神殺しの英雄

淡語モイロウ

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第二章

#21

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 賊まがいのことをして生きるというのは、何とも楽なものだった。
 躊躇いや戸惑いを覚えるのは最初だけ。一度慣れてしまえばこの上なくその生活は解放的なものである。
 欲しいものは大抵ほとんど手に入る。何の苦もなく、対価を払う必要すらない。
 持ち合わせている者から奪えばいいだけなのだ。
 良心とやらを捨てた先にあるのがこれほどの自由だとは、まっとうな生活を送っていた頃には考えつきもしなかった。
 だが、奪い取る相手は慎重に選ばなければいけない。
 狙うのは弱者。武器も持たず、抵抗する意思もなければ力もない、最弱の部類の人間だけだ。
 そういった類は、ほんの少し脅しただけ震え上がり、命欲しさに金目のものは自ら全て差し出してくれる。
 だから今日も、平野を歩く二人組の姿を見つけたとき、いつも通りに仕事を、強奪という手段を以て行うだけ・・・
 そのはずだったのだがーーー

「おい、おい! 何なんだよ、あれ!?」

 平野を駆ける馬上で、隣を併走する男が動揺も露わに喚き散らす。
 同じ目的の下に集い、利害の一致する間柄ーーー仲間と呼ぶべき者は自分を除いて六人いたのに、今は隣の男一人だけになってしまった。
 そのことについて、嘆く気持ちはない。
 仲間とは呼んでいても友情や信頼で繋がっているわけではないのだから、当然である。
 男たちは野盗山賊というより、ゴロツキの集まりと呼んだ方が正しかった。
 やっていることは同じでも、そこに集団としての秩序など存在しない。
 まだ青年期を少し抜けたばかりの若い男たちから言わせれば、そういうのは今時ダサいので、やりたくはなかった。
 そんなものに縛られずに、もっと自由で開放的に、思うままに生きることを望んでいた。
 だから、五人の仲間が瞬殺ーーーまとめてぶっ飛ばされただけなので死んではいないだろうがーーーされた時も、自分の身を最優先にしたから、今こうして無事に逃げ延びることが出来た。
 一体、あれは何だったのだろう?
 隣の仲間に倣ったわけではないが、同じことを考えていた。
 今日の獲物と定めたのは、少女と青年の二人組だった。旅人・・・にしては旅装どころか荷物の一つも持っていない、二人揃って手ぶらという風体が少々気にはなったが、巻き上げられるものは全部頂こうと、取り囲んで近付いた途端・・・
 驚愕の光景を思い出しそうになり、慌ててかぶりを振ることで竦み上がりそうになるのを防いだ。
 あの二人組が何であろうと、今はもう関係ない。
 逃げる自分たちを追ってくることなど、出来はしないのだから・・・
 ちらりと後ろを振り返ってから、自らの乗る馬を見下ろし、不敵な笑みを浮かべる。
 周りの景色が、物凄い速さで通り過ぎていく。
 それもその筈だ。何せ今乗っている馬が駆ける速度は、尋常ではないのだから。
 馬の脚に施された刻印には、脚力を大幅に増強する効力を、言霊の力で発揮させている。
 これにより、現在乗っている馬は本来出せる速度の倍以上で駆けていた。
 今、自分に追いつくことが可能なものがいたとすれば、それは同じ刻印を施した馬ーーー隣を併走する仲間が乗っている、だけだ。
 だが、その行いは刻印を施された馬にとって、あまりにも冷酷非情に過ぎるものである。
 限界を越えて無理矢理引き出されている脚力は、馬の体力を残酷なまでに削り取っていき、疲労をあっという間に蓄積させていた。
 まだ、それほどの時間と距離を駆けたわけでもないのに、泡を吹き散らして苦しげである。
 無事に逃げおおせた後に、この馬は使い物にならなくなるであろう。
 だが、乗り手にそのことを憂う気持ちなど微塵にもない。
 元より弱者からの搾取を良しとしているような輩である。
 動物愛護の精神など、持ち合わせているはずもなかった。
 驚異的な速度で駆ける馬に跨がる自分が、まるで特別な存在にでもなったかのような・・・そんな錯覚に浸る中ーーー

「ねえねえ」

 不意に呼びかけるような声が聞こえて、はたと我に返った。
 まず、真っ先に頭に浮かんだのは「有りえない」という言葉。
 今、この馬の駆ける速度を考えれば、それは絶対に聞こえる筈のない音だ。
 きっと気のせいだ。幻聴だ、と己に強く言い聞かせながらも、念のためにちらりと隣を見やる。
 併走して駆ける仲間は、切羽詰まったような表情で前だけを見ており、気安く呼びかけてきた様子はない。
 何より、その声は男のものではなかった。

「おーい」

 再び声が聞こえた。今度は先程よりもはっきりと。
 まるで、一度目の呼びかけで反応がなかったため、少し音量を増したような・・・
 その時になって、ようやく気付く。
 声が聞こえたのはすぐ間近ーーー仲間がいる方とは反対の方向に、恐る恐る視線を向けた途端・・・
 己の口からまろび出たのは、あまりにもみっともないほどの悲鳴。
 極限の恐怖に晒されたことにより、人語を放棄したような声だった。
 だが、それも無理はない。すぐ傍らを走る人型の姿を目の当たりにしたのなら、男の反応は至極真っ当なものであった。
 しかも、そこにいたのは少女だ。
 紅い長髪をなびかせて、ぴったりと併走しながら、大粒の黒い瞳でこちらをみつめている。
 突然の悲鳴に、隣の仲間が何事かと視線を向けると、馬を容易く追い越した少女がひょっこりと姿を見せて「やあ」と気安く声をかけた。
 それを見た反応は激烈なもので、上がった悲鳴は先程よりも更にみっともないものだった。
 傍目に見れば、大変可愛らしい少女だが、今の二人には恐怖の対象としか映っていない。
 この少女こそ、五人の仲間を一瞬でぶっ飛ばした張本人。信じられないが実際にその目で見てしまった以上信じるしかなく、人間が追いつける筈のない速度で平然と追いついてきた現実に、二人は完全に恐慌状態へと陥っていた。

「駄目だよー。そんなことしたら、お馬さん可哀想でしょう? 動物に言霊は使っちゃいけないんだよー」

 まるで悪戯をした幼子を窘めるような口調で少女は言う。
 しかし、そんな少女の姿が二人には人外の何かにしか映っておらず、ただ意味のない声を上げて喚くばかりだった。
 不意に少女がにっこりと笑う。
 無邪気で愛くるしい笑顔。
 そしてーーー
 黄昏を間近に控えた空の下、二人分の絶叫が響き渡った。
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