【本編完結】アルウェンの結婚

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
44 / 62

43

しおりを挟む




 「まあ、それは失礼をいたしました」

 アルウェンは慌てて礼をとった。

 「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。この度サリオン殿下の妃となりましたアルウェンと申します。第二皇子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」

 「そんなにかしこまらないで。僕のことはどうぞ『アスラン』と呼んでください」

 顎下で切り揃えた赤みがかった茶色い髪を揺らし、人懐こい笑顔を向けるアスラン。
 年下ということもあるが、いかにも『弟』といった雰囲気の青年だ。
 アスランは病弱で、人前に姿を現すことは滅多にないと聞く。
 彼の病的な肌の白さと、細すぎる身体がその証拠だろう。
 実際アルウェンも彼の姿を目にするのは初めてだった。
 (ここは皇子の宮殿からだいぶ距離があるわ……出歩いて大丈夫なのかしら)

 「兄嫁様……よければ『義姉上あねうえ』とお呼びしても?」

 「え?あ、ええ。私はどちらでも構いません」

 「よかった。義姉上、僕の宮でお茶はいかがですか?もちろん護衛と侍女も一緒に」

 アスランはアルウェンの後ろに控えるエニスとアルマに向かって微笑んだ。
 二人とも、皇子殿下に微笑まれるという思わぬ出来事に、ただただ恐縮していた。
 それにしてもまさか初めて会う第二皇子からお茶の誘いとは。
 この後特に予定はないが、アスランはサリオンが敵対するサウラ妃の息子だ。
 どうするべきか──アルウェンは逡巡した。

 「……もしも母上と兄上の仲を気にしているのでしたら大丈夫です。僕は母上とは違うから」

 「と、申されますと?」

 「僕の身体についてお聞きになられたことは?」

 「ええ、ほんの少しですが」

 「見ての通り、いつ倒れるかも知れぬこの身体で皇位を狙おうなんて、そんな馬鹿なことはしませんし、するつもりもありません」

 だが、それでもサウラ妃はアスランを皇帝の座に据えようと躍起になっている。

 「だから、僕を知ってください。そうすればきっと義姉上も安心するはず」

 その話が本当であれば、彼と懇意にしておいて損はないかもしれない。

 「……わかりました。ではお言葉に甘えてお邪魔いたします。あ、でも──」

 アルウェンが来たことを知り、サウラ妃が参加されては困る。
 (殿下に変な誤解をされたくないわ)

 「わかっています。母上には決してバレないようにお連れします」

 アスランは『秘密の道があるのだ』といたずらっぽい顔で片目をまばたかせた。
 
 「もちろん侍女たちにも決して漏らさぬよう言い聞かせます」

 「お心遣い痛み入ります。ですが、その『秘密の道』とやらは不要です」

 「え?」

 「隠れて殿下の宮にお邪魔したなんてことが公になれば、お互い無傷では済みませんし、私もサリオン殿下に嘘をつきたくありませんから」

 迷いなく言い切ったアルウェンを、アスランは驚きの表情で見つめた。

 「殿下の宮へは表から堂々とお邪魔します。アルマ、これからアスラン殿下とお茶をすることをサリオン殿下に報告しておいてちょうだい」

 「かしこまりました」

 アルマは返事をするとすぐに踵を返し、早足でサリオンの元へと向かった。

 「アスラン殿下には申し訳ないのですが、できたらサウラ妃の参加は遠慮していただけると助かります」
 
 「わかりました。では行きましょうか」
 
 アスランの先導で、エニスと共に彼の宮殿へと向かう。

 「アスラン殿下。ちなみに『秘密の道』とはいったいなんなのですか?」

 皇家に伝わる隠し通路のようなものだろうか。
 しかしアスランから返ってきたのは予想とはまるで違う答えだった。

 「庭園を管理する庭師の小屋があるのですが、目立たぬようにその周囲は高めの生垣になっているんです。そこをうまく使って抜けると僕の宮殿の裏手近くに出る」

 「なるほど」

 過保護な母親の監視が厳しい時など、息抜きがてらその道を使って内緒で庭園に出るのだとアスランは笑った。

 (ん?)
 そこでアルウェンの脳裏にある疑問が浮かんだ。
 そういえばアスランの周囲に護衛の姿が見えない。

 「まさか殿下……今日も内緒で出ていらしたのですか?」

 「正解です」

 「正解って……」

 万が一周囲に誰もいない状況で倒れでもしたらどうするのか。
 けれど、アスランに悪びれた様子はまるでない。
 (これは……しょっちゅうやってるわね……)

 「殿下、どうして私が兄嫁だとおわかりになったのです?」

 彼は結婚式に出席していなかったし、アルウェンの肖像画はこれから出回るだろうが、事前に手に入れるには家族でもない限り無理だ。
 アスランは立ち止まり、アルウェンと目を合わせた。

 「あなたがとてもきれいだったから、そうなのだろうと思いました」

 「まあ。アスラン殿下は女性を褒めるのがお上手ですね」

 “きれい”なんて、元婚約者はもちろん、サリオンにだって言われたことがないアルウェンは、不覚にも少し動揺してしまった。
 アスランは、冗談めかした言葉でかわしたアルウェンに薄く笑みを浮かべた。

 再び歩き出してからほどなくして、サリオンの皇太子宮とは趣の違う宮殿が姿を現した。

 「ここが僕の宮です。さあ、どうぞ」

 部屋で寝ているはずのアスランが、突如入り口に出現したことで、宮の使用人たちが慌て出した。
 (どこの宮も、勤める者の苦労は尽きないわね)
 また侍女たちをもてなす機会を作ろうと、アルウェンは肝に銘じたのだった。






しおりを挟む
感想 106

あなたにおすすめの小説

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

こんな婚約者は貴女にあげる

如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。 初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

魔女見習いの義妹が、私の婚約者に魅了の魔法をかけてしまいました。

星空 金平糖
恋愛
「……お姉様、ごめんなさい。間違えて……ジル様に魅了の魔法をかけてしまいました」 涙を流す魔女見習いの義妹─ミラ。 だけど私は知っている。ミラは私の婚約者のことが好きだから、わざと魅了の魔法をかけたのだと。 それからというものジルはミラに夢中になり、私には見向きもしない。 「愛しているよ、ミラ。君だけだ。君だけを永遠に愛すると誓うよ」 「ジル様、本当に?魅了の魔法を掛けられたからそんなことを言っているのではない?」 「違うよ、ミラ。例え魅了の魔法が解けたとしても君を愛することを誓うよ」 毎日、毎日飽きもせずに愛を囁き、むつみ合う2人。それでも私は耐えていた。魅了の魔法は2年すればいずれ解ける。その日まで、絶対に愛する人を諦めたくない。 必死に耐え続けて、2年。 魅了の魔法がついに解けた。やっと苦痛から解放される。そう安堵したのも束の間、涙を流すミラを抱きしめたジルに「すまない。本当にミラのことが好きになってしまったんだ」と告げられる。 「ごめんなさい、お姉様。本当にごめんなさい」 涙を流すミラ。しかしその瞳には隠しきれない愉悦が滲んでいた──……。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

彼の妹にキレそう。信頼していた彼にも裏切られて婚約破棄を決意。

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢イブリン・キュスティーヌは男爵令息のホーク・ウィンベルドと婚約した。 好きな人と結ばれる喜びに震え幸せの絶頂を感じ、周りの景色も明るく見え笑顔が輝く。 彼には妹のフランソワがいる。兄のホークのことが異常に好き過ぎて婚約したイブリンに嫌がらせをしてくる。 最初はホークもフランソワを説教していたが、この頃は妹の肩を持つようになって彼だけは味方だと思っていたのに助けてくれない。 実はずっと前から二人はできていたことを知り衝撃を受ける。

処理中です...