もう、追いかけない

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
10 / 71

10

しおりを挟む





 「高貴な生まれの方なのですが、ご自身の地位に甘んじることなく、幼い頃からずっと努力を重ねていらしたと聞きます。文武両道で、剣の腕も素晴らしいのです」

 皇宮で開かれる御前試合を何度か見に行ったが、それは素晴らしい腕前だった。
 けれどそこに野蛮さなど微塵もなく、戦う姿も麗しく優美だった。
 女性を肩に担いで運ぶようなこの人とは全然違う。

 「感情に振り回されぬようご自身を律していらっしゃるせいで『冷徹』なんて言われているけれど、誰にでも平等で、頑張っている人にはちゃんと心を砕いて下さるんです。……本当はとても優しい方なの」

 今は、その優しさも何もかもが、ヤノシュ伯爵令嬢のものだけれども。

 「滅多にお会いできるような方ではないので、いつも遠くから眺めるだけでしたが、それでも言葉を交わす機会があると嬉しくて……せめてなにかお役に立てたならと、たくさんのことを学びました」

 男は腕を組み、黙ったまま私の告白を聞いていた。

 「側にいたい一心で、ずっと追いかけて……そんな願いが叶って一度は婚約を結ぶことになりました。夢を見ているようでした。だって、心から愛する方の元に嫁げるなんて、貴族に生まれた私にはありえないほどの奇跡ですもの。けれど、その方は私とは正反対の方に心変わりを──」

 そこまで言いかけた時、ゴキッと骨の鳴るような音がした。
 (何!?)
 音の出どころは明らかに目の前の男だ。
 男はさっきまで組んでいた腕を外し、ならず者が喧嘩前によくやるような、指の関節を鳴らす仕草をしている。
 そして背後には明らかに不機嫌なオーラが漂っている。
 今の話の中に、彼を不愉快にさせるところでもあったのだろうか。
 しかしこれは赤の他人の話。彼のことではない。
 私はとりあえず続けることにした。

 「お相手の方は、私とは正反対のとても可愛らしい方で……心変わりされてもしかた──」

 ゴキゴキッ!!

 (なんなの!?)
 もしかして物騒な見た目に反して中身は真面目な人なのだろうか。
 たとえ他人のこととはいえ、浮気は許せない?それとも浮気された経験があるとか?
 (とにかく心変わり云々についてはもう話すのをやめよう)
 気を取り直し、再び続ける。

 「私は、あの方に幸せになって欲しいのです。だから黙って身を引きました。けれどその直後に予期しない事が立て続けに起こりました」

 ヤノシュ伯爵令嬢からは友人なってくれと。
 また、エミル殿下からはヤノシュ伯爵令嬢の相談役になれと。
 そしてその両方を断ったら今度は殺されかけた。

 「今回命を狙われたことが無関係だとはどうしても思えません。ですから知りたいのです。これは私の命にも関わることです!それに──」

 私は宿から運び出された騎士や店主夫妻の遺体に目を向ける。

 「騎士と、店主夫妻の弔いをしなければ……それに騎士たちは帝都に家族がおります。私のために犠牲になった彼らの家族に、誠心誠意謝らなければなりません。そして手厚く葬ってやりたいのです。どうかお願いします。私を帝都まで連れて行ってください!」

 私は男に向かって深く頭を下げた。










しおりを挟む
感想 265

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...