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しおりを挟む私は耳を疑った。
殿下とユスティーナ嬢には、おそらく十歳ほどの年の差がある。
皇太子妃を選出するにあたり、家格に関してはなんの問題もないとはいえ、あんなに幼い我が子を殿下の婚約者に据えるなどと……いや、手段を選ばないプラーシル公爵らしいといえば、そうなのだろうが。
『父上、悪い冗談はやめてください。プラーシル公爵、ユスティーナ嬢は今何歳だ?』
『先日四歳になったばかりです』
『私とは十歳も離れているじゃないか。まだ幼い我が子を差し出すなんて、君も嫌だろう』
しかしこれにプラーシル公爵は、わざとらしく目を丸めた。
『まさか。こんな光栄なお話、嫌だなどと思うはずがありません。それに年の差などは、成人してしまえばさほど気にならないでしょう』
予想以上に前のめりな答えだった。
しかもそれは公爵だけではない。陛下もだ。
『お前も先日の園遊会で、ユスティーナ嬢を可愛がっていたではないか。あれには私も驚いたぞ』
『あの時は、ユスティーナ嬢が私の宮に迷い込んだのを保護しただけです。とにかく、私はまだ誰とも婚約する気はありませんので』
そう言うと、殿下は颯爽と踵を返した。
『おいミロシュ!待ちなさい!』
陛下が呼び止める声に、殿下は振り返りもしなかった。
謁見の間を出た殿下は、乱暴な足取りで回廊を進んでいく。
『あのクソ親父……!』
不機嫌を露わにする殿下の姿に、すれ違う者たちは怯えながら道を開けた。
『殿下、きっと陛下もなにかお考えがあるに違いありません』
とにかく一旦落ち着かせようと声をかけたのだが、それがいけなかった。
『お前、そんなこと本気で言ってるのか!?』
(まずい)
今しがた搭載されたばかりの燃料に、思い切り火をつけてしまった気がした。
『鉱山だ』
『は?』
『お前も見ただろう。園遊会にきていたプラーシルの妻を』
『あぁ……随分とお若い方でしたね』
どこか怯えたような表情が印象的だったプラーシル夫人。
もしも娘だと紹介されても、まったく疑問に思わなかっただろう。
『プラーシル夫人は、片田舎に領地を持つ末端貴族の娘だ。取り立てて裕福なわけでもなかったが、五年ほど前に、希少な石の採れる鉱山が見つかった』
殿下によると、公爵はそれまで寄り添った妻をあっさりと捨て、いつの間にか現夫人を迎えていたのだという。
そして鉱石の取り引きを名目に、近隣諸国と繋がりを持った。
『大方その鉱山の採掘権か……もしくは鉱山そのものを父上に差し出す代わりに、娘を皇太子の婚約者にと迫ったのだろう。五年あれば随分と蓄えもできただろうし、娘を皇太子妃にできるのなら、鉱山など安いものだ』
『ではこのお話は……』
『受けるはずがない』
殿下は、貴族派を率いるプラーシル公爵が、外戚として大きな顔で皇宮内を闊歩するような事態は避けたいのだ。
しかもプラーシル公爵には、前妻との間にもうけた二人の息子がいるという。
だがしかし、そうなるとユスティーナ嬢の将来は──
『……殿下はそれでよろしいのですか?』
『何がだ』
『いえ、その……』
ユスティーナ嬢と過ごした僅かな時間に、殿下が見せた表情が脳裏を過る。
──もしかしたらあの少女は、殿下にとって必要な存在なのでは
現時点でそれを確信するには判断材料が足りなすぎる。
けれど、あの少女が殿下の琴線に触れたことだけは確かだ。
いきなり婚約は行き過ぎだが、なんとかして良い関係を築けないものだろうか。
しかし殿下は、かけるべき言葉を模索する私を引き離すように、さっさと先に行ってしまった。
それから殿下は変わった。
これまで避けていた貴族の令嬢たちと、積極的に交流の場を持つようになったのだ。
時には恋の真似事まで。
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