってて‥‥。バイトだって社会勉強だなと思って必死だったから、結城がそんなふうに思ってるとは思わなくて」

 水分でしっとり重たくなったひと房の髪から雫が垂れる。タオルが濃く濡れる。

「――それってさ。俺のことは、考える隙もなかったってこと?」

 俺の言い方が悪かったのか、潤一はにわかに顔をしかめて声を鋭くした。

「結城ばっかり不便してるみたいな言い方だけど、僕にどうしろっての? 大学もバイトも辞めて、ずっと結城の傍に居ろっていうの? ご飯もトイレもお風呂も? そうすれば結城は満足?」

「おい、そんなふうには」

「僕にはそう聞こえたけど」

 せっかくゆっくり話す時間ができたというのに。喧嘩するつもりじゃなかった。俺から謝ったって、現状が良くなるとも思えず、意地もあって俺からは謝りたくない。

 今夜はここには居たくない。恋焦がれた潤一の傍なのに。もう、どれだけその肌に触れられてないと思ってるんだ。

 俺だけが嫉妬して苦しんでいるんじゃみっともない。潤一も同じように思ってくれているのなら、すこしは救いだった。だが、それすらも打ち砕かれた気分だった。潤一は新生活を謳歌している。俺の存在なんてなくても新しいこの街で生きてゆけるんだ。俺は、ひたすらに潤一の傍にいたくてわけも判らないまま大学進学してしまったのに。

 バッと立ちあがって潤一に背を向けると、すかさず潤一が声を張る。

「また原瀬くんのところ? いいね、結城は。逃げるところがあって」

 その言葉に、背筋がヒヤリとして動けなくなった。潤一が、そんなふうに思っていたなんて。ゆっくり振りかえると、潤一も立ちあがり、しっとりしたタオルを俺に向かって投げつけた。髪はまだ濡れている。

「もういいよ」

 風呂あがりの薄着のまま、いまだ水が滴る髪を揺らして潤一は部屋を出て行った。
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