24 / 32
23
しおりを挟む時は少し遡る。
ディオンがマリを連れて立ち去ったあと、アルベールはサラの手をしっかりと握り締め、自身の宮殿へと向かった。
茶の支度も忘れ、人払いをするアルベールに、いつもの余裕は欠片もなかった。
「サラ、今日までなにも説明できずにすまなかった」
急いで駆けつけてくれたのは素直に嬉しかったが、どんなに忙しくても手紙のひとつくらい書けただろうにと、恨み言のひとつも言いたくなる。
そんな不満と不信感のような感情が顔に出ていたのか、アルベールは苦しそうに眉間に皺を寄せた。
「なぜ知らせひとつよこさないのか──薄情な男だと思っただろう。今となっては言い訳にしかならないが、マリが現れた当初は大きな混乱が起きていて、対処に忙しくて連絡できなかったのは本当だ。しかもその後、王宮内の情報が外に漏れ出した。しかも誤った情報がね」
何者かによって王宮内の誤情報が流され始め、あたかもそれが真実のように国民が信じ込まされている。
しかし、犯人を突き止めたくても尻尾が掴めない。
そんな中、どう言葉を取り繕ったところで信用などしてもらえないだろうと思ったアルベールは、サラに直接会えるタイミングを見計らっていたそうだ。
「しかし肝心な時になるといつも邪魔が入って……父上や重臣たちは目先の利益……マリの持つ知識に目が眩んでいて、彼女の肩ばかり持つ。情けないが、王太子といえど身動きが取れなくてね。だから今日君が来てくれて本当に良かった。サラ……」
アルベールの手が伸び、サラの頬を包んだ。
もう片方の腕が腰に回り、言葉を紡ぐ間もなく唇を塞がれた。
余裕のない性急なキスから、アルベールの煩悶がどれほどのものだったかがうかがえる。
うまく息を継げないサラのためか、アルベールは熱を抱えたままの唇を一旦離した。
そしてサラの瞳を見つめ、親指の腹で優しく唇をなぞった。
「……アルベール様を信じて待つことができませんでした……ごめんなさい」
「どうして謝るの。サラは何も悪くない。それに、君が来てくれたからこそ、こうして会うことができた」
「でも──」
言いかけたサラの唇をアルベールの人差し指が止めた。
「サラのすることを迷惑だなんて思わない。絶対に」
「アルベール様……」
「サラ、君は私に怒っていい」
怒るなんてできない。
だって、アルベールは何も悪いことをしていない。
王太子として、自分の責務を果たしていただけだということは、頭の中ではちゃんとわかっている。
けれど、心は違う。
サラは頬に触れるアルベールの手を取り、胸の前で握り締めた。
「……会えなくて不安でした……」
素直な気持ちを口にするのは勇気がいる。
サラは唇を震わせながら言葉を紡いだ。
「市井で囁かれる噂も耳にしました。信じていたけれど……アルベール様が心変わりをしてしまったのではないかって、私──」
不安だった日々が、前世の辛い経験と相まって思い出され、サラの眦から涙が伝い落ちた。
1,133
あなたにおすすめの小説
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
過去に戻った筈の王
基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。
婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。
しかし、甘い恋人の時間は終わる。
子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。
彼女だったなら、こうはならなかった。
婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。
後悔の日々だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる