婚約者の恋人

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28 ローゼリア③

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 ベルクール辺境伯アドルフが死去し、一人息子であるフェリクスが後を継いだ。
 大変急な出来事ではあったが幸いにもアドルフは将来を見据えて数年前から徐々にフェリクスへと職務を移行していたため、代替わりによる大きな混乱や抵抗もなく日々は淡々と過ぎて行った。
 この国では爵位の継承の際は国王へ謁見するのが習わしである。
 それはフェリクスも例外ではなく、まだ喪も明けきらぬ寒い冬の日に彼は共を連れ王都へ向かって旅立った。

 *

 「レミリア様、お加減はどうですか?」

 「あぁ……ローゼリア。お花を持って来てくれたの……?」

 アドルフが亡くなってからレミリアの病状は悪化の一途を辿っている。最近では窓を開け空気を入れ替える事すら嫌がり、暗い部屋の中にこもっていた。

 「レミリア様の大好きなお花です。さっきお庭で切って来たんです。」

 ローゼリアは花束をテーブルの上に起き、花を切るときに使った鋏で茎を斜めに切り落として行く。
 パチン、パチンと小気味良い音が室内に響き、レミリアの目も自然とローゼリアの方を向いた。

 「……フェリクスは……?」

 「フェリクスなら今王都へ行っています。国王陛下に謁見するためだと聞きました。」

 「そう……。」

 「アドルフ様のお衣装で行きましたよ。よく似合っていました。」

 「そう……そうなの……うっ、うぅ……!!」

 「レミリア様!!」

 突然泣き出したレミリアの側に急いで駆け寄ると、ローゼリアは痩せ細ったその手を両手でしっかりと握った。

 「大丈夫。大丈夫ですよレミリア様。私が側にいます。何があってもずっと側に。」

 「うぅっ……ローゼリア……!」

 その日からローゼリアは毎日のようにレミリアのいる別邸へ通った。
 病に加え夫を失った事で精神的に不安定になってしまったレミリアは、献身的に接してくれるローゼリアに何もかも依存するようになっていった。
 リタによって事情を知らされたベルクール邸の者たちは、酷い仕打ちを受けたのに献身的にレミリアを看病するローゼリアに心を打たれ、更に好感を抱くようになった。
 そしていつの頃からかレミリアはローゼリアの献身に対し対価を与えるようになった。ローゼリアが部屋を去る時まるで引き止めるように言うのだ。

 「ローゼリア、何か欲しい物はない?」

 ローゼリアは心の中でほくそ笑んだ。
 ついにこの時が来たと思った。
 そして骨と皮だけになってしまったその手を優しく両手で握り言ったのだ。

 「レミリア様。そんな事をしなくてもローゼリアはここにいます。私が帰るのが淋しいんでしょう?私もです。だって私、レミリア様をずっと本当のお母様だと思って生きてきましたから……。」

 「ローゼリア……!」

 レミリアのまなじりから涙が頬を伝い下りて行った。

 「だからここで一緒に暮らしてもいいですか?……お母様。」

 
 こうしてローゼリアは別邸の中に自分の居場所を手に入れた。
 フェリクス不在の中起きたこの出来事はすぐに広まり、ポールを始め普段奥向きの事には口を出さぬアドルフの腹心(今はフェリクスのだが)達までもが良い顔をしなかった。ポールはレミリアに何度も考え直すよう忠言したが、それを頑なに拒否するレミリアの言葉に逆らう事は出来なかった。
 そしてその後ローゼリアは言葉巧みにレミリアをそそのかし、この別邸の管理をポールの息子であるエリオに変えさせたのだった。

 *

 フェリクスが戻れば当然呼び出されると思っていたローゼリアは、彼が戻る前に出来る根回しをすべてやった。
 その甲斐あってレミリアはほんの一時ローゼリアが離れただけでも不安と恐怖を感じ泣き叫ぶようになった。
 医師もこのレミリアの様子にはお手上げのようだった。

 フェリクスが帰還したと知らせが来たすぐ後、ローゼリアは彼の執務室へ呼び出された。
 リタ達は帰ってきてすぐフェリクスがローゼリアを呼び出した事に“ほら、やっぱりすぐお会いになりたかったのよ!”などとあらぬ噂を立てて喜んだ。そしてローゼリアもそれをわざと否定も肯定もせず、ただはにかむように笑いながら執務室へと向かったのだった。

 「母が迷惑をかけたようだが君がそれをする必要は無い。」

 フェリクスから言われたのは予想していた通りの言葉だった。
 “わきまえろ”
 暗にそう言いたいのだろう。
 女主人に近付き過ぎる事を彼が良しとしないのは想像の範囲内だ。

 「母は少し前から普通の状態ではない。それに君にはあの日、自身の在り方について考えて貰ったはず。そして君もそれを了承した。違うか?」

 フェリクスの言う“あの日”とは、彼がローゼリアをこの家に迎えた日の事だ。
 我が身に起きた出来事をはっきりと実感する間もなく彼は言った。

 『君はここで学び、自身の道を決めなければならない。』

 『自身の道……?』

 『君の前には道がいくつかある。その一つは女男爵としてバジュー男爵家の家督を継ぐ道。』

 『私が男爵家を!?』

 そんな事をあの親が許す訳がない。
 一体フェリクスは何を言っているのか。

 『バジュー男爵領の民が困窮しているのは何となく知っているだろう?』

 『はい……。』

 知っている。ここに連れて来られる度に馬車が通った領内の町はどこも寂れた印象だった。

 『バジュー男爵は我が家に君を預け育てさせる事で君に付加価値をつけようとしてるんだ。そして時が来ればおそらくどこぞの成金と結婚させるつもりだろう。』

 『そんな……!!』

 『君がそれで良いと言うのなら構わない。それも一つの人生だ。だが君がこの家で懸命に学び力を付け終えたその時に、バジュー男爵領に住む民の幸せを望むのなら私には君を支援する気がある。』

 『私にそれほどの才覚が無かったら……?』

 『それならば一人で身を立てるために学ぶんだ。教師でも神に使えてもいい。両親から誰よりも虐げられて来た君にしか出来ない事が必ずあるはずだ。だがそれを押し付けだと……苦痛だと思うのなら、ここではない君を守り育ててくれる場所で暮らすのもいい。』

 それはきっと公的に運営されている孤児院か救済院のような場所だろう。アドルフ様もフェリクスも民の救済に力を入れているのは知っている。
 だがその時の私は混乱していて何も決められず、彼に向かって小さな声で“わかりました。ちゃんと考えます”と答えるのが精一杯だった。
 けれどそれ以降フェリクスから…アドルフ様からもレミリア様からも自分の在り方について深く諭された事は無かった。
 だから過ぎ行く日々の中で勘違いしてしまった。もう家族なのだからあの日の言葉は無効だろうと。自分はここで家族の一員として生きていくのだ。これが自分の在り方だと。


 「君の事は私の一存で決めてしまった事だ。責任はすべて私にある。だから父も母も何も言わなかったのだろうが、母は君の座学の様子を家庭教師から聞いて男爵家を継ぐのは難しいと判断していた。そして君は最近になってまた昔のように体調を崩すようになったからね。だから市井で働かせるのも酷だろうと思って縁談を探していたようだ。それは君の意志であると受け取って良いのか?」

 「それは違うわ!私…私は嫁ぐ気なんて……!誤解しないでフェリクス。私がレミリア様の側にいるのはただの恩返しよ。可愛がって頂いた恩をお返ししたいだけなの!」

 「それなら気にしなくていい。君だって少なからず私達に振り回された身でお互い様だ。」

 「そんな訳には行かないわ!あなたも聞いたでしょう!?レミリア様は私がいないと狂ったように泣いて騒いでしまうの。フェリクスはレミリア様の命を縮めたいの!?」

 ローゼリアの必死の訴えにフェリクスは下を向き深い溜め息をついた。

 「この話はまたにしよう。」

 「レミリア様の事は……?」

 「それもだ。」

 と言う事はまだしばらくはあそこに居ていいと言う事だろう。ローゼリアはほっと胸を撫で下ろした。

 「じゃあ私レミリア様の所に戻るわね。……フェリクス?」

 部屋から立ち去ろうとしたローゼリアは、フェリクスが窓の外を眺めてぼんやりしているのに気付き声を掛けるが返事が帰って来ない。

 「フェリクス?」

 もう一度声を掛けると驚いたように彼はローゼリアを振り返る。

 「何だ?」

 「いえ……。」

 こんな彼の様子を見るのは初めてだ。
 (王都で何かあったのかしら…)
 ローゼリアはそっと扉を閉め部屋を後にした。






 
 
 
 
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