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断章
断章52:「じゃないわよ……」
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※これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本章第10話の二番目の「* * *」の部分に挿入される出来事になります。
<金曜日>
古びた旅館の廊下を幾重にも曲がって、二人はある階段の下に辿り着いた。
「多分、この階段だ」
志音が言う。この旅館の三階の踊り場から、標高二千メートルを超える□□富士が綺麗に見えるという情報を仕入れて、歌の解読の前に見てみようと言い出したのは志音だった。まあ、体調を崩す前に見ておきたいということだ。山には何の愛着もなかったが、旅館の造りには興味があったので、彼女は了承した。
先を行く志音が一歩一歩上る度に、ギシギシと木造の階段が音を立てる。
……あ、これマズイ……
アミカナは呟いた。アンドロイドである彼女の体重は、少なくとも志音の1.5倍はある。もっと軋むはずだ。
「ごめん、先行って。浴衣が歩きにくくて」
彼女は咄嗟に嘘をついた。太腿の辺りを触ってみせる。
「ああ」
答えてから、志音はちらりと彼女の袖や裾に目をやった。
「……結局、ボディスーツ、着なかったんだ……」
「ええ。この世界の文化に馴染んでみようと思って」
「ふ~ん」
そう言うと、志音はそのまま階段を上がっていった。
……え、何かないの?……いいね、とか……
彼女は口を尖らせた。
……せっかく着ないであげたのに……
気を取り直して、アミカナは手すりを掴んだ。なるべく質量を分散させないと。一歩踏み出そうとして、ふと、彼女はバランサの自己診断プログラムを走らせた。結果はオールグリーン。彼女は小さく首を傾げる。……何となく、頭がクラクラするような気がするけど……まあ、いいか。
手すりで体を支えながら、慎重に足を載せていく。それでも、板は軋む。思わず、噛み締めた歯を剥き出す。先を行く志音に聞かれないか気にかかる。
……こんなに軋むって、欠陥じゃないの?……
彼女がようやく目的の踊り場まで上ると、志音は既に木製の窓を開けようとしていた。太めの格子がたくさん入った巨大な窓であった。
「この窓、かったい!」
志音が力を込め、少しだけ窓が開いたその瞬間だった。窓が枠から外れて、外へと落ちた。志音は咄嗟に窓を支えたが、窓は志音ごと枠の外へと消えかけた。
危ない!
アミカナは飛び付こうとしたが、浴衣が足に巻き付いた。ブチブチと糸の切れる音がしたが、脚を前に踏み出すことはできず、そのまま前に倒れ込んだ。
クソ!
目の前に迫る踊り場の床に、彼女は思い切り左手を突いた。凄まじい音と共に体が前へと浮き上がる。伸ばした右手が、かろうじて志音の帯に届いた。渾身の力で掴む。それでも、志音は窓枠へと吸い込まれていく。アミカナは左手で乱暴に裾を捲り、窓枠下の壁に両足を開いて突っ張った。ようやく動きは止まった。
「うわぁ?!」
志音が声を上げる。帯を引っ張りながら、アミカナは上半身が窓から出てしまった志音に声を掛ける。
「志音、大丈夫?!」
彼は外れた窓を支え続けていた。
「重すぎる!! 手を貸して!!」
「ええ?!」
彼女は、彼の帯を下に引きつつ、彼の背中の上に身を乗り出した。左手で何とか窓を掴む。
「上げるわよ!」
「分かった!」
「せーのー!」
二人で引き上げた窓の下部が、窓枠に載った。ガタガタと窓を震わせて、上下をレールに嵌める。窓から重力を感じなくなって、二人はようやく窓の下に倒れ込んだ。
「何やってんの?!」
思わず声を荒げる。
「開けようとしたら落ちたんだよ!」
「分かるけど、窓を支えることないでしょ!」
「いや、落としたら壊れるだろ!」
「あなた、一緒に落ちかけたのよ!」
「……まあ、そうだけど……」
ようやく、二人は安堵の息をついた。窓下の壁に背をつけ、踊り場の天井を見上げる。
「……下、見た?……」
ふと、志音が聞く。
「見た」
アミカナが答える。窓の下の地面には、ガラスの破片が散乱していた。
「……みんな、開けようとして落としてるのね……」
志音はよく落とさなかったものだ。いや、彼一人だったらどうなっていたことか……。
急に、志音はアミカナを見た。
「ナイスアシスト!」
芝居がかったように親指を立てる。肩をすくめたアミカナは息をついた。
「……ナイスアシスト、じゃないわよ……」
見つめ合った二人の、どちらからともなく笑顔が零れた。柔らかな日差しが、静寂を取り戻した踊り場を照らす。
不意に志音は目をそらした。
「……はだけてる……」
そう言われて、彼女は初めて太腿が剥き出しになっていることに気付いた。
「……はだけてる、じゃないわよ……」
呆れたように息をつくと、ゆっくりと浴衣の裾を直す。
ふと床に目をやると、彼女の左手の跡がしっかり残っていた。
……あ、これマズイ……
苦笑しながら、彼女は呟いた。
<金曜日>
古びた旅館の廊下を幾重にも曲がって、二人はある階段の下に辿り着いた。
「多分、この階段だ」
志音が言う。この旅館の三階の踊り場から、標高二千メートルを超える□□富士が綺麗に見えるという情報を仕入れて、歌の解読の前に見てみようと言い出したのは志音だった。まあ、体調を崩す前に見ておきたいということだ。山には何の愛着もなかったが、旅館の造りには興味があったので、彼女は了承した。
先を行く志音が一歩一歩上る度に、ギシギシと木造の階段が音を立てる。
……あ、これマズイ……
アミカナは呟いた。アンドロイドである彼女の体重は、少なくとも志音の1.5倍はある。もっと軋むはずだ。
「ごめん、先行って。浴衣が歩きにくくて」
彼女は咄嗟に嘘をついた。太腿の辺りを触ってみせる。
「ああ」
答えてから、志音はちらりと彼女の袖や裾に目をやった。
「……結局、ボディスーツ、着なかったんだ……」
「ええ。この世界の文化に馴染んでみようと思って」
「ふ~ん」
そう言うと、志音はそのまま階段を上がっていった。
……え、何かないの?……いいね、とか……
彼女は口を尖らせた。
……せっかく着ないであげたのに……
気を取り直して、アミカナは手すりを掴んだ。なるべく質量を分散させないと。一歩踏み出そうとして、ふと、彼女はバランサの自己診断プログラムを走らせた。結果はオールグリーン。彼女は小さく首を傾げる。……何となく、頭がクラクラするような気がするけど……まあ、いいか。
手すりで体を支えながら、慎重に足を載せていく。それでも、板は軋む。思わず、噛み締めた歯を剥き出す。先を行く志音に聞かれないか気にかかる。
……こんなに軋むって、欠陥じゃないの?……
彼女がようやく目的の踊り場まで上ると、志音は既に木製の窓を開けようとしていた。太めの格子がたくさん入った巨大な窓であった。
「この窓、かったい!」
志音が力を込め、少しだけ窓が開いたその瞬間だった。窓が枠から外れて、外へと落ちた。志音は咄嗟に窓を支えたが、窓は志音ごと枠の外へと消えかけた。
危ない!
アミカナは飛び付こうとしたが、浴衣が足に巻き付いた。ブチブチと糸の切れる音がしたが、脚を前に踏み出すことはできず、そのまま前に倒れ込んだ。
クソ!
目の前に迫る踊り場の床に、彼女は思い切り左手を突いた。凄まじい音と共に体が前へと浮き上がる。伸ばした右手が、かろうじて志音の帯に届いた。渾身の力で掴む。それでも、志音は窓枠へと吸い込まれていく。アミカナは左手で乱暴に裾を捲り、窓枠下の壁に両足を開いて突っ張った。ようやく動きは止まった。
「うわぁ?!」
志音が声を上げる。帯を引っ張りながら、アミカナは上半身が窓から出てしまった志音に声を掛ける。
「志音、大丈夫?!」
彼は外れた窓を支え続けていた。
「重すぎる!! 手を貸して!!」
「ええ?!」
彼女は、彼の帯を下に引きつつ、彼の背中の上に身を乗り出した。左手で何とか窓を掴む。
「上げるわよ!」
「分かった!」
「せーのー!」
二人で引き上げた窓の下部が、窓枠に載った。ガタガタと窓を震わせて、上下をレールに嵌める。窓から重力を感じなくなって、二人はようやく窓の下に倒れ込んだ。
「何やってんの?!」
思わず声を荒げる。
「開けようとしたら落ちたんだよ!」
「分かるけど、窓を支えることないでしょ!」
「いや、落としたら壊れるだろ!」
「あなた、一緒に落ちかけたのよ!」
「……まあ、そうだけど……」
ようやく、二人は安堵の息をついた。窓下の壁に背をつけ、踊り場の天井を見上げる。
「……下、見た?……」
ふと、志音が聞く。
「見た」
アミカナが答える。窓の下の地面には、ガラスの破片が散乱していた。
「……みんな、開けようとして落としてるのね……」
志音はよく落とさなかったものだ。いや、彼一人だったらどうなっていたことか……。
急に、志音はアミカナを見た。
「ナイスアシスト!」
芝居がかったように親指を立てる。肩をすくめたアミカナは息をついた。
「……ナイスアシスト、じゃないわよ……」
見つめ合った二人の、どちらからともなく笑顔が零れた。柔らかな日差しが、静寂を取り戻した踊り場を照らす。
不意に志音は目をそらした。
「……はだけてる……」
そう言われて、彼女は初めて太腿が剥き出しになっていることに気付いた。
「……はだけてる、じゃないわよ……」
呆れたように息をつくと、ゆっくりと浴衣の裾を直す。
ふと床に目をやると、彼女の左手の跡がしっかり残っていた。
……あ、これマズイ……
苦笑しながら、彼女は呟いた。
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