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23 地下室④
しおりを挟むイグニスが安心出来るなら、どんな風に試してくれても構わない。
ルナリアの気持ちは変わらないから。
「………………ための…………だった…………」
「え?」
「あの部屋は……出来の悪いわたしを閉じ込めるための部屋だった……」
「閉じ込めるって……いったい誰が」
項垂れるイグニスの顔は苦しげに歪んでいる。
それからぽつりぽつりと途切れながらだが、イグニスは自分の身に起きたことを語り出した。
イグニスの武の才能に気付いた先代フォルクレール公爵──イグニスの父は、息子に厳しい訓練を強いた。
それだけではない。次期公爵として恥ずかしくない知識と教養を身につけるため、座学の時間のみならず、日常生活のすべての場において教師という名の監視役を置いた。
人前で感情を出せばつけ込まれる。
父は二十四時間イグニスが人間らしい表現をすることを禁じ、破れば折檻した。
最初は説教くらいの軽いものだったが、イグニスの成長とともにその厳しさは増していった。
あの小部屋もそのひとつ。
父は、自身が望む成果をイグニスが上げられないと、あの部屋へ閉じ込めた。
明かりもない、動物の小屋のように狭い空間。
寒く澱んだ空気の中、水も食事も与えられず、どんなに泣き叫ぼうと誰も助けに来てはくれなかった。
一日で出してもらえる日もあれば、三日経っても出してもらえない日もある。
すべては父親の機嫌次第。
幼いイグニスは外に出ようと必死にもがき、壁を、床を、鍵をかけられた扉を殴りつけた。
薄い皮膚は裂け、赤い血が壁や床を染めた。
イグニスが激しい折檻を受けている時、味方であるはずの母親は何をしていたか。
結論を言えば、何もしなかった。
母親は、腹を痛めて産んだ我が子よりも、夫を愛していた。
可愛がってもらっていたとは思う。
けれどそれはイグニスが父親そっくりの容姿をしていたから。
特にこの瞳だ。
紫水晶のような父親そっくりのこの瞳を、母親は毎日覗き込んでは『あの人にそっくり』と、愛おしそうに呟いていた。
庭の紫の薔薇もそう。
母親の日常は紫色で溢れていた。
溺れるほどに。
そしてある日、イグニスの中に張り詰めていた糸のようなものが、突然ぷつりと切れてしまった。
感情を出すと折檻されるなら、完全に捨ててしまえばいいのだと。
それは思ったよりも簡単で、楽だった。
親からの愛情も、諦めてしまえば寂しくも悲しくもない。
最初からこうすれば良かったと、自分が馬鹿だったとすら思ったほどだ。
だから父親が死に、後を追うように母親が逝った時も、胸は痛まなかった。
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