時間戦士は永遠の夢を見るのか

刹那メシ

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断章

断章51:「何て言ったの?」

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※これは、「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本章第10話の前、二人が旅館に入る前の出来事になります。


<金曜日>
 志音は、海際の道のカーブに車を止めて外に出た。大きく伸びをする。体の節々が痛い。車の中での一夜は、かなり体に堪える経験だった。シートが硬くて、あまり眠れていない。
 海側の低い堤防に寄りかかって、アミカナはそこから広がる景色を見ていた。細かく波立つ海面が、眩いばかりに朝日を反射して、寝不足の彼にはめまいを感じさせるほどだった。この目の眩む明るさが、全てをキャンセルしてくれるような気がした。
 いや、気がするだけだ。昨日の軍と球体との戦闘で、志音の街には甚大な被害が出ていた。街の全域に避難命令が出され、攻撃は今日も継続するらしい。渋滞が解消したとしても、もう街には帰れない。もはや、喜べる要素は一つもなかった。だが、煌めく海を横目に車を走らせていた二人は、その誘惑に負け、暫し休憩を取ることにした。この景色に、一瞬だけ現実を忘れたいと思ったのかも知れない。そこに寝不足も加わって、何か奇妙なテンションになっている気もしていた。
「あ! 蟹!」
 そう言うと、彼女は片手をついて、軽やかに堤防を飛び越えた。美しいフォームだった。堤防の下にはごく小さな砂浜がある。彼女はそこに飛び降りていた。あくびをすると、彼も堤防へと近づいた。飛び越えることはせず、少し離れたところにある階段から砂浜へと降りる。
 しゃがみ込んだアミカナは、砂の上の穴の中に右手の人差し指を突っ込んでいた。彼はそれを上から覗き込んだ。彼女は黙ったまま、ゆっくりと人差し指を持ち上げる。その先には、指を挟んだ蟹がぶら下がっていた。
「え?! 挟まれてるじゃん!」
「……うん……」
「いや、うん、じゃなくて。痛くないの?」
 彼女は微笑んだ。
「痛いよ。痛いけど、生きてるって実感する。この子も……私も……」
 やがて、彼女が手を下ろすと、攻撃を止めた蟹は元の巣穴へと逃げ込んだ。
「……私にも巣穴があればね……」
 彼女は呟いた。右手の人差し指を伸ばしたまま、左手でその手首を握る。動かない彼女に、彼は声をかけた。
「どうした?」
「……結構痛かった……指がへこんじゃった……」
 彼女はしわがれた声で呻くように言った。彼は苦笑した。
「かっこつけるから……」
「……そうね……」
 反論されるかと思ったが、彼女は呟いただけだった。
 ふと、何かを見つけて、彼女はしゃがんだまま前に飛び跳ねた。砂の中から何かを拾う。しげしげと眺めた彼女は、やがて立ち上がって志音の下へと歩み寄った。
「これ、何?」
 彼女は、緑色に透き通ったハート形の石のようなものを持っていた。
「ああ、それはシーグラス。棄てられたガラス瓶の欠片なんかが、波で揉まれて、丸くなったヤツさ」
「これ、ガラスなんだ……綺麗……」
 驚いた彼女は、それを掌の上で転がした。緑のシーグラスは、完全に透き通っている訳ではなく、全体がうっすらと白くくすんでいる。輪郭に鋭利な部分はなく、全体的に緩やかな曲線で形作られていた。それは、長年の風化プロセスが生んだ、言わば自然の芸術品だった。
「アミカナの世界にはないの?」
 彼が聞くと、彼女は苦笑した。
「そうね。海にガラスは捨てないから……」
 もっともな話だった。遥か未来では、もっと環境に配慮した社会が実現されているのだろう。
「……でも、ゴミだったものが、こんなに綺麗になるなんて……」
 一度海に目をやり、彼女は再びシーグラスに目を落とした。
「千の波に揉まれて美しく、か……私もそうなるといいけど……」
 シーグラスを指で弄びながら、彼女は物憂げな表情を浮かべた。
「……アミカナは、もう綺麗だろ……」
 浜辺の開放感からか、彼は柄にもないことを呟いた。
「え? 何? 聞こえなかった。何て言ったの?」
 我に返った彼女は彼へと近寄る。
「……いや、別に……」
「ねえねえ、何て言ったの?」
 顔をそむける彼に、彼女はしつこく聞く。照れ隠しに、彼は芝居がかったセリフを口にした。
「俺は、二度は言わない主義なの!」
「……ふ~ん……素敵な主義ね……」
 一旦、つまらなそうに口を尖らせた彼女は、シーグラスを太陽にかざすと、やがて嬉しそうに微笑んだ。頬に緑色の影が落ちる。
 きっと聞こえてたな……彼は呟いた。
 一度息をついて、志音は忘却の時間に別れを告げた。遠くを見据える。
「これからどうする?」
「……そうね……」
 察した彼女はシーグラスを握りしめた。同じように遠くを見る。
「拠点がいるわ。誰にも邪魔されず、あなたが歌を思い出し、私が解読するための拠点」
「わかった。僕に考えがある。ちょっと付き合ってくれる?」
 覚悟を決めたような彼の言葉に、彼女は驚いて彼を見た。
「え、何? かっこいいじゃん」
 彼女に言われて、彼はふざけてみせた。
「え? 聞こえなかった。何て言った?」
「かっこいいね!」
 彼女は大声で叫んだ。はぐらかされると思っていた志音は面食らった。咄嗟にうまい返しができず、「ああ」と曖昧な返事をしながら頭を掻く。
 彼女は微笑んだ。
「私は、思ったことは口にする主義なの!」
 そういうと、彼女は海の方を振り返った。
「……言える事ならね……」
 その呟きは、波音に搔き消されて、志音の耳には届かなかった。
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