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しおりを挟む「その気持ちを一度でも相手の男に伝えたことはあるのか」
「……ないわ」
自分の気持ちなんて言える立場じゃない。
そもそも、婚約者に選ばれたことだって、奇跡のような幸運だったのだ。
不満など口にしては罰が当たる。
それに──
(エミル殿下の寵を望むだけの、うっとうしい女だと思われたくない)
「お前が自分の気持ちを伝えられなかったように、相手もまた同じだったのかもしれないとは思わないのか」
「エミル殿下が?そんな、まさか……」
「皇太子が、十も年の離れたお前を娶ろうとしたのはなぜなのか、聞いたことは?彼は二十八だ。もっと年齢の合う令嬢など、山ほどいただろうに」
確かにそれは不思議だった。
国内外問わず、エミル殿下のもとには毎日山のように縁談が届いていたことも知っている。
けれど忙しい方だし、きっと色んなタイミングが合わなかっただけだろうと思っていた。
「お前が成長するのを根気強く待っていたのだとは思わないのか。それに今回の事件で、いっとき皇太子は瀕死の状態だったのだ。それなのに必死で皇宮に戻ってきたのは、お前に再び会うためだったのではないのか」
「そんな夢のような話、あるわけないじゃない」
「なぜ決めつける。人の心でも読めるのか?」
「読めないわ。でもエミル殿下は私のことなんてなんとも思ってなんか──っ!」
言いながら、くしゃくしゃと歪んでいく表情を止められなかった。
彼の言うことは間違っていない。
殿下の本当の気持ちは本人に聞かなければなにもわからない。
(でも、できないのよ……!)
殿下の気持ちを知りたいのに、聞く勇気が持てない。
あの紫の瞳に見つめられると、愛しさに心が震え、なにも言えなくなってしまうのだ。
万が一勇気を出せたとしても、望んだ答えが得られなかった時、きっと立ち直れないほどの絶望に襲われる。
殿下は優しいから、私が傷つかないよう本音の部分はうまくぼかして、やんわりと諭して下さるだろう。
けれど自分の心をごまかして、切なさも惨めさも飲み込んで、私が得られる幸せとはいったいなんだろう?
「勇気を出さなければ、なにも変わらないことはわかってるの。でも、殿下の前に出るとどうしてもうまく喋れなくなってしまうの」
出会ったばかりの頃はそんなことなかったのに、会うたびに恥ずかしさが増して、喉が震えてうまく声が出なくなっていった。
本当はもっとたくさんお喋りをしてみたかったのに。
「勉強ばかりしていたから、他の令嬢みたいに気の利いた会話もできないかもしれない。殿下がそんな私を知ったらきっとがっかりされる。それが怖かった」
「お前がこれまで勉学に励んできたのは皇太子のためだろう。それなのに話がつまらないだとかいうくだらない理由で嫌うなどと……お前が惚れたのはその程度の男なのか?」
「……違うわ。エミル殿下はそんな方じゃない」
「それならどうするのだ?」
「どうするって……今はなにも……」
「また諦めるのか?」
「だってこんな非常事態に、私のことでご迷惑をかけるわけにはいかないわ」
「迷惑じゃないと言ったら?」
「え……なに……?」
「私は迷惑じゃないと言ったんだ、ルツィエル」
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