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しおりを挟むしかしそんなルクレツィアの気持ちを知らないシルヴィオは、自分を笑い者にしたカリスト目がけて一直線に進んで行く。
まさか自分も兄弟同士しか知り得ない昔話で、カリストとアンジェロに一泡吹かせてやろうとでも思っているのか。
失礼にあたらない程度に手を放そうと試みるが、恥をかかされ頭に血が上っているシルヴィオは、もはやルクレツィアのことを気にする余裕もないようだ。
檀上にいるカリストとアンジェロがシルヴィオを見る目は笑っていない。
おかしい。この三兄弟はルクレツィアの知る限り、とても仲のいい兄弟だったはず。
──だって私が両陛下とお茶をご一緒する時は、必ず全員集まってくれた
大人になり、王族として公務にあたられるようになってからは、お忙しい殿下方が揃うことは滅多にないと聞く。
それでもシルヴィオのために無い時間を作り、団欒の時間を持とうとしてくれていたようだった。
兄弟の中で一番早く婚約し家庭を築こうとしている兄弟を、口には出さないが応援し、祝福してくれているのだとルクレツィアは思っていた。だがそれは違っていたのだろうか。
そしてルクレツィアの願いも虚しく、シルヴィオは二人の兄弟の前まで来ると、息も整わないまま話し始めた。
「夜会嫌いの兄上が顔を出すなんて珍しいね。私とルクレツィアの新たな門出を祝いにきてくれて嬉しいよ」
「新たな門出……?まあ、門出といえばそうなのだろうな」
カリストは顎に手をあて、なにか考えるようにして宙を見る。
「私とルクレツィアは今夜」
「カ、カリスト殿下!!」
──しまった!!
とにかくシルヴィオが余計なことを言うのを阻止しなければと思ったら、カリストの名を叫んでしまっていた。
ルクレツィアに名前を呼ばれたことが意外だったのか、カリストは真顔でこちらを見た。
「……久しいな、ルクレツィア」
ルクレツィアもまた、カリストから名前を呼ばれたことが意外だった。そういえば名前を呼ばれるのも初めてだ。彼はいつも無口で、黙ってお茶を飲むだけだったから。
「は、はい。お久しぶりでございます殿下」
だがそれ以上会話が続かない。
自分から話しかけておいてこれはない。
うつむいて次の言葉を必死で探していると、コツコツと踵を鳴らす音がして、自身のすぐ前につやつやとした革靴の先が見えた。
顔を上げると檀上から下りたカリストが、ルクレツィアに向かって手を差し出している。
「一曲踊ろう」
「え?」
突然のダンスの誘い。驚いてなにも言えずにいると、隣のシルヴィオが鼻息荒く割り込んできた。
「兄上!まだ話の途中です!私とルクレツィアは」
「お前、アストーリ侯爵家のご令嬢に話があるのではないのか?色々と便宜を図ってもらったそうじゃないか」
「なっ、なんでそれを!?」
──アストーリ侯爵家?
アストーリ侯爵家もガルヴァーニ侯爵家と並ぶ名門だ。あの家にはルクレツィアと年の近いご令嬢がいる。
だがルクレツィアと婚約しているシルヴィオが、アストーリ侯爵家に便宜を図ってもらうなんて、普通なら考えられないこと。
いったいカリストはなにを言っているのだろう。
「早くしたほうがいいのではないか?あちらも、面白くはないだろうからな」
「っ……ルクレツィア、ごめんね。少しそばを離れるけど許してくれる?」
「は、はい!」
さっさとシルヴィオから離れたかったルクレツィアには願ったり叶ったりだ。どうぞどうぞと笑顔で送り出してあげてもいい。
シルヴィオはカリストをひと睨みし、その場を離れて行った。
「ルクレツィア、さあ」
「は、はい……!」
そしてルクレツィアはカリストの手を取った。
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