やり直しは別の人と

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
54 / 56

54

しおりを挟む





 
 舞うように相手の攻撃をかわし、斬りかかる姿はまるで剣舞のようだと思った。
 美しくて目が離せない。ルクレツィアは瞬きをするのも忘れ、二人の剣技に見入った。
 しかしやはりリエトの言うとおり、オリンドは強かった。
  強烈な一撃を受けたカリストの足が縺れ、倒れ込む。

 「殿下!!」

 思わず声が出ていた。
 負けてもいい。勝ち負けよりも、ただ無事でいてほしかった。
 しかし倒れ込む寸前、カリストは不敵な笑みを見せた。次の瞬間、なんとカリストの長い足が、オリンドの足を払ったのだ。

 「なっっ!?」

 予想もしなかった足技に、オリンドは勢いよく後ろに倒れた。
 カリストは素早く体勢を立て直し、倒れ込んだオリンドの頭の横に剣を突き立てた。

 「し、勝負あり!勝者は王太子カリスト殿下!」

 固唾をのんで見守っていた観客から大きな歓声が上がる。
 息をすることも忘れていたルクレツィアは力が抜けて、その場にへたり込んだ。


 カリストは、仰向けに横たわるオリンドに向かって厳しい顔で語りかけた。

 「……オリンド、そなたは私のなんだ?」

 「え……?」

 「いいかオリンド。王族の名を語れば死罪だ。例えどんな理由があったとしても」

 「存じ上げております」

 それでもルクレツィアをアンジェロに渡すわけにはいかなかった。
 オリンドが真実を知ったのは、試合が始まる直前。こうするより他に手がなかったのだ。

 「お前を失ったら私はどうなる?いずれ私の命はこの国で一番価値のあるものになる。その命を守れる男がお前をおいてこの国のどこにいると言うのだ」

 「殿下……!」

 「お前はいつも自分の命を投げ出そうとするが、今日を最後にもう二度とやめろ。私にもお前にも、これから守らなければならないものが増えるんだ」

 カリストの目が細められ、口元は緩やかに弧を描いた。
 守らなければならないもの。それはきっとルクレツィアと、ルクレツィアとの間に授かるであろう子どもたち。

 「それと、その髪型ともそろそろ別れる覚悟をしろ。お前はもう十分償ったよ」

 この摩訶不思議な髪型は、戦場でオリンドを庇って亡くなった、彼の親友がしていたもの。
 あまりに強烈な髪型に、オリンドも何度もやめるよう言ったのだが、【この髪型をしていると、子供が笑ってくれるのだ】、そう言ってやめようとしなかった。
 遠征で長く家を開けることの多い騎士団員は、幼い我が子に顔を忘れられてしまうことが多々ある。
 だが顔は忘れても、その髪型だけは覚えていてくれるのだと。
 そんな親友は、敵兵に背後を取られたオリンドを庇い、その時負った傷が原因で命を落とした。
 それ以来、オリンドはずっとこの髪型を貫いている。
 随分昔、カリストの近習候補として選ばれた際、たった一度だけ彼に打ち明けた話しだった。それをカリストは今日までずっと憶えていてくれたのだ。
 オリンドの鼻の奥が、ツンと痛んだ。

 「……そうします。私がこの髪型をしても、子供は笑うどころか硬直しますから……ふふ」

 カリストは、久しぶりに笑顔を見せた近習に手を差し伸べた。

 
しおりを挟む
感想 305

あなたにおすすめの小説

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。 ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。 小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。 そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。 けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

処理中です...