17 / 43
16
しおりを挟む噂には聞いていたが、聞くのと見るのとでは大違いだ。
巨大な宮殿は、その細部に至るまで精緻な意匠が施され、さながら芸術品のようだった。
祖国を卑下するわけではないが、これに比べたらエドナの城は粗野な砦のようなもの。
大理石の美しい列柱が立ち並ぶ回廊を歩きながら、セシルはロートスとの差を目の当たりにし、富の力のなせる業に圧倒された。
謁見の間に到着したセシルを待っていたのはロートス国王とその重臣たち。
「遠路はるばるよく来てくれた」
労いの言葉とは裏腹な、不躾な視線。
ロートス国王は、頭の天辺から足の爪先まで、値踏みするようにセシルを見たあと、ふっと小さな笑いを漏らした。
嫌な感じだった。
やはりこの国は、国王は、エドナを見下している。
子ども心にそう感じた。
これから婚約するのはこの男の娘だ。
どんな高飛車で嫌な女が出てくるのかと思ったが、しばらくして現れた王女の姿にセシルは度肝を抜かれた。
美しく儚げな容姿は、この世のものとは思えなかった。
エドナの女は皆日に焼け、性格は男勝りで逞しい。
だがこの人はなんだ。
いや、そもそも人か?
自分の知っている女とはまるで違う。
セシルの顔面は硬直し、脳内は混乱を極めた。
「セシル殿下、シャロンと申します。どうぞ仲良くしてくださいませ」
微笑む彼女は声までもが美しい。
何か返さなければならないのに、言葉が出てこない。
「あの、セシル殿下……?」
シャロンは、黙り込むセシルの顔を気遣うように覗き込む。
これがいけなかった。
そのあまりの可愛らしさに、セシルの思春期が暴発したのだ。
突如口を真一文字に引き結び、思いっきり横を向いたセシルに呆気に取られるシャロン。
その様子を見ていたロートス国王は愉快そうに笑った。
「ははは、気に入ってくれたかな?まあ、うまくやってくれ」
自分の気持ちを見透かされているようで、恥ずかしいような腹立たしいような複雑な気持ちだった。
こうしてシャロンとの初対面は、終始無言のまま終わってしまった。
帰路につく間中、セシルの頭の中はシャロンの事でいっぱいだった。
ぼうっとしては赤面し、赤面しては奇声を上げる。
御者たちはそんなセシルを生温い目で見守った。
(どうしよう)
あんなに美しい人が自分の妻になるのだ。
そう思うと、誇らしい気持ちが湧いてくる。
不自由な生活はさせたくない。
だが、いったい自分は彼女に何をしてあげられるだろう。
四歳年上の彼女はセシルよりも背が高く、聡明な印象を受けた。
セシルは自分のひょろひょろとした枝のような腕を見て落胆する。
(これでは彼女を守れない)
あんなに美しい人だ。
いつか彼女を奪おうとする者が現れるかもしれない。
その時、こんな身体では彼女を守ることなどできやしない。
エドナに戻ったセシルはすぐさま父王の元に向かい、この国で一番強い男に弟子入りすると告げた。
その日からセシルは、一日たりとも休まず鍛錬を続けた。
厳しい指導も何とも思わなかった。
それほどに恋をしていたのだ。
130
あなたにおすすめの小説
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる