もう、追いかけない

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 老いも若きも男も女も、様々な手を使って私に近づいてきた。
 懐に入り込もうと長い年月をかけて信頼関係を築き、油断したところを襲おうとした者もいたし、出会い頭に斬りつけてきた者もいる。
 想像もつかないところに毒を仕込まれて寝込んだことも数知れず。
 どれも厄介だったが、個人的な感想を述べれば貞操を狙われるよりも命を狙われるほうが楽だった。
 相手が皇太子の暗殺目的なら正当防衛としてすぐさま切り捨てることができるからだ。
 問題は、成長するごとに数を増していった色仕掛けで近づいてくる者たちだ。
 桑の実女の件もそうだが、僅かな隙を狙って私に迫れる距離にいる女というのは、出自がそれなりの者ばかり。
 しかもそのほとんどが、皇族のお手付きを狙った親からうまくやるよう発破をかけられて送り出されている。
 そういった女たちはなまじ身分が高いだけに、扱いには注意が必要だった。
 いくら皇太子への不敬が理由でも、大臣クラスの娘を手にかけようものなら猛反発は必至。最悪大規模な反乱が起きる。
 しかも年を重ねるごとに、女たちの猛攻を諫めるどころか『殿下もお年頃だから』と、余計な世話を焼こうとするジジイどもの存在もあり……人格のねじれは加速の一途をたどった。
 いっそ侍女やメイドをすべて排除して周囲を男ばかりで固めようかと思ったが、それはそれであらぬ誤解を生むし男くさくて暑苦しい。
 ルツィエルに出会ってからは、彼女に誤解されることだけは避けたいと思うようになった。
 私に向けてくれるあの純粋な目を曇らせるようなことだけはしたくないと。
 今思えばそれからだ。私の妖精擬態計画が完全に発動したのは。
 とにかくルツィエルにさえバレなければいい。
 ルツィエル以外はどうでもいい。
 時にはラデクたちに色々と工作させて、なんとかここまで妖精としての体を保ってこれたが、それももう限界だ。
 他の誰でもない、ルツィエルが知りたいと言っているのだから。
 私はこれまでのあれこれを、思い出せる限りルツィエルに打ち明けた。
 喋っていて気づいたが、自分でも恐ろしいほど声に抑揚がない。
 どれもこれも葬り去ってしまいたい苦い思い出ばかりだからだろう。
 ルツィエルは、いつものように真っすぐな目で私を見つめながら、黙って聞いていた。

 「君以外のことはどうでもよかった。だからそのように振る舞ってきた。けれどそれは決して我慢とかそういう類のものじゃない。そう……いわば君に愛されるための努力だった。君だって私のためにいつも努力してくれていただろう?」

 「けれど私は、私といるための努力なんてしてほしくはありません。殿下は殿下のままでいてほしいのです」

 「それは私も一緒だよ。私もルツィエルにはルツィエルらしくいてほしい」

 「では殿下、これからはもう本当のご自分を隠さないと約束していただけますか?」

 思えばいつも、幼い頃の姿を重ねて見ていたような気がする。
 だがルツィエルはもう子供じゃない。
 妖精を欲しがるような年ではないのだ。
 どうしてこの年までそれに気づくことができなかったのか。
 まったく、恋とは恐ろしい。
 人の知能をこれでもかと低下させる。
 
 「ルツィエル、君は本当にそれを……妖精ではないただの私を望むの?私がどんな男でも?」

 ルツィエルの後ろで、目を見開き高速で首を横に振るラデクが見える。
 頷けば、この後は大変な騒ぎになると思ってるんだろう。それはそれはたいへんな事に。
 私もそう思う。
 加えてそれがルツィエルの望みなら、例えラデクだって止められやしない。
 (妖精生活も悪くはなかったが……これでお別れだな)
 なんだか感慨深い。
 それと同時にこれまでひた隠してきたドロドロとした欲が、身の内からゆっくりとせり上がってくるようだった。
 けれどまだだ。まだ。
 私はルツィエルに向かって誘うように甘く甘く微笑んだ。
 そしてルツィエルは応えた。

 「はい。どうか私に、本当のエミル殿下を教えてください」

 (よし……!)
 思うより先に手が動いていた。
 ルツィエルの後頭部を支え、唇を重ねた。

 「んぅ──!」

 突然唇を塞がれたルツィエルが、喉の奥から驚いたような声を出す。
 チラリと後ろを盗み見ると、断末魔の叫びを上げるような形相のラデクが。
 『出て行け』といっても素直には出ていかないだろうから、実力行使だ。
 唇を繋げたまま、華奢で柔らかな身体を抱き上げる。
 するとまだこういうことに慣れないからだろう、ルツィエルはぎゅっと目を閉じて、ガチガチに固まっている。
 可愛くてたまらない。
 そして心から思う。
 
 今日まで貞操を守り抜いてきて本当に良かった──と。

 良い歳した男がまるで乙女のようだと笑いたければ笑え。
 なにもかもが初めてだからこそ、ルツィエルと歩む一歩一歩に打ち震えるほどの喜びを感じることができるのだ。
 唇を離すと頬を染めたルツィエルが困惑した表情で見上げてきた。

 「あの……殿下……?」

 「どんな私でも好きでいてくれるのだろう?」

 「は、はい」

 「だからもう色々と取り繕うのも、我慢するのもやめるよ」

 ルツィエルを抱えたまま身体の向きを変えた私を、後ろからラデクが呼び止める

 「殿下!なりませぬ!!」

 「言っただろ。ルツィエルが望まないことは、しない」

 それでもまだなにか言いたげだったが、無視して歩を進めた。
 行き先が寝室だとわかったのか、ルツィエルの身体がほんの少し強張った。
 怖がらせるのは本意ではない。
 私は彼女を寝台に上に寝かせるのではなく、座らせるように下ろした。
 大きな青い瞳がぱちくりとしている。
 私は向き合うようにして座った。

 「正直に言うと、黒装束の姿の時の私が一番素に近い」

 「やっぱり、そうなのですね」

 「ああ。さっき話したように、幼少時から散々な目に遭ったせいで性格が捻れた……というより他人を慮ることをしなくなった。だがある日、周囲も恐れるほど冷徹だった私に、妖精になる魔法をかけた子がいた。まだ五歳だった君だ」

 今思えば不思議な出会いだった。
 貴族の立ち入りが許されている庭園なんて、普段なら絶対に行かない場所だ。
 なのにあの日はなぜなのか、ふと立ち寄ってみようかという気になった。
 散策しようなんて気があったわけじゃない。
 ただ導かれるようにして進んだ先に、自分の人生を変える出会いがあった。

 「君は私が無理をしていると思っているようだが、私は思いのほか今の自分を気に入っている。それに、君以外の前では通常運転だから」

 「そうなのですか?では皆さん本当の殿下を知ってらして……その、それは私の父もでしょうか」

 「ああ。正直に打ち明ければ、コートニー侯爵はありのままの私をよく知っている。だからこそ、必死で君を私から遠ざけようとしていたんだ。今は猫をかぶっていても、いつか本性をあらわして、君につらい思いをさせないか心配だったんだろうね」

 実の父親が反対していたと聞き、ショックを受けただろうか。
 まさか、気持ちが変わったなどと言い出さないだろうかと肝を冷やしたが、意外にもルツィエルは冷静だった。

 「父は私をとても愛していますから……では殿下は反対する父をずっと説得し続けてくださったのですか?」

 説得というか、小競り合いの繰り返しと言ったほうが正しいような気がしなくもない。
 だが大きなくくりで考えれば、あれも説得し続けたということになるのだろう。多分。

 「君を愛するコートニー侯爵の気持ちを考えればこそ、快く君を嫁がせて貰えるように努力しなければと思った。これは本心だ」

 言い終わるや否や、ルツィエルの瞳から大粒の涙がこぼれる。

 「ルツィエル!?」

 「父がご迷惑をかけて申しわけありません……でも私、嬉しくて」

 「嬉しい?」

 「殿下が私との未来のために、そんなにも努力してくださっていたなんて知りませんでした。私はこれまでずっと、自分ばかりが殿下を追いかけているのだと思っていたから」

 「そうか……君から見た私たちの関係は、そうだったんだろうな」

 思えば私もずるかった。
 ルツィエルの気持ちに気づいていたから、余裕を持って彼女の成長を待っているだけだった。
 私はルツィエルの頬を包むように手を添えた。

 「もう追いかけなくていい。いや、最初から追いかける必要なんてなかった。初めて会ったあの日から、私は君のものだったから。それをもっと早く伝えてやれなくてすまなかった。これからはなんでも、何度でも話し合おう。私たちには今夜から、いくらでも時間がある」

 「今夜から……」

 呟いたルツィエルの顔が真っ赤に染まる。
 そういえばここはベッドの上だった。
 おもむろにルツィエルを抱き寄せると、腕の中から見上げてくる。

 「あの……殿下」

 「大丈夫、君が望まないことは決してしないから安心して。ここに連れてきたのは、あっちだと周りが聞き耳立てていて鬱陶しいから。まあ、少し下心はあったけどね」

 正直に言えば、心のままに結ばれてしまいたいと思うし、優しく組み敷いて思い切り啼かせてみたいとも思う。
 けれど、たった一度しかない初めての瞬間を、お互いのことを十分にわかり合えないまま迎えるのはもったいない気もする。
 しかし、理性的であろうとする私とルツィエルの意見は、どうやらぱっくりと割れていたようだ。

 「……私は……もっと、殿下を知りたいです……」

 「は?」

 消え入りそうなほど小さな声で発した後、ルツィエルは恥ずかしそうに俯いた。
 今なんて?なんて言った?もっと私を知りたいって?
 
 「ルツィエル。それは、どういう──」

 「殿下」

 「うわっ」

 いきなり顔を上げたルツィエルに驚き、体勢を崩した私は後ろに肘をついた。
 
 「コートニー侯爵領で過ごした夜、殿下はおっしゃいました。その……私とひとつになりたいと」

 「ああ、確かに言ったが──」

 ずずい、とルツィエルが身を乗り出した。
 
 「私も同じ気持ちです」

 「えぇっ!?」

 同じ気持ち……同じ気持ちってそれはつまり、私に抱かれたいということなのか?

 「殿下とひとつになれたら私、きっともう二度と不安にならない……どんなことにでも強く立ち向かえる気がするのです」

 ルツィエルの表情は、決意というよりどこか切羽詰まっているように見える。
 彼女の心を抉った傷は、未だ完全には癒えていないのだろう。
 ただ安心するために行為に及ぼうとしているなら、やめたほうがいい。
 こういうことはきっと、ただひたすらに幸せを享受するだけの時間であるべきだから。
 
 「君の気持ちはとても嬉しいよ。でもね──んぅ!」

 ルツィエルの両手が私の頬を挟み込み、唇が重なった。
 その瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃が身体を駆け巡る。
 (え!?え!?え!?)
 頭の中が疑問符だらけだ。
 あのルツィエルが……恥ずかしがっていつも遠巻きに私を見ていたルツィエルがこんな大胆な行動に出るなんて。
 
 「ル、ルツィエル。ちょっと落ちついて!」

 「お嫌ですか?」

 拒否されたと思ったのだろうか。
 ルツィエルの瞳が切なく潤んでいたので、即座に否定した。
 
 「お嫌なわけありません!!」

 なぜか敬語になってしまったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 『焦る必要はないから』と、そう声をかけようとした時だった。
 ルツィエルの手が、私のシャツのボタンを外し始めたのだ。
 
 「……お手伝いしますね」

 お、お手伝いとは──お手伝いとは!!

 「ル、ルツィエル待ちなさい!嬉しいけど待っ……キャ────っ!」

 
 後に判明したことだが、この時のエミルの叫びは、彼の両親の宮殿まで届いていたそうだ。
 聞こえてきたのがエミルの声だったので、控えていたラデクたちは混乱を極めたという。
 

 

 


 
 
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