時間戦士は永遠の夢を見るのか

刹那メシ

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断章

断章31:「私にはこれしかない……」

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※これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本章第6話と第7話との間の出来事になります。


<水曜日>
 呼び鈴が鳴った。
「私が出るわ」
 体調不良でベッドに横になっていた志音が身を起こすより早く、アミカナは廊下へ出ていた。志音に出られては困る。彼のパソコンを使って密かに注文したのは、アミカナ自身だった。
「はい」
 玄関を開けると、配達員が立っていた。そのまま外まで出て扉を閉める。
「橘志音さんにお届け物です」
 彼女の容姿に気を取られながら、配達員は荷物を差し出した。
「ありがとうございます」
「こちらにハンコかサインを」
「はい」
 予め場所を把握していたハンコを取り出し、平静を装って、初めての押印をこなす。
 再び家の中に入ると、箱を廊下の途中のトイレへと素早く放り込み、アミカナはリビングへと戻った。
「何だった?」
 志音が聞く。
「宅配便だったけど、隣と間違えたみたい」
「ふ~ん。未来人だってばれなかった?」
 志音の言葉に、アミカナは顔を顰めた。
「馬鹿にしてる?」
「別に」
 微笑んだ彼は寝返りを打った。アミカナは息をついた。
「トイレ貸りるね」
 トイレの扉を閉めると同時に、アミカナは受け取った箱を素早く引き裂いた。中から、十センチ四方のチタンプレートが現れる。段ボールの残骸を手にしたアミカナは、両腕のリミッターを一時的に解除した。おにぎりを握るように力を込めると、残骸は正体の分からない小さな球へと変形した。それをジーンズのポケットにしまい込む。
 続けて、アミカナは立ったままジーンズを下げた。Tシャツを捲り上げて、人差し指を臍に押し当てる。生身の体ならあり得ないほど指を深く差し入れると、ロックが外れて、下腹部が音もなく三方に開いた。その姿に、正直、ゾッとする。鼓動や体温がない以上に、人ならざる者になっていることを思い知らされる。下腹部には、様々な機器が内蔵されていた。戦闘特化型のアンドロイドであるアミカナには、食事は必要なかった。だから、下腹部には消化器官の代わりに、歴史改変阻止行動に必要な各種機器が詰め込まれている。
 外見上の構造はともかく、生殖に関わる機能は搭載されていない。アンドロイドなのだから当然だ。下腹部だけではない。ミカの身体の内にあった全ての臓器は、ここにはない。しかし、このハッチのおかげで、『それ』が無くなっていることを思い知らされる。
 母になる未来を思い描いていたわけではない。ただ、ミカだった頃の記憶に残る『そこにあった感覚』が、今の自分には欠けていると思うと、胸の奥に、言葉にできない影が落ちる。自分には、命を未来に繋ぐ機能がないのだ。
 アミカナは苦笑した。私自身、未来のない存在なのに、何を思っているの……。
 でも……。未来のない存在だからこそ、何かを未来に繋げたいのかも知れない。繋がっていくことで、私はその鎖の中の一環になることができる。
 彼女はチタンプレートを手にした。私にとっては、それがこれだ。遥か未来のラキシス機関と連絡を取ることはできない。だから、全ての歴史改変阻止者は、時間転送された時代の物を使って、報告書を作成する。そして、それを地面に埋める。もしかすると、数百年後に、それが掘り出されるかも知れない。報告書は、ラキシス機関が作り出したクロートー文字で書かれている。だから、遺物が発掘された時に、それがクロートー文字であれば、ラキシス機関だけが、それが報告書だと気付く。そして、回収に動く。これが原理的な流れだが、実際には、報告書が発掘されることは極めて稀だった。掘り出されても、捨てられればもちろん、捨てなくても存在が公にならなければ、ラキシス機関にはわかるはずがない。報告書がラキシス機関に届く確率は……思い出したくもないくらい低かった。
 それでも、このプレートは、未来へと繋がる一環であった。このプレートだけが、彼女の偽時間での奮闘を記録している。この世界が、異物である彼女を消し去り、志音のように彼女と関わった人が、彼女の存在を完全に忘れたとしても、このプレートは残る。そして、プレートがラキシス機関に届けば――届くことがあれば、彼女が生きた証を残すと共に、次の歴史改変阻止行動への参考になるはずであった。
 アミカナはプレートを見つめた。うっすらと自分の顔が映る。表情を読み取ることはできなかった。虚ろだ。それは、このプレートの運命に似ていた。そしてそれは、私の運命でもある。それでも、私にはこれしかない……。
 チタンプレートを印刷装置の内部に収め、彼女はハッチを閉じた。ジーンズも履く。
 トイレから出ようとして、彼女は下腹部にそっと手を添えた。そこに宿るのは命ではない。しかし、未来へ託すべきものが確かに存在している。それには、彼女の祈りが込められていた。
 ……母性とは、こういうものなのかな?……
 ふと、アミカナは呟いた。
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