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第二章
#39
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朱楼閣の豪勢な店構えに隠れるように存在する居住空間。
とても個人の邸宅とは思えない長い廊下を、乱暴な足取りで歩む者がいた。
「チッ!」
短く盛大な舌打ちから、かなりの苛立ちを抱えていることが窺い知れる。
事実、朱楼閣の店主である糸目男は不機嫌極まりなかった。
商いの観点から見れば、朱楼閣という店は商売としてまったく成り立っていない状態にある。
訪れる客もほぼいない。いたとしても法外な値段を目の当たりにした途端、速やかに出て行く。
当然、売り上げなど無いも同然の状態が、ここ何ヶ月も続いている。
が、糸目男には憂いもなければ焦りもない。
元々は道楽気分で始めただけの商売だ。
親と家から縁を切る際に渡された、莫大な財産がある。
どれだけ閑古鳥が鳴こうとも、売り上げが無くとも、店を維持していくだけの資金には何ら困ることはない。
しかし、悪評が立つことだけは、どうあっても許し難いものがあった。
当初、朱楼閣は選りすぐりの刻印師たちを雇い入れていたが、半年経った現在では唯の一人も残っていない。
一流といわれる刻印師ほど、その職に対して並々ならぬ信念と誇りを抱いている。
刻印師の何たるかをまるで理解していない、ただの道具としか見ていない糸目男に嫌気が差すのは当然であった。
結果、破格の条件で次から次へと雇い入れても、有能な刻印師はその悉くが一週間も経たないうちに姿を消す始末である。
今、朱楼閣に残っているのは大した腕はないが金だけは欲しいという、三流以下のろくでなしばかり。
一流を売りにしたい朱楼閣としては、一人でも良いから有能な人材を雇っておきたいところだが、そのための手は、すでに打ってある。
あの生意気な男・・・・・・わざわざ出向いてまで勧誘してやったのに、すげなく断った刻印師のリセトはきっと、そのうち泣きついてくるだろう。
少々手荒な真似をしたせいで、しばらくは使い物にはならないが、その間に充分すぎるほど反省すると共に思い知るはずだ。
この町で刻印を取り扱えるのは朱楼閣のみ。勝手な真似をしたらどうなるか、この先も刻印師として生計を立てたければ心からの謝意と懇願を誰に用意しなければいけないのか。
少々予定は狂ったが、これで思い通りに事が進むと・・・・・・まさかリセトが刻印師を辞める覚悟を決めているとは夢にも思っていない糸目男は実に満足げであった。そう、ほんの三日前までは・・・・・・
流れ者の刻印師ーーー
ここに来て、更なる邪魔者が登場するなど想像の埒外でしかなかった。
当然、勝手な真似を許すはずもない。
直ちに邪魔者を排除するため、用心棒として雇い入れた連中を嗾ける。
この町に以前よりのさばっていた荒くれ者たちは、これまで同様に良い働きしてくれると信じていたのだがーーー
結果は散々なもの。酷い有様にされて帰ってくる結果に終わった。
しかも二回目は見ず知らずの子供にやられた、なんて巫山戯たことを抜かすものだから、怒りのあまり危うく憤死するところであった。
「役立たず共が・・・・・・」
つい先刻、罵詈雑言の限りを飛ばすと共に三度目の下知を下した。
手段は問わなくて良いと申し付けてあるから、今度こそ大丈夫だろう・・・・・・そう、思いたい。
持て余す苛立ちを吐息として吐き出してから、ふと顔を上げるとーーー
廊下の先を歩く人影を見咎めた。
人数は二人。どちらも子供であることを見て取った瞬間、思わず呆気に取られてしまった。
この広い屋敷を管理するために使用人は雇ってはいる。
しかし、立ち入る時間帯は徹底して定めており、現在はその限りではなく、使用人たちは屋敷の傍にある使用人用の空間にいるはずだった。
更に言えば、雇った使用人の中に子供など存在していない。
そうなれば、その正体は問うまでもなくーーー
「おい! そこで何している!?」
鋭い一喝に、廊下を横切ろうとしていた二人の動きが止まる。
少女と少年だ。
少年の方は見つかったことに対して、あからさまにおろおろと狼狽えている。
何故、こうも連日のように苛立つことが立て続けに起こるのか。
不快感もあらわに顔を顰めて、糸目男は大股に二人へと歩み寄っていく。
「一体、どこからーーー」
この時、糸目男の頭には警戒という言葉すら浮かんでいなかった。
当然であろう。不審な住居侵入者といえど、相手は子供二人だ。
身を守る術も道具もなくとも、追い出すくらい造作もないことであると安易に接近していきーーー
まさか顔面に容赦ない拳の一撃を食らうなど、想像など出来るはずもなかった。
短い悲鳴も、苦悶の呻きもなく、殴られたその瞬間に意識を刈り取られた糸目男の痩身は、廊下の端まで吹っ飛んでいった。
「な、何で殴ったの!?」
驚愕に一瞬凍り付いた後、少年ーーーソムは動揺のあまり声を抑えることも忘れて同伴者に問い質す。
「え? だって、騒がれたら誰か来るかもしれないし」
一切悪びれた様子もなく、さらっと答えるのはキュラと名乗った少女。
ソムとて、朱楼閣の店主である糸目男を殴ってやりたいという想いは、並々ならぬ怒りと共に胸に抱いていた。
しかし、相手は大人で自分は子供。身体的にも不利な上に、ソムはそこまで激しい性格ではない。
人を傷つけては駄目だという、人並みの教育もあり、積年の恨みを抱く相手が接近してきたとしても狼狽えるばかりだったというのに・・・・・・
「じゃあ、行こう!」
人をぶん殴ったというのに、罪悪感など微塵にも感じていない様子で、キュラは廊下を先導して歩きだす。
親身に話を聞いてくれて、この無謀極まりない奪還作戦に力を貸してくれたことには感謝している。
が、もしかしたら、自分はとんでもない人物に協力を頼んでしまったのではないかと、若干の不安を感じつつ、ソムはその後に続いた。
とても個人の邸宅とは思えない長い廊下を、乱暴な足取りで歩む者がいた。
「チッ!」
短く盛大な舌打ちから、かなりの苛立ちを抱えていることが窺い知れる。
事実、朱楼閣の店主である糸目男は不機嫌極まりなかった。
商いの観点から見れば、朱楼閣という店は商売としてまったく成り立っていない状態にある。
訪れる客もほぼいない。いたとしても法外な値段を目の当たりにした途端、速やかに出て行く。
当然、売り上げなど無いも同然の状態が、ここ何ヶ月も続いている。
が、糸目男には憂いもなければ焦りもない。
元々は道楽気分で始めただけの商売だ。
親と家から縁を切る際に渡された、莫大な財産がある。
どれだけ閑古鳥が鳴こうとも、売り上げが無くとも、店を維持していくだけの資金には何ら困ることはない。
しかし、悪評が立つことだけは、どうあっても許し難いものがあった。
当初、朱楼閣は選りすぐりの刻印師たちを雇い入れていたが、半年経った現在では唯の一人も残っていない。
一流といわれる刻印師ほど、その職に対して並々ならぬ信念と誇りを抱いている。
刻印師の何たるかをまるで理解していない、ただの道具としか見ていない糸目男に嫌気が差すのは当然であった。
結果、破格の条件で次から次へと雇い入れても、有能な刻印師はその悉くが一週間も経たないうちに姿を消す始末である。
今、朱楼閣に残っているのは大した腕はないが金だけは欲しいという、三流以下のろくでなしばかり。
一流を売りにしたい朱楼閣としては、一人でも良いから有能な人材を雇っておきたいところだが、そのための手は、すでに打ってある。
あの生意気な男・・・・・・わざわざ出向いてまで勧誘してやったのに、すげなく断った刻印師のリセトはきっと、そのうち泣きついてくるだろう。
少々手荒な真似をしたせいで、しばらくは使い物にはならないが、その間に充分すぎるほど反省すると共に思い知るはずだ。
この町で刻印を取り扱えるのは朱楼閣のみ。勝手な真似をしたらどうなるか、この先も刻印師として生計を立てたければ心からの謝意と懇願を誰に用意しなければいけないのか。
少々予定は狂ったが、これで思い通りに事が進むと・・・・・・まさかリセトが刻印師を辞める覚悟を決めているとは夢にも思っていない糸目男は実に満足げであった。そう、ほんの三日前までは・・・・・・
流れ者の刻印師ーーー
ここに来て、更なる邪魔者が登場するなど想像の埒外でしかなかった。
当然、勝手な真似を許すはずもない。
直ちに邪魔者を排除するため、用心棒として雇い入れた連中を嗾ける。
この町に以前よりのさばっていた荒くれ者たちは、これまで同様に良い働きしてくれると信じていたのだがーーー
結果は散々なもの。酷い有様にされて帰ってくる結果に終わった。
しかも二回目は見ず知らずの子供にやられた、なんて巫山戯たことを抜かすものだから、怒りのあまり危うく憤死するところであった。
「役立たず共が・・・・・・」
つい先刻、罵詈雑言の限りを飛ばすと共に三度目の下知を下した。
手段は問わなくて良いと申し付けてあるから、今度こそ大丈夫だろう・・・・・・そう、思いたい。
持て余す苛立ちを吐息として吐き出してから、ふと顔を上げるとーーー
廊下の先を歩く人影を見咎めた。
人数は二人。どちらも子供であることを見て取った瞬間、思わず呆気に取られてしまった。
この広い屋敷を管理するために使用人は雇ってはいる。
しかし、立ち入る時間帯は徹底して定めており、現在はその限りではなく、使用人たちは屋敷の傍にある使用人用の空間にいるはずだった。
更に言えば、雇った使用人の中に子供など存在していない。
そうなれば、その正体は問うまでもなくーーー
「おい! そこで何している!?」
鋭い一喝に、廊下を横切ろうとしていた二人の動きが止まる。
少女と少年だ。
少年の方は見つかったことに対して、あからさまにおろおろと狼狽えている。
何故、こうも連日のように苛立つことが立て続けに起こるのか。
不快感もあらわに顔を顰めて、糸目男は大股に二人へと歩み寄っていく。
「一体、どこからーーー」
この時、糸目男の頭には警戒という言葉すら浮かんでいなかった。
当然であろう。不審な住居侵入者といえど、相手は子供二人だ。
身を守る術も道具もなくとも、追い出すくらい造作もないことであると安易に接近していきーーー
まさか顔面に容赦ない拳の一撃を食らうなど、想像など出来るはずもなかった。
短い悲鳴も、苦悶の呻きもなく、殴られたその瞬間に意識を刈り取られた糸目男の痩身は、廊下の端まで吹っ飛んでいった。
「な、何で殴ったの!?」
驚愕に一瞬凍り付いた後、少年ーーーソムは動揺のあまり声を抑えることも忘れて同伴者に問い質す。
「え? だって、騒がれたら誰か来るかもしれないし」
一切悪びれた様子もなく、さらっと答えるのはキュラと名乗った少女。
ソムとて、朱楼閣の店主である糸目男を殴ってやりたいという想いは、並々ならぬ怒りと共に胸に抱いていた。
しかし、相手は大人で自分は子供。身体的にも不利な上に、ソムはそこまで激しい性格ではない。
人を傷つけては駄目だという、人並みの教育もあり、積年の恨みを抱く相手が接近してきたとしても狼狽えるばかりだったというのに・・・・・・
「じゃあ、行こう!」
人をぶん殴ったというのに、罪悪感など微塵にも感じていない様子で、キュラは廊下を先導して歩きだす。
親身に話を聞いてくれて、この無謀極まりない奪還作戦に力を貸してくれたことには感謝している。
が、もしかしたら、自分はとんでもない人物に協力を頼んでしまったのではないかと、若干の不安を感じつつ、ソムはその後に続いた。
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