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広大な敷地に建つ、格式高いコートニー侯爵家の領地館が見えてきて、ようやく胸を撫で下ろすことができた。
宿場を出たあと、私たちは黒装束の集団に護衛されながら、必死で領地へと馬を走らせた。
もちろんその途中でも、帝都に帰らせてくれと抗議を試みたのだが、誰も聞いてくれないどころか目も合わせてくれない。
我がコートニー侯爵家に忠誠を誓った騎士たちが、そこまでするのにはよほどの理由があるのだろう。
そのうちのひとつは間違いなく、私の命を守らなければならないということ。
冷静になって考えると、私のわがままで騎士たちを再び危険な目にあわせるのは本意ではない。
だからそれ以上何も言えず、諦めるしかなかった。
やがて空は白みはじめ、太陽が頭上まで昇った頃。
遠目に見えたのは馬に乗った一団。
それは早馬で知らせを受けた、領地に配属されている侯爵家の騎士たちだった。
その後、無事彼らと合流するのを見届けた黒装束の男たちは、何も言わずにきた道を戻っていったのだった。
「お帰りなさいませ、ルツィエルお嬢様!」
コートニー領主館に着くと、この館を長年取り仕切ってくれている執事のヨゼフと、大勢の使用人が出迎えてくれた。
見ると皆一様に顔色が悪い。
おそらく黒装束の男の部下から、私たちが宿場で遭遇した事件の詳細が伝えられたのだろう。
「久しぶりね、ヨゼフ。急だったけどよろしくね」
ヨゼフは着の身着のままで辿り着いた私たちを見るなり目を潤ませた。
「湯殿の準備ができております。どうぞこちらへ」
私は帝都からついてきてくれた騎士たちに、十分休息を取るよう言ってその場を離れた。
*
浴槽に身体をつけると、ちょうどいい湯加減に思わず幸せなため息が漏れる。
たった一夜のことなのに、まるで随分長い出来事のように思えた。
ずっと気が張っていたせいか、酷い疲労感だ。
「……これから、どうしよう」
自分がなぜ狙われたのかも知らぬまま、ただここで守られているだけしかないのだろうか。
それも、いつまで?
(お父さまならなにか知っているだろうか)
けれど、知っていたなら私が領地へ行くことに反対したはずだ。
黒装束の男は、店主夫妻を弔い、亡くなった騎士たちを父のもとへ連れて行ってくれただろうか。
今回の件を知った父がなにか情報を掴むとしても、それはこれから先のこと。
──あの黒装束の男は、すべてを知っているのだろうか
心臓を貫かれた暗殺者の姿が脳裏に浮かぶ。
エミル殿下のために、そして自分のために、なにかできることがあるかもしれないと思っていたが、それは思い上がりだったのかもしれない。
もしまた同じ状況になれば、今度こそ命の保証はない。
これは、神の啓示だろうか。
こうなってくると、エミル殿下の事は綺麗さっぱり忘れて、田舎でひっそり暮らせと言われているようでならない。
けれど、そんな気には到底なれなかった。
(せめてエミル殿下に記憶があれば良かったのに……)
その上でヤノシュ伯爵令嬢に心を奪われたのだとはっきり告げてくれれば、苦しみはしただろうが、こんなに未練が残ることもなかった。
情けないけれどまだ私は、エミル殿下の記憶が戻ったら状況が変わるかもしれないと、心のどこかで希望を持っている。
もはや執着のようなしつこさに、私自身苦笑するしかない。
叶わぬ想いに身を焦がして生きるより、穏やかな愛に包まれて生きる道を選んだほうがずっといい。
それくらい、私にだってわかる。
もちろん、こんな私を愛してくれる人がいればの話だが。
片時も忘れたことのない、愛する人の美しい姿が脳裏に浮かび、胸が潰れそうなほどに痛む。
愛してもいない私と結婚するより、本当に想い合った相手と添い遂げる方がエミル殿下も幸せだ。
いい加減もう諦めなければ。
さようなら、エミル殿下。
ルツィエルは殿下と出会ってから十四年、ずっとずっと幸せでした。
どうか、ユーリア様とお幸せに。
眦から涙が溢れ、湯の中へこぼれ落ちていく。
私は両腕で身体を強く抱き、エミル殿下への恋心に別れを告げようと、自分に言い聞かせた。
入浴後、私は帝都の父に願いを伝えるべく筆を執った。
今回の暗殺未遂の件に関して、どうするかの判断は、すべて父に任せることにした。
私が下手に首を突っ込むより、父の方が冷静に対処してくれるはずだ。
そしてもしできるなら、あの黒装束の集団の正体を探って欲しいと記した。
特にリーダーと思われる男。
思い出すとまだ若干腹立たしい気持ちにはなるが、彼は命の恩人だ。
あの時は頭に血が上っていたせいで伝えられなかったが、できることなら会ってお礼を言いたかった。
どこの派閥に属する者かはわからないが、私を助けたということは、敵ではないはず。
今後、どこかで顔を合わす機会があるかもしれない。
(どうか、すべてがいい方向に向かいますように)
私はそう祈りながら、封蝋を落とした。
しかし、手紙を受け取った父がどんな気持ちでそれを読んでいたかなんて、この時の私は自分の事で精一杯で、なにも考えられなかった。
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