神殺しの英雄

淡語モイロウ

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第一章

#07

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「えっ! またその子に会ったのか!?」

 自警団本部から出て、大通りへと続く道を歩きながら、キースは声を上げた。
 今日は久しぶりに町の巡回が二人の仕事である。
 町を見回りながら、犯罪や事故などの防止、住民同士のいざこざの解決など、一言で言えば町の平穏を守ること・・・これも立派な自警団員の仕事であるのだが、この町はとにかく平和だった。
 事件が起きたとしても、精々が口喧嘩止まり。
 流血沙汰の事件など、とんと聞いたことがない。
 そのため巡回とは名ばかりの、ただ町中をうろうろ歩き回るだけの、もはやただの散歩である。
 普段なら、いつも通り外回りの任を嫌がる団員たちに声をかけて交代してもらっているところだ。
 魔物や賊に遭遇するかもしれない、危険を伴う外回りの任を嫌がる自警団員というのは、決して少なくはないため、二人は日頃より周りから感謝されていた。
 ただ、あまりにも積極的に交代しすぎたため、二人に恩ーーーもしくは、後ろめたさを感じた団員たちが遠慮するようになってしまい・・・

「いつも変わって貰ってばかりで悪いから」

 そう言われて、今日はあっさり断られてしまった。
 そんなわけで。
 不承不承ふしょうぶしょうの体で二人は町中に向かって歩いていた。
 外回りの任では必ず所持すべき武器の必要性は当然なく、キースは得意の弓を置いてきたが、エリックは持ち運びに不便がないため普段通りに愛剣を腰に下げていた。

 町中で武器を使うような場面に遭遇することはまずないとは思うが、エリックからすれば町の巡回は外回りの任以上に危険がつきものの仕事である。
 いつ、如何なる時に、天敵が現れるのか分からない。
 意識を臨戦態勢のそれにまで高めておくには、愛剣の存在が何よりも心強かった。
 昨日手柄をすかした分、今日挽回しようと意気込んでいたのに、その機会を奪われて(団員たちに悪気はないのだが)キースは相当不満げである。
 まるで子供のようにむくれている様子に苦笑しながら、世間話をする気軽さで昨日立ち寄った無人の集落での出来事を話したところ、その反応はエリックすら意外に思うほど驚きを示すものだった。

「なあ、その子・・・ひょっとしてお前のことつけ回してないか?」

 やや眉を潜めながらキースが訊く。
 実はエリックも、そう思い始めていたところである。
 町中で遭遇するならまだしも、あんな人っ子一人いない場所で偶然を装うには些か無理がある。
 自分の容貌が女という生き物には大変魅力的に見えているということは、エリックも十分理解している・・・全く嬉しくはないが。
 若い女や年頃の娘だけでなく、まだ年端もいかない幼女や、恋をするには遅咲き過ぎる老婆まで、これまで想いを寄せられたことは数え切れないほどある。
 だが、あの紅い髪の少女はこれまで出会ってきた女たちのように、エリックのことを恋い慕っている、という感じではなかった。
 恋心を抱いている相手を平気で殴ったり蹴ったりなど、普通はしないだろう。
 それなら、何のために・・・?
 その理由が、エリックには分からなかった。
 分からないから、何とも気味が悪い。
 出来ればもう、二度と関わり合いたくないのだが、近いうちにもう一度出会いそうな、そんな嫌な予感をひしひしと感じていると・・・

「あの、」

 不意に背後からかけられた声。エリックは飛び上がり、瞬時にその場から遠く飛び退いて避難した。
 あの少女か!? 身構えながら振り返るが、そこに立っていたのは、怨敵認定した相手ではなく・・・
 一人の女性である。
 年は四十前後。薄茶色の髪を結い上げ、質素な薄手の旅装姿ながら落ち着いた風情のある、清楚で控えめな女性であった。
 例の少女ではなかったことにほっとするも、声をかけてきた相手が女である以上、そう易々と安堵していいものかどうか、迷うところである。

「何か用かい?」

 対人対応などまったく出来そうにないエリックに代わり、キースが尋ねた。
 女性は深刻そうな、酷く思い詰めた顔でキースに歩み寄ると縋るような眼差しで言う。

「娘が、私の娘が帰って来ないんです・・・」

 その様子に、ただ事ではないと察した二人の前で、女性はことの成り行きを話し始めた。
 この町から徒歩で半日くらいかかるほどの距離にある、小さな村で女性は娘と二人で暮らしているという。
 夫を事故で亡くしつ以来、女手一つで育ててきた娘は現在十六歳。
 一昨日、この町で開かれた市の解放日を目当てに出かけてから、戻って来ないらしい。

「成る程・・・。それは心配ですね」

 話を聞いたキースは、真顔で頷きながら相づちを打つ。
 いつもの眠そうな表情を奥に引っ込めて、きりりと引き締まった凛々しい顔つきなっている。
 出世の種がここに有り! そう判断したようで、口調まで変わっている辺り、そのやる気が窺える。

「もう少し詳しい話を聞かせて貰えますか? どうぞ、こちらへ」

 そう言って、女性を自警団本部の方へ促そうとした時。

「領主様・・・」

 ぽつりと、唐突に女性が呟いた。

「領主様に、連れ去られたのかもしれません」

 予想外の発言に、漲るやる気で引き締まっていたキースの表情が一瞬だけ緩むも、慌てて取り繕った。
 女性の言う領主様とは、現在この地方を治めている人物のことだろう。
 まさか、領主様がそんなことを・・・とは、キースも、そしてエリックも言えなかった。
 何せ、その領主という人物なら、本当にやりそうと思ってしまったからだ。
 前領主の遠縁に当たるその人物について、聞こえてくる噂はあまりいいものではない。
 中でも有名なのが、とにかく無類の女好きで放蕩が過ぎるということだ。
 噂話に全く興味のないエリックの耳にすら入ってくるのだから、相当なものであろう。
 あの領主様なら、気に入った娘の一人や二人くらい拐かしていそう・・・そう囁かれていた。
 しかし、全ては憶測や噂の域を出ないものばかりであり、そもそも前領主と同じく、あまり表に出たがらないため、人物像を含めて詳細なことを知るものはほとんどいない。
 それに何より、まだ領主に連れ去られたと決めつけるのは性急に過ぎる。
 他の可能性ーーー何らかの事故に巻き込まれたり、賊などに拐かされたということも十分に考えられるのだ。
 むしろ、キースとしてはそちらの方が可能性としてあり得ると睨んでいる・・・いや、そうあってくれと願っている。

 女性の読み通り、本当に領主に連れ去られたとしても、一介の自警団員がどうにか出来るわけがない。
 下手をすれば出世どころかクビが飛ぶ・・・そんな危険を冒すわけにはいかないと、分かっていながらも・・・

「お願いします。どうか娘を・・・、あの子は、私の全てなんです」

 そう、涙ながらに訴えてくる相手を突き放すことが出来ない情を持ち合わせているのが、キースという男であった。

「・・・分かったよ。とりあえず、詳しい話を聞かせてもらえるかな?」

 やる気を失ったことにより普段の表情、言葉使いに戻ったキースが女性を再度自警団本部の方へと促す。
 歩き出した二人の後を、エリックは一定の距離を保ちつつ追った。
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