5 / 43
第一章
#04
しおりを挟む
ギャン、短い断末魔が一つ響く。
それが戦闘の終わりを告げる最後の音となった。
広大な平野で繰り広げられていた血戦の余韻は、時間の経過と共に薄れ、もとの静けさを取り戻しつつある。
わずかに乱れた息を整えて、エリックはゆっくりと構えを解いた。
周囲を見回せば、累々と転がる躯の数々が目に入る。
つい今し方までエリックが相手にしていたそれらは、一匹残らず絶命し、地に横たわるだけの肉塊と化していた。
いずれも切り裂かれて動かぬその屍たちは、一見すると狼のように見える。
しかし、よくよく観察すればそれが狼とは似て非なるものーーー全くの別物であることが見て取れた。
全身を覆う漆黒は、豊かな毛並みのように見えて、その実は硬い鱗が密集して生え揃うことで外殻としての役割を備えており、牙も爪も、必要以上に大きく鋭い。獲物をしとめるための武器としては過剰に見えるほどである。
すでに光を失い、何も映していない両の目に瞳は存在せず、その全てがまき散らされた血と同じ赤で染め上げられているかのようだった。
狼型の魔物ーーー
姿形が狼に似ていることからそう呼ばれていた。
狼同様に群れを成し、森だけでなくこうした平野にも頻繁に現れては通りかかった隊商や旅人が襲われることは珍しくない。
それ故に見つけ次第こうして討伐するのが外回りの任についている自警団員の仕事の一つである。
危険と隣り合わせな仕事ではあるが、こうした魔物の討伐でただ一つだけ楽な点は、仕留めた後の処理をする必要がないことだ。
死んだ生物はいずれ朽ちてていくのは当たり前なのだが、まるでその速度を何倍にもしたかのような様子で魔物たちは消えていく。
今は血みどろの死骸となり果てているが、小一時間も経てばこの場は元の何もない平野へと戻っているだろう。
何故、魔物は息絶えるとこれほどの速さで世界から消えていくのか・・・
正直なところ、それは誰も分かっていない。
魔物とは、神が人間を罰するために創り出した存在だと言われている。
常識では計れない、他の生物と異なる点があったとしても、そのことについて疑問を持つ者は誰もいないだろう。
魔物はそういう存在だから、という結論だけで済ませてしまう人間がほぼ大半で、エリックも漏れなくその一人である。
仕留め損ないがないことを確認したエリックは、ここでようやく張り詰めていた緊張を吐息として吐き出した。
肩の力を抜いたところで、両の手に握っていた自身の得物を目線の高さまで持ち上げる。
エリックが扱うのは右と左の手にそれぞれ一本ずつ剣を持つ双剣とよばれる武器だ。
片手ごとで扱うため、刃渡りは長剣に比べて短く、接近戦を強いられる類のものだが、連続で攻撃を繰り出せる手数の多さを気に入り、ずっとこれを愛用している。
その愛剣の刃は今、淡い光を放って輝いていた。
狼型の魔物たちの鱗は、鋼と同等の硬度を持つ。
どれほどの力自慢であっても、その守りを打ち破るっことは容易ではない。
しかし、エリックが仕留めたその悉くは切り裂かれ、寸断されて息絶えている。
それを可能にしたのが、今、愛剣に宿らせている言霊の力であった。
言霊ーーー
人間が神より与えられた特別な力。
曰く、ただ一言、言葉を発するだけで火を熾こし、水を湧き出し、風向きを操る・・・
言葉を発しただけでありとあらゆる奇跡を体現できると言われているが、それらは全て御伽噺の中で語られるだけの内容である。
言霊は確かに無限の可能性を叶える力があるだろう。
この世界を創造したとされる神は、確かにその力を人間に与えたが、同時に制約も課した。
一部の人間のみにしか、その真の使い方を教えなかったのである。
無知という枷をはめられた多くの人間たちは、しかし神から与えられた知恵を使い、制約をすり抜ける抜け道を作り出した。
それが、刻印という方法である。
用途は限定されてしまうものの、特殊な文字を刻み込むことにより、簡単な言葉の羅列のみで言霊の力を誰でも発現可能とすることに成功した。
例えばエリックの双剣には鋼以上の硬度と切れ味の補正を可能とする能力が付加できるような刻印が刻まれており、この恩恵があってこそ、強固な守りを持つ魔物も容易く寸断することを可能としていた。
その労をねぎらうように一振りして、宿していた言霊の力を解除した双剣たちは、それぞれが腰に下げていた鞘の中に収められる。
やることを終えて、その場から立ち去ろうと背後を振り返ったところでエリックは足を止めた。
いつの間にそこにいたのか・・・相棒キースが息絶えた一匹の魔物の前で屈み込んでいる。
「何してるんだ?」
思わず訊くと、キースは視線を下に向けたまま言葉を返した。
「なあ、これ・・・俺がやったことにしてもいいか?」
そう言いながら指さす魔物の喉には背後から貫いたのだろう一本の矢が刺さっている。
顔には斜めにざっくりと切り裂かれた傷が生々しいが、他の魔物たちに比べれば損傷の度合いは軽い。
得意の弓矢で援護していたキースが放った矢を受けて虫の息となったところをエリックがトドメをさしたのか。
はたまたエリックが手傷を負わせて怯んだところをキースの矢が貫いて仕留めたのか。
群れで襲ってくる連中をどうやって仕留めたのか一々確認していたわけではないので、正確なところは分からない。
しかし、キースはこれを自分の手柄に加えたいと言っているのだ。
「・・・好きにしろ」
魔物を何匹倒したかという事実に拘ることもないので、ぶっきらぼうに答えると、キースは内心で喜ぶように小さく拳を握って見せた。
・・・こいつ、何でこんなに出世したいんだ?
いつも「出世したいし」と言っているキースだが、その理由については話したことはない。
一度訊いてみようかという考えが頭をよぎったが、どんなご大層な理想や野心を語られても、そういった欲のない自分には理解も同意も出来ないだろう。
結局、いつも通り何も訊かないでおくことにした。
それが戦闘の終わりを告げる最後の音となった。
広大な平野で繰り広げられていた血戦の余韻は、時間の経過と共に薄れ、もとの静けさを取り戻しつつある。
わずかに乱れた息を整えて、エリックはゆっくりと構えを解いた。
周囲を見回せば、累々と転がる躯の数々が目に入る。
つい今し方までエリックが相手にしていたそれらは、一匹残らず絶命し、地に横たわるだけの肉塊と化していた。
いずれも切り裂かれて動かぬその屍たちは、一見すると狼のように見える。
しかし、よくよく観察すればそれが狼とは似て非なるものーーー全くの別物であることが見て取れた。
全身を覆う漆黒は、豊かな毛並みのように見えて、その実は硬い鱗が密集して生え揃うことで外殻としての役割を備えており、牙も爪も、必要以上に大きく鋭い。獲物をしとめるための武器としては過剰に見えるほどである。
すでに光を失い、何も映していない両の目に瞳は存在せず、その全てがまき散らされた血と同じ赤で染め上げられているかのようだった。
狼型の魔物ーーー
姿形が狼に似ていることからそう呼ばれていた。
狼同様に群れを成し、森だけでなくこうした平野にも頻繁に現れては通りかかった隊商や旅人が襲われることは珍しくない。
それ故に見つけ次第こうして討伐するのが外回りの任についている自警団員の仕事の一つである。
危険と隣り合わせな仕事ではあるが、こうした魔物の討伐でただ一つだけ楽な点は、仕留めた後の処理をする必要がないことだ。
死んだ生物はいずれ朽ちてていくのは当たり前なのだが、まるでその速度を何倍にもしたかのような様子で魔物たちは消えていく。
今は血みどろの死骸となり果てているが、小一時間も経てばこの場は元の何もない平野へと戻っているだろう。
何故、魔物は息絶えるとこれほどの速さで世界から消えていくのか・・・
正直なところ、それは誰も分かっていない。
魔物とは、神が人間を罰するために創り出した存在だと言われている。
常識では計れない、他の生物と異なる点があったとしても、そのことについて疑問を持つ者は誰もいないだろう。
魔物はそういう存在だから、という結論だけで済ませてしまう人間がほぼ大半で、エリックも漏れなくその一人である。
仕留め損ないがないことを確認したエリックは、ここでようやく張り詰めていた緊張を吐息として吐き出した。
肩の力を抜いたところで、両の手に握っていた自身の得物を目線の高さまで持ち上げる。
エリックが扱うのは右と左の手にそれぞれ一本ずつ剣を持つ双剣とよばれる武器だ。
片手ごとで扱うため、刃渡りは長剣に比べて短く、接近戦を強いられる類のものだが、連続で攻撃を繰り出せる手数の多さを気に入り、ずっとこれを愛用している。
その愛剣の刃は今、淡い光を放って輝いていた。
狼型の魔物たちの鱗は、鋼と同等の硬度を持つ。
どれほどの力自慢であっても、その守りを打ち破るっことは容易ではない。
しかし、エリックが仕留めたその悉くは切り裂かれ、寸断されて息絶えている。
それを可能にしたのが、今、愛剣に宿らせている言霊の力であった。
言霊ーーー
人間が神より与えられた特別な力。
曰く、ただ一言、言葉を発するだけで火を熾こし、水を湧き出し、風向きを操る・・・
言葉を発しただけでありとあらゆる奇跡を体現できると言われているが、それらは全て御伽噺の中で語られるだけの内容である。
言霊は確かに無限の可能性を叶える力があるだろう。
この世界を創造したとされる神は、確かにその力を人間に与えたが、同時に制約も課した。
一部の人間のみにしか、その真の使い方を教えなかったのである。
無知という枷をはめられた多くの人間たちは、しかし神から与えられた知恵を使い、制約をすり抜ける抜け道を作り出した。
それが、刻印という方法である。
用途は限定されてしまうものの、特殊な文字を刻み込むことにより、簡単な言葉の羅列のみで言霊の力を誰でも発現可能とすることに成功した。
例えばエリックの双剣には鋼以上の硬度と切れ味の補正を可能とする能力が付加できるような刻印が刻まれており、この恩恵があってこそ、強固な守りを持つ魔物も容易く寸断することを可能としていた。
その労をねぎらうように一振りして、宿していた言霊の力を解除した双剣たちは、それぞれが腰に下げていた鞘の中に収められる。
やることを終えて、その場から立ち去ろうと背後を振り返ったところでエリックは足を止めた。
いつの間にそこにいたのか・・・相棒キースが息絶えた一匹の魔物の前で屈み込んでいる。
「何してるんだ?」
思わず訊くと、キースは視線を下に向けたまま言葉を返した。
「なあ、これ・・・俺がやったことにしてもいいか?」
そう言いながら指さす魔物の喉には背後から貫いたのだろう一本の矢が刺さっている。
顔には斜めにざっくりと切り裂かれた傷が生々しいが、他の魔物たちに比べれば損傷の度合いは軽い。
得意の弓矢で援護していたキースが放った矢を受けて虫の息となったところをエリックがトドメをさしたのか。
はたまたエリックが手傷を負わせて怯んだところをキースの矢が貫いて仕留めたのか。
群れで襲ってくる連中をどうやって仕留めたのか一々確認していたわけではないので、正確なところは分からない。
しかし、キースはこれを自分の手柄に加えたいと言っているのだ。
「・・・好きにしろ」
魔物を何匹倒したかという事実に拘ることもないので、ぶっきらぼうに答えると、キースは内心で喜ぶように小さく拳を握って見せた。
・・・こいつ、何でこんなに出世したいんだ?
いつも「出世したいし」と言っているキースだが、その理由については話したことはない。
一度訊いてみようかという考えが頭をよぎったが、どんなご大層な理想や野心を語られても、そういった欲のない自分には理解も同意も出来ないだろう。
結局、いつも通り何も訊かないでおくことにした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる