神殺しの英雄

淡語モイロウ

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第一章

#04

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 ギャン、短い断末魔が一つ響く。
 それが戦闘の終わりを告げる最後の音となった。
 広大な平野で繰り広げられていた血戦の余韻は、時間の経過と共に薄れ、もとの静けさを取り戻しつつある。
 わずかに乱れた息を整えて、エリックはゆっくりと構えを解いた。
 周囲を見回せば、累々と転がる躯の数々が目に入る。
 つい今し方までエリックが相手にしていたそれらは、一匹残らず絶命し、地に横たわるだけの肉塊と化していた。
 いずれも切り裂かれて動かぬその屍たちは、一見すると狼のように見える。
 しかし、よくよく観察すればそれが狼とは似て非なるものーーー全くの別物であることが見て取れた。
 全身を覆う漆黒は、豊かな毛並みのように見えて、その実は硬い鱗が密集して生え揃うことで外殻としての役割を備えており、牙も爪も、必要以上に大きく鋭い。獲物をしとめるための武器としては過剰に見えるほどである。
 すでに光を失い、何も映していない両の目に瞳は存在せず、その全てがまき散らされた血と同じ赤で染め上げられているかのようだった。
 狼型の魔物ーーー
 姿形が狼に似ていることからそう呼ばれていた。
 狼同様に群れを成し、森だけでなくこうした平野にも頻繁に現れては通りかかった隊商や旅人が襲われることは珍しくない。
 それ故に見つけ次第こうして討伐するのが外回りの任についている自警団員の仕事の一つである。
 危険と隣り合わせな仕事ではあるが、こうした魔物の討伐でただ一つだけ楽な点は、仕留めた後の処理をする必要がないことだ。
 死んだ生物はいずれ朽ちてていくのは当たり前なのだが、まるでその速度を何倍にもしたかのような様子で魔物たちは消えていく。
 今は血みどろの死骸となり果てているが、小一時間も経てばこの場は元の何もない平野へと戻っているだろう。
 何故、魔物は息絶えるとこれほどの速さで世界から消えていくのか・・・
 正直なところ、それは誰も分かっていない。
 魔物とは、神が人間を罰するために創り出した存在だと言われている。
 常識では計れない、他の生物と異なる点があったとしても、そのことについて疑問を持つ者は誰もいないだろう。
 魔物はそういう存在だから、という結論だけで済ませてしまう人間がほぼ大半で、エリックも漏れなくその一人である。
 仕留め損ないがないことを確認したエリックは、ここでようやく張り詰めていた緊張を吐息として吐き出した。
 肩の力を抜いたところで、両の手に握っていた自身の得物を目線の高さまで持ち上げる。
 エリックが扱うのは右と左の手にそれぞれ一本ずつ剣を持つ双剣とよばれる武器だ。
 片手ごとで扱うため、刃渡りは長剣に比べて短く、接近戦を強いられる類のものだが、連続で攻撃を繰り出せる手数の多さを気に入り、ずっとこれを愛用している。
 その愛剣の刃は今、淡い光を放って輝いていた。
 狼型の魔物たちの鱗は、鋼と同等の硬度を持つ。
 どれほどの力自慢であっても、その守りを打ち破るっことは容易ではない。
 しかし、エリックが仕留めたその悉くは切り裂かれ、寸断されて息絶えている。
 それを可能にしたのが、今、愛剣に宿らせている言霊の力であった。
 言霊ーーー
 人間が神より与えられた特別な力。
 曰く、ただ一言、言葉を発するだけで火を熾こし、水を湧き出し、風向きを操る・・・
 言葉を発しただけでありとあらゆる奇跡を体現できると言われているが、それらは全て御伽噺の中で語られるだけの内容である。
 言霊は確かに無限の可能性を叶える力があるだろう。
 この世界を創造したとされる神は、確かにその力を人間に与えたが、同時に制約も課した。
 一部の人間のみにしか、その真の使い方を教えなかったのである。
 無知という枷をはめられた多くの人間たちは、しかし神から与えられた知恵を使い、制約をすり抜ける抜け道を作り出した。
 それが、刻印という方法である。
 用途は限定されてしまうものの、特殊な文字を刻み込むことにより、簡単な言葉の羅列のみで言霊の力を誰でも発現可能とすることに成功した。
 例えばエリックの双剣には鋼以上の硬度と切れ味の補正を可能とする能力が付加できるような刻印が刻まれており、この恩恵があってこそ、強固な守りを持つ魔物も容易く寸断することを可能としていた。
 その労をねぎらうように一振りして、宿していた言霊の力を解除した双剣たちは、それぞれが腰に下げていた鞘の中に収められる。
 やることを終えて、その場から立ち去ろうと背後を振り返ったところでエリックは足を止めた。
 いつの間にそこにいたのか・・・相棒キースが息絶えた一匹の魔物の前で屈み込んでいる。

「何してるんだ?」

 思わず訊くと、キースは視線を下に向けたまま言葉を返した。

「なあ、これ・・・俺がやったことにしてもいいか?」

 そう言いながら指さす魔物の喉には背後から貫いたのだろう一本の矢が刺さっている。
 顔には斜めにざっくりと切り裂かれた傷が生々しいが、他の魔物たちに比べれば損傷の度合いは軽い。
 得意の弓矢で援護していたキースが放った矢を受けて虫の息となったところをエリックがトドメをさしたのか。
 はたまたエリックが手傷を負わせて怯んだところをキースの矢が貫いて仕留めたのか。
 群れで襲ってくる連中をどうやって仕留めたのか一々確認していたわけではないので、正確なところは分からない。
 しかし、キースはこれを自分の手柄に加えたいと言っているのだ。

「・・・好きにしろ」

 魔物を何匹倒したかという事実に拘ることもないので、ぶっきらぼうに答えると、キースは内心で喜ぶように小さく拳を握って見せた。
 ・・・こいつ、何でこんなに出世したいんだ?
 いつも「出世したいし」と言っているキースだが、その理由については話したことはない。
 一度訊いてみようかという考えが頭をよぎったが、どんなご大層な理想や野心を語られても、そういった欲のない自分には理解も同意も出来ないだろう。
 結局、いつも通り何も訊かないでおくことにした。
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