もう、追いかけない

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 父上の側近であるマクシムは、帝都の一等地に屋敷を構え、家族と共に暮らしている。
 ラデクは、マクシムが皇宮を出て屋敷へ帰宅する途中を狙い、彼の乗る馬車を無事捕獲した。
 そのまま人通りの少ない路地まで連れてこさせ、停車した馬車の中に乗り込んだ。

 「やあ。久し振りだなマクシム」

 「エミル殿下!え?え!?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはまさにこのこと。
 こんなに驚くという事は、やはり偽物の正体に気付いていないのか……いや、可能性はもう一つある。
 それは、“ホンモノが生きていると思わなかった”だ。
 後者ならただではおかない。
 私は素早く剣を抜き、マクシムの首のすれすれの位置で止めた。

 「ひっっ!!」

 「マクシム。皇宮にいる私の偽物は誰だ」

 「に、偽物!?」

 「なんだ、その様子だと本当に気付いていなかったのか。良かったな。命が繋がって」 

 剣を鞘に収めると、マクシムは腰が抜けたように座席からずり落ちる。

 「残念だがあまりゆっくりしている暇はない。マクシム、長年父上の側にいたお前なら知っているだろう。父上はどこの誰と子をもうけた?そしてその時期はいつだ?」

 「エ、エミル殿下……?」

 「言っておくがお前に“答えない”という選択肢はないぞ。聞いたところによると、まだ幼い孫娘を大層可愛がっているそうじゃないか。嫁ぎ先もそれは良い家柄を用意してやりたいだろう」

 マクシムの表情はみるみるうちに青褪めていく。

 「お前も知っての通り、我がフェレンツ帝国の属国は、どれも皇家と強固な縁を結びたがっている。現皇帝陛下側近の孫娘とあれば、それは歓迎されるだろうな。例えば戦好きなドルーアとかな」

 まだ十代の王太子は、血を見るのが何より好きだというろくでもない男だ。
 戦場に出ては非道な行いをする息子に困り果て、父王は王太子をその座から降ろし、弟たちの中から新たに指名することも検討しているとか。
 問題の王子は王太子の座に居座るために、我が国の有力者と縁組を求め、何度も書簡を送ってきている。

 「私が戴冠する頃には孫娘もちょうどいい年齢になっていることだろう。あそこの王太子は私と違ってかなりの女好きだそうだから、きっとお前の孫娘も可愛がってくれるさ」

 「で、殿下!それだけは、それだけはどうかお止めください!」

 「なら言え。お前、あの偽物たちとグルなのか?」

 「ち、違います!殿下は記憶喪失になられたということで、違和感も致し方ないというのが私共の見解です。何より見た目がまったく同じなので、これまでずっと殿下だと信じて疑いませんでした!」

 「お前、無能な偽物をフェレンツ帝国の次期皇帝にするつもりか?」

 「そんなこと誓ってございません!次期皇帝は誰もがエミル殿下と認めております!」

 「ではもう一度聞く。父上はいつ、誰と関係を持った?」

 主の秘密をバラすことに罪悪感を感じたようだが、必要なことだと悟ったのだろう。
 マクシムは重い口を開いた。

 「皇后陛下のご懐妊中に、一度だけ手を出してしまった侍女がおりました……」

 「母上の懐妊中……あのクソ親父、性欲に負けたか」

 「ですが陛下はその侍女を皇妃にも、愛妾にも迎える気はないと……その、腹の子も自分の子と認めるつもりはないと告げ、皇宮から出て行くよう命じました」

 どこにでも転がっているような話とはいえ、それが自分の父親の話だと思うと…いや、父親でなくとも胸糞の悪い話だ。
 マクシムが言うには、決して皇宮に近寄らず、秘密を漏らさない事を条件に、侍女には一生楽して暮らせるだけのものを渡したそうだ。
 そしてご丁寧に、監視という名の乳母と護衛もつけて。
 マクシムが偽物だと疑わなかったのは、その護衛と乳母からは今も定期的に知らせが届いていたからだそうだ。
 恐らく、敵はその二人も引き込んだのだろう。
 
 「偽物はバラーク侯爵家から現れた。奴は何か動きを見せたか?」

 家名を耳にした途端、マクシムが目を見張った。

 「バラーク侯爵……そうか、それで!」

 「なんだ」

 「今水面下でヤノシュ伯爵令嬢をバラーク侯爵家の養女にするという話が出ております。何でもヤノシュ伯爵とバラーク侯爵は旧知の仲とか……ヤノシュ伯爵は多額の借金を抱えており、社交界での評判も良くはない。そこでバラーク侯爵がヤノシュ伯爵の借金を肩代わりし、娘を養女に迎えれば良いと……その……」

 「誰がそれを言ったんだ」

 「皇宮にいる……殿下の偽物デス……ハイ……」

 「おい、まさか臣下たちはそれを真に受けて動いてないだろうな!?」

 「今のところは大丈夫です。陛下が、殿下の記憶が戻るまでは動くなと止めておられます」

 「じゃあなんでルツィエルの事は止めなかったんだよ!」
 
 唐突に怒りが込み上げた私は、マクシムのクラヴァットを掴んで引き上げた。

 「ぐふぅっ!!」

 「殿下、息の根を止めると屋敷に戻す時に我々が苦労しますのでお止めください」

 馬車の外からラデクが止めるがそうはいかない。

 「ルツィエルの事だって安易に動くなと諭すのがお前らの役割だろうが!!あぁ!?」

 「ルツィエル様の事については、本当にぐぅっ!我々も寝耳に水、だったんでぐふぅぅう!!」

 「どういう事だ!」

 「ま、まずはこの手を……!!」

 仕方なく放してやると、マクシムはしばらく咳き込んだあと、その時の状況を語り始めた。
 

 



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