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断章
断章41:「触ってみて」
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※これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本章第8話と第9話の間の出来事になります。
<木曜日>
□□神社までの階段を登り切った志音は、激しく息を切らしていた。膝の上に手をついてかがむ。アミカナも、肩で息をしているようには見えたが、表情には余裕があった。汗をかいている様子もない。
「青少年は体も鍛えないと。勉強ばっかりはダメよ!」
彼女はからかうように言う。
「アミカナは鍛えてるの?」
「もちろん! 体を張った仕事だからね」
志音は胸を張る彼女を見上げた。決して痩せぎすではないが、筋肉質にも見えなかった。どこにそんなパワーがあるのだろう……
階段を登り切った少し先には鳥居があった。その前で、息を整えた彼はしっかりと背筋を伸ばした。
「入る前に、ここで立ち止まって……」
言いながら、隣にいるはずのアミカナを見たが、彼女は二、三歩後ろで立ち尽くしていた。鳥居の奥の巨大な御神木を見上げている。海から吹き上げる風が、四方に広がった枝をざわざわと揺らしていた。
「……何か……違うね……」
後れ毛を掻きあげて、彼女は呟いた。
……未来人でもそういう感覚があるのか?……いや、彼女だからなのか?……
「……分かる?……」
どうとでも取れるように聞く。この雰囲気が感じられる人なら、ここでの立ち振る舞いも分かるはずだ……
「ええ……私のルーツもこの国だから……」
彼女が答えて、彼は微笑んだ。彼女が隣に来るのを待つと、並んだ二人は、どちらからともなく、鳥居の前で頭を下げた。
鳥居をくぐると、志音は再び足をふらつかせた。
「ごめん、まずは休憩させて」
境内の端の藤棚の前にある自動販売機へと近づく。アミカナも後に続いた。
「アミカナは? 水でいい?」
財布を出しながら、彼は聞く。彼女は頷いた。
「イラッシャイマセ」
二人を感知して、自動販売機が声を上げた。
「こんにちは! 調子はどう?」
微笑みながら、彼女は答えた。
……え?……
驚いて志音は彼女を見た。これは、わざと?……それともマジ?……
自動販売機は沈黙を守っている。
「……答えねぇのかよ……」
笑顔のまま、彼女は悪態をついた。
……いや、答えねぇよ……
志音は心の中で呟いていた。
「……AIじゃないの?……」
自動販売機の方を向いたまま、彼女は彼に聞いた。
「……じゃないね。普通、AIは装備されてない……」
「……境内に誰かいる?……」
「……いや、誰もいない……」
辺りを見回した彼が答えると、彼女は息をついた。すがるような顔で勢いよく彼を見る。後ろでポニーテールが揺れた。
「……よかった! 恥ずかしくて死ぬかと思った……」
……まあ、そうだろうね……
「AIでもないのに、何でしゃべるの? もしかして、一言だけ?」
自動販売機を睨むと、彼女は聞く。
「さあ?」
「意味ないよね?!」
彼女は急に彼へと詰め寄った。思わぬとばっちりを受けた志音はたじろいだ。
「いや、ほら、しゃべったりした方が、機械の冷たさが薄れるというか……」
「……機械の冷たさ?……」
彼女は眉を顰めた。
「……機械の冷たさ、か……」
もう一度呟いて自動販売機の方を見る。暫くして、彼女は彼の方へと向き直った。
「イラッシャイマセ」
自動販売機と全く同じ声色で、彼女は言葉を発した。
「え?! 凄い! よく似てる!」
志音は声を上げたが、彼女は表情を変えなかった。
「どう? 暖かく感じた?」
奇妙な質問に、彼は面食らった。
「いや……そもそも、君は機械じゃないから」
「どうしてそう思うの? 確かめてもいないのに」
そういうと、手の甲を上にして、彼女は左手を差し出した。
「触ってみて」
「え?」
「いいから触ってみて」
有無を言わせない口調の彼女に促されて、彼はおずおずと彼女の指先を掴んだ。
……冷たい!……
志音が思った以上に彼女の手は冷たかった。しかし、直感的に、これは触れてはいけない事実だと感じた。触った瞬間の感情が顔に出ていないことを祈って、彼は鈍感な男を演じることにした。
「どう? 何か感じる?」
「……いや、別に何も……」
「本当?」
「……まあ、強いて言うなら……」
「……言うなら?……」
「……指が細い……」
志音が言うと、彼女は、彼の手の中から風のように自分の手を引き戻した。右手で隠す。
「変態か?!」
彼女に睨まれて、彼は苦笑した。息をつくと、彼女は探るように彼の顔を覗き込む。
「本当に、何も感じなかった?」
「ああ。何かあるの?」
平静を装って、彼は答えた。
「……志音……」
一度目を伏せた彼女は、顔を上げると、切なそうな表情で彼を見つめた。
「……実は私……」
ひとしきり風が吹いて、背後で御神木の枝がざわめく。そんな顔で、一体何を言おうというのだろう?……
「……凄く喉乾いている……」
「ああ! ごめんごめん!」
慌てた彼は再び自動販売機に近づいた。
「お湯ってある?」
彼女は聞く。
「いや、ちょっとないかも」
「じゃあ、いいわ。『つめた~い』ヤツで」
彼女は、『た』に極端な抑揚をつけて波線を表した。志音は苦笑した。
「『あたたか~い』はあるけど、『つめた~い』はないかな」
「ふ~ん。変なの……」
微笑みながら、彼女は呟いた。
<木曜日>
□□神社までの階段を登り切った志音は、激しく息を切らしていた。膝の上に手をついてかがむ。アミカナも、肩で息をしているようには見えたが、表情には余裕があった。汗をかいている様子もない。
「青少年は体も鍛えないと。勉強ばっかりはダメよ!」
彼女はからかうように言う。
「アミカナは鍛えてるの?」
「もちろん! 体を張った仕事だからね」
志音は胸を張る彼女を見上げた。決して痩せぎすではないが、筋肉質にも見えなかった。どこにそんなパワーがあるのだろう……
階段を登り切った少し先には鳥居があった。その前で、息を整えた彼はしっかりと背筋を伸ばした。
「入る前に、ここで立ち止まって……」
言いながら、隣にいるはずのアミカナを見たが、彼女は二、三歩後ろで立ち尽くしていた。鳥居の奥の巨大な御神木を見上げている。海から吹き上げる風が、四方に広がった枝をざわざわと揺らしていた。
「……何か……違うね……」
後れ毛を掻きあげて、彼女は呟いた。
……未来人でもそういう感覚があるのか?……いや、彼女だからなのか?……
「……分かる?……」
どうとでも取れるように聞く。この雰囲気が感じられる人なら、ここでの立ち振る舞いも分かるはずだ……
「ええ……私のルーツもこの国だから……」
彼女が答えて、彼は微笑んだ。彼女が隣に来るのを待つと、並んだ二人は、どちらからともなく、鳥居の前で頭を下げた。
鳥居をくぐると、志音は再び足をふらつかせた。
「ごめん、まずは休憩させて」
境内の端の藤棚の前にある自動販売機へと近づく。アミカナも後に続いた。
「アミカナは? 水でいい?」
財布を出しながら、彼は聞く。彼女は頷いた。
「イラッシャイマセ」
二人を感知して、自動販売機が声を上げた。
「こんにちは! 調子はどう?」
微笑みながら、彼女は答えた。
……え?……
驚いて志音は彼女を見た。これは、わざと?……それともマジ?……
自動販売機は沈黙を守っている。
「……答えねぇのかよ……」
笑顔のまま、彼女は悪態をついた。
……いや、答えねぇよ……
志音は心の中で呟いていた。
「……AIじゃないの?……」
自動販売機の方を向いたまま、彼女は彼に聞いた。
「……じゃないね。普通、AIは装備されてない……」
「……境内に誰かいる?……」
「……いや、誰もいない……」
辺りを見回した彼が答えると、彼女は息をついた。すがるような顔で勢いよく彼を見る。後ろでポニーテールが揺れた。
「……よかった! 恥ずかしくて死ぬかと思った……」
……まあ、そうだろうね……
「AIでもないのに、何でしゃべるの? もしかして、一言だけ?」
自動販売機を睨むと、彼女は聞く。
「さあ?」
「意味ないよね?!」
彼女は急に彼へと詰め寄った。思わぬとばっちりを受けた志音はたじろいだ。
「いや、ほら、しゃべったりした方が、機械の冷たさが薄れるというか……」
「……機械の冷たさ?……」
彼女は眉を顰めた。
「……機械の冷たさ、か……」
もう一度呟いて自動販売機の方を見る。暫くして、彼女は彼の方へと向き直った。
「イラッシャイマセ」
自動販売機と全く同じ声色で、彼女は言葉を発した。
「え?! 凄い! よく似てる!」
志音は声を上げたが、彼女は表情を変えなかった。
「どう? 暖かく感じた?」
奇妙な質問に、彼は面食らった。
「いや……そもそも、君は機械じゃないから」
「どうしてそう思うの? 確かめてもいないのに」
そういうと、手の甲を上にして、彼女は左手を差し出した。
「触ってみて」
「え?」
「いいから触ってみて」
有無を言わせない口調の彼女に促されて、彼はおずおずと彼女の指先を掴んだ。
……冷たい!……
志音が思った以上に彼女の手は冷たかった。しかし、直感的に、これは触れてはいけない事実だと感じた。触った瞬間の感情が顔に出ていないことを祈って、彼は鈍感な男を演じることにした。
「どう? 何か感じる?」
「……いや、別に何も……」
「本当?」
「……まあ、強いて言うなら……」
「……言うなら?……」
「……指が細い……」
志音が言うと、彼女は、彼の手の中から風のように自分の手を引き戻した。右手で隠す。
「変態か?!」
彼女に睨まれて、彼は苦笑した。息をつくと、彼女は探るように彼の顔を覗き込む。
「本当に、何も感じなかった?」
「ああ。何かあるの?」
平静を装って、彼は答えた。
「……志音……」
一度目を伏せた彼女は、顔を上げると、切なそうな表情で彼を見つめた。
「……実は私……」
ひとしきり風が吹いて、背後で御神木の枝がざわめく。そんな顔で、一体何を言おうというのだろう?……
「……凄く喉乾いている……」
「ああ! ごめんごめん!」
慌てた彼は再び自動販売機に近づいた。
「お湯ってある?」
彼女は聞く。
「いや、ちょっとないかも」
「じゃあ、いいわ。『つめた~い』ヤツで」
彼女は、『た』に極端な抑揚をつけて波線を表した。志音は苦笑した。
「『あたたか~い』はあるけど、『つめた~い』はないかな」
「ふ~ん。変なの……」
微笑みながら、彼女は呟いた。
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