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第一章

1章:3話 似た人もいますと

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彼らが案内された食堂には大量の料理が並べられており、そのどれもが食欲を刺激する見た目と、香りを発している。

 ただ、料理だけが机の上に並び、人が座るための席がないという見慣れない光景に全員どうすればいいかわからず困惑している。

 その場に立ち尽くしていると、後ろから声が聞こえた。アガスティアだ。
 
 後ろには煌びやかな服に身を包んだ人たちがついてきている。一目見るだけで、くらいが高いのであることがうかがえた。
 
「どうやら我々とあなた方の文化には違いがあるようですね」

 あまりいい話し合いはできなかったのか、美乃の顔には不服の2文字が浮かんでいる。

 一方アガスティアはそんなこと気にも留めていないのか、立ち尽くして食事に手を付けようとしない彼らに、疑問の表情を浮かべている。

「この国では客人をもてなす方法として、食事と同時に交流にも重きを置いています。そのため、様々な人と関われるよう、決められた席を用意していないのです」

 そういって彼は近くにいた執事服の男たちに合図を出す。彼らはすぐに動き出し、それぞれの手に、グラスを持ってきた。

「本来先に始めていただいていてもよかったのですが、ちょうどいいので簡単に挨拶でもさせていただきましょう」

 ガスティアとその後ろにいた人たちがゆっくりと部屋の中央に向かう。

 彼ら、彼女らの手にもグラスが用意される。 

 手に取ったグラスをガスティアが持ち上げる。それと同時に周りにもそうするように促した。全員困惑気味ではあるが、彼に倣うようにグラスを軽く持ち上げる。

「今は一度何も考えず、楽しんでください。皆さんの不安や疑問は必ず解決すると約束しましょう」

 彼の言葉を聞いたその場の困惑した空気は、少しばかりだが落ち着きを見せる。

「グラスはもうおろしていただいて結構ですよ。また、これは交流会の意味も含まれています。我が国の特に、皆さんと関わることになるであろう方々ですので、それぞれ挨拶のほうをよろしくお願いします」

 全員挙げていたグラスを下ろし、飲み物を口に含む。

「それから、料理のほうもぜひ楽しんでいただきたい」

 自分から真っ先に並べられた料理に手を付けるアガスティア。一人、また一人と、料理に手を付ける人影が増えていく。

 緊張で強張っていた彼らの体は、緊張の糸が解けた瞬間空腹を訴えていた。空腹にあらがえず、全員が食事に手を付ける。

 用意された料理はどれも一級品と呼べるようなものばかりで、そのおいしさに皆、料理を楽しんでいた。

 「失礼。挨拶をさせてはいただけまいか?」

 その合間にも、ガスティアとともに入ってきたこちらの世界の重鎮たちが召喚された勇者たちに声をかけている。

 そうしてにぎやかな声が大きくなっていく会場の隅に一人で食べ物を食べる人影が一つ。

 黙々と料理を食べているのは傀儡だ。

「挨拶しろって言われたけど、こういう場すごい苦手なんだよな、、、」

「興味ない相手の顔なんて覚えられないからですか?」

「そう!それそれ。一回関わった相手にお前に興味ないからっていうくらいなら最初からかかわらなきゃいいからな」

「かなりドライな思考をお持ちですね?」

「そういうあなたはどっち側?」

 スムーズに行われる会話。しかし傀儡に話しかけた彼女は、彼の知っている顔の中のどこにもいない。

「どちらかといえば社交性がないほう、、、あなたと同じ側ですかね?」

 金髪のセミロングに蒼い瞳で、きりっとした目元の、すらっとした美人の彼女はそういって持っていたグラスを呷る。
会場を眺める二人の目はその光景を見ているようでそこにはない。

「名前を聞いても?」

 そう切り出したのは傀儡の方だった。
少し意外そうな顔をした彼女は、少しいたずらに微笑む。

「他人には興味がないのでは?」

「興味があるから聞いてるんだけど」

 名前を聞いたのは失敗だったかと少しだけ思った彼だったが、名乗る気はありそうな隣の彼女がその口を開くのを静かに待っている。

「エリシアです」

「エリシアね、、、」

 彼はその名前を反芻するようにして覚えている。
 それが終わると彼はもう一度彼女が口を開くのを待つ。

「気が利きませんでしたね。私の役職は騎士団長です」

「社交性のなさが出てるな」

「それを言うならあなたも自己紹介をしたらどうですか?」

 痛いところを突かれ、ばつが悪そうに頭をかいた彼は、謝罪を口に出しながら、自分の名前を伝える。

「宿木傀儡だ。これからお世話になるみたいなんで、よろしく頼む。」

 軽く礼をしながら、そういった彼に、エリシアと名乗った彼女は彼とのやり取りで何かを感じ取ったのか、気に入ったとばかりに続ける。

「私は基本、あなたたちに直接教える立場ではないのですが、私はあなたのことを気に入りました。特別にあなただけ私が教育しましょう」

 突然気に入られた少年は、なぜ自分なのかと目を丸くしていたが、それがどうも彼女の本心なのだと理解するが、少しでも抵抗しようと疑問をあらわにする。

「僕だけ個別になんて特別扱い許されるんですか?」

「言い訳など幾らでもできます。それこそ、ほかと一緒にするにはステータス的に厳しいとでも言ってしまえばいい」

 わずかな動揺、体が一瞬強張る。しかし、その一瞬だけで彼女には伝わってしまったようで。

「図星ですね。ステータスが低ければ結果的に周りの足を引っ張ることになる。それはあなたの理想から外れるでしょう?」

 彼がどんな性格かを一瞬にして見抜く慧眼に驚愕しながらその通りでもあると、これ以上の抵抗をやめる。

「エリシアはとてもいい目を持ってるようだな」

「とんでもない。スキルのおかげですよ」

 この世界なりの謙遜なのだろう彼女の言葉に少し笑みをこぼす彼だが、それ以上の会話は進まなかった。

「どうやら今日はこのあたりで終わりでしょうか」

「そうだな。また次訓練の時かな?」

 首を縦に振り軽く手を振り去っていく彼女を背に、傀儡は残っていた料理をすべて食べきる。

 そのままゆっくりと食事会は終了へと向かっていくのだった。
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