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しおりを挟む目を覚ましたアルウェンの目に映ったのは、横で健やかな寝息を立てる上半身裸の男。
いや、訂正しよう。
正しくは『上半身裸の物凄く美しい男』だ。
いつも早起きのサリオンは、アルウェンが目覚める前に支度を終えていることがほとんどで、寝顔を見るのはこれが初めてだった。
(なんて綺麗なの)
カーテンの隙間から漏れる光を受けて、銀色の髪がキラキラと輝いている。
思わず手を伸ばし、そっと触れると、絹糸のようにツルツルとした手触りが気持ちいい。
(そういえば私……昨夜は自分の部屋で眠ったはずだけど……)
アルウェンは昔から、寝入り端の記憶がないのが常だった。
だが昨夜に関しては、深夜になって殿下が寝床にきて、アルウェンに対し不平不満を口にしていたのはなんとなく覚えている。
あとは、優しく頭を撫でる大きな手も。
よくわからないが、自分がここに寝ているということは、怒らせたわけではないのだろう。
(殿下の今日の予定はどうなっているのだろう)
アルウェンは名残惜しさを抑え、サリオンを起こさないように静かに寝台を降り、そのまま部屋を出た。
隣室では、すっかり日常となった二人でとる朝食の準備の真っ最中だった。
「アルウェン様?今日はお早いですね」
「おはようアルマ。殿下は昨夜とても遅かったから、もう少し寝かせてあげたいのだけれど……時間は大丈夫かしら」
「かしこまりました。すぐ侍従に確認させます」
「ありがとう」
アルマを見送ったアルウェンは、別の侍女に手伝ってもらい、朝の支度を済ませた。
その後、サリオンに許されたギリギリの時間まで待ったが、一向に起きてくる気配がない。
アルウェンが忍び足で様子を見に行くと、サリオンはまだ眠っているようだった。
仰向けになり、薄く口を開けた無防備な寝顔は、いつもの凛々しさが鳴りを潜め、なんだかとても可愛らしい。
もう少し寝かせてあげたいが、仕方ない。
「殿下、そろそろ起きてください」
側に寄り、覗き込むようにして声をかけると、しばらくして薄く目が開いた。
「お目覚めですか?朝食の準備ができてますよ」
まだ夢現の境目にいるのか、サリオンはぼんやりしたままだ。
首を傾けたアルウェンの金の髪が、肩からするりと滑り落ちた。
すると彷徨うように伸びた手が、アルウェンの髪を一房握り、口づけた。
「ひぇっ……」
驚きのあまり変な声が出た。
「なんだ……ヒキガエルか……」
「ひ、ヒキガエル!?」
「違った。なんだ、おまえか」
真顔で言うから本当にヒキガエルと間違えたのかと思い、アルウェンは頭に血がのぼった。
「ヒキガエルよりは可愛いです!!」
「確かに」
「うぇっ!?」
いきなり手首を掴まれたかと思ったら、そのまま力任せに引かれた。
バランスを崩したアルウェンは、裸の胸の上に倒れ込んだ。
すべすべした滑らかな肌が頬に触れ、痛いくらい心臓が跳ねる。
慌てて起き上がろうとしたアルウェンを逞しい腕ががっちりと抱え込んだ。
「で、殿下!ちょっと──」
「まだ眠い……もう少し寝かせろ……」
そうだった──アルウェンは抵抗するのをやめた。
「……すみません、寝不足も私のせいですよね。お茶会のために時間を使わせてしまったから……」
「……おまえの家族をこの目で見たかっただけだ。だから気にするな」
忙しい合間を縫って見たのがアレではさぞかし落胆したことだろう。
アルウェンは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「グラフトン公爵家との養子縁組についてだが……もしかしたら横槍が入るかもしれない」
「それは私も考えていました」
シャトレ侯爵家の娘だからこそ皇太子妃に選ばれたのだ。
それなのに嫁いで早々他家と養子縁組を結ぶなんて前代未聞の事態。
この機を逃すサウラ妃ではないだろう。
「ですが、なんとしても乗り切ってみせます」
昨日の一件でしばらくは家族も大人しくしているだろうし、こちらとしてもこの機に乗じてことを進めないと。
「ずいぶんやる気だな」
腕の中から見上げると、透き通る青灰色の瞳と目が合った。
美しさに見惚れて、吸い込まれそうだ。
「まあ、なるようにしかならん。焦って足元をすくわれることのないよう気をつけろ」
「はい、殿下…………っ!?」
返事をした瞬間、くくぅぅぅう、いつぞやのような悲しき腹の鳴き声が。
「はっ、ははははっっ!!」
サリオンは顔を押さえて爆笑し、アルウェンは悲鳴を上げて隣室へ逃げ去ったのだった。
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