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しおりを挟む「まあ、それは失礼をいたしました」
アルウェンは慌てて礼をとった。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。この度サリオン殿下の妃となりましたアルウェンと申します。第二皇子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「そんなにかしこまらないで。僕のことはどうぞ『アスラン』と呼んでください」
顎下で切り揃えた赤みがかった茶色い髪を揺らし、人懐こい笑顔を向けるアスラン。
年下ということもあるが、いかにも『弟』といった雰囲気の青年だ。
アスランは病弱で、人前に姿を現すことは滅多にないと聞く。
彼の病的な肌の白さと、細すぎる身体がその証拠だろう。
実際アルウェンも彼の姿を目にするのは初めてだった。
(ここは皇子の宮殿からだいぶ距離があるわ……出歩いて大丈夫なのかしら)
「兄嫁様……よければ『義姉上』とお呼びしても?」
「え?あ、ええ。私はどちらでも構いません」
「よかった。義姉上、僕の宮でお茶はいかがですか?もちろん護衛と侍女も一緒に」
アスランはアルウェンの後ろに控えるエニスとアルマに向かって微笑んだ。
二人とも、皇子殿下に微笑まれるという思わぬ出来事に、ただただ恐縮していた。
それにしてもまさか初めて会う第二皇子からお茶の誘いとは。
この後特に予定はないが、アスランはサリオンが敵対するサウラ妃の息子だ。
どうするべきか──アルウェンは逡巡した。
「……もしも母上と兄上の仲を気にしているのでしたら大丈夫です。僕は母上とは違うから」
「と、申されますと?」
「僕の身体についてお聞きになられたことは?」
「ええ、ほんの少しですが」
「見ての通り、いつ倒れるかも知れぬこの身体で皇位を狙おうなんて、そんな馬鹿なことはしませんし、するつもりもありません」
だが、それでもサウラ妃はアスランを皇帝の座に据えようと躍起になっている。
「だから、僕を知ってください。そうすればきっと義姉上も安心するはず」
その話が本当であれば、彼と懇意にしておいて損はないかもしれない。
「……わかりました。ではお言葉に甘えてお邪魔いたします。あ、でも──」
アルウェンが来たことを知り、サウラ妃が参加されては困る。
(殿下に変な誤解をされたくないわ)
「わかっています。母上には決してバレないようにお連れします」
アスランは『秘密の道があるのだ』といたずらっぽい顔で片目をまばたかせた。
「もちろん侍女たちにも決して漏らさぬよう言い聞かせます」
「お心遣い痛み入ります。ですが、その『秘密の道』とやらは不要です」
「え?」
「隠れて殿下の宮にお邪魔したなんてことが公になれば、お互い無傷では済みませんし、私もサリオン殿下に嘘をつきたくありませんから」
迷いなく言い切ったアルウェンを、アスランは驚きの表情で見つめた。
「殿下の宮へは表から堂々とお邪魔します。アルマ、これからアスラン殿下とお茶をすることをサリオン殿下に報告しておいてちょうだい」
「かしこまりました」
アルマは返事をするとすぐに踵を返し、早足でサリオンの元へと向かった。
「アスラン殿下には申し訳ないのですが、できたらサウラ妃の参加は遠慮していただけると助かります」
「わかりました。では行きましょうか」
アスランの先導で、エニスと共に彼の宮殿へと向かう。
「アスラン殿下。ちなみに『秘密の道』とはいったいなんなのですか?」
皇家に伝わる隠し通路のようなものだろうか。
しかしアスランから返ってきたのは予想とはまるで違う答えだった。
「庭園を管理する庭師の小屋があるのですが、目立たぬようにその周囲は高めの生垣になっているんです。そこをうまく使って抜けると僕の宮殿の裏手近くに出る」
「なるほど」
過保護な母親の監視が厳しい時など、息抜きがてらその道を使って内緒で庭園に出るのだとアスランは笑った。
(ん?)
そこでアルウェンの脳裏にある疑問が浮かんだ。
そういえばアスランの周囲に護衛の姿が見えない。
「まさか殿下……今日も内緒で出ていらしたのですか?」
「正解です」
「正解って……」
万が一周囲に誰もいない状況で倒れでもしたらどうするのか。
けれど、アスランに悪びれた様子はまるでない。
(これは……しょっちゅうやってるわね……)
「殿下、どうして私が兄嫁だとおわかりになったのです?」
彼は結婚式に出席していなかったし、アルウェンの肖像画はこれから出回るだろうが、事前に手に入れるには家族でもない限り無理だ。
アスランは立ち止まり、アルウェンと目を合わせた。
「あなたがとてもきれいだったから、そうなのだろうと思いました」
「まあ。アスラン殿下は女性を褒めるのがお上手ですね」
“きれい”なんて、元婚約者はもちろん、サリオンにだって言われたことがないアルウェンは、不覚にも少し動揺してしまった。
アスランは、冗談めかした言葉でかわしたアルウェンに薄く笑みを浮かべた。
再び歩き出してからほどなくして、サリオンの皇太子宮とは趣の違う宮殿が姿を現した。
「ここが僕の宮です。さあ、どうぞ」
部屋で寝ているはずのアスランが、突如入り口に出現したことで、宮の使用人たちが慌て出した。
(どこの宮も、勤める者の苦労は尽きないわね)
また侍女たちをもてなす機会を作ろうと、アルウェンは肝に銘じたのだった。
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