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997年目
23 ジル ※エリサ
しおりを挟む※※※ エリサ ※※※
「うわっ!」
持っていたボタンがバラバラと床で音を立てた。
―――チヒロ様の声だっ!
しまった!
アイシャは今、仕事で出ている。
チヒロ様はお一人だ!
ほんの少しだからと自室に戻るんじゃなかった!
唇を噛む。
すぐに開けたままだった内ドアをくぐり隣ーーチヒロ様のお部屋へ戻る。
「チヒロ様!」
見るとそこには驚くべき光景が広がっていた。
チヒロ様のお部屋は広い。
ベッドやクローゼットなどのあるプライベートルームは別になっているため、飛び込んだ居室にあるのは机や小さな本棚、談話用のテーブルセットくらいだ。
この部屋でチヒロ様の姿を見失うはずはない。なのに―――。
今、チヒロ様の姿は見えない。
そこには大きな獣の後ろ姿だけがあった。
「―――ジル殿?!」
銀色の背中に呼びかける。
「ジル殿!どうしてここに……チヒロ様っ!」
慌てて見回すとなんと!
窓が全開となっていて血の気が引いた。
しかし最悪の事態は免れたようだ。
次に私が目にしたのは座っているジル殿の向こうにあったチヒロ様の笑顔だった。
「チヒロ様!」
「かわいい!」
「え」
「大きい!もふもふ!すごく綺麗!――びっくりした。貴方どこから来たの?」
わしゃわしゃと遠慮なくジル殿に触れ、その毛並みを確かめながらチヒロ様が興奮気味に言う。
へなへなと力が抜けてしまった。剣にかけていた手を戻す。
「……ジル殿です。ジル殿は副隊長のところに――あっ!ジル殿!」
ジル殿に鼻先で押されて、チヒロ様は呆気なくこてんと倒れた。
チヒロ様が気付くと床に座るので、この部屋の一角には厚い絨毯が敷かれている。
靴を脱いで上がり、服を汚さないでくつろげる配慮のされた場所だ。
そこに倒れたので痛くはなかっただろうが、倒れたチヒロ様に覆い被さるようにジル殿が四つ脚で立った。
チヒロ様の首あたりにジル殿が頭をつけ、その口からは鋭い牙がのぞいている。
私は絶叫した。
「―――――チヒロ様っ!」
声を聞きつけたのだろう。
派手な音と共に外ドアが開き廊下にいた護衛たちが飛び込んでくる。
しかしなす術はなく、やはり私と同じく目の前の状況に固まったままだ。
その間もチヒロ様はジル殿のされるがままになっている。
オロオロするばかりのこちらに向けて、チヒロ様が事もなげに言った。
「大丈夫だよ、みんな。多分、確かめられてるだけ」
「――多分って」
気が気ではない私を尻目に、ジル殿はひとしきりチヒロ様の匂いを嗅ぐと、満足したのか頭を上げた。
チヒロ様が頬を染めて笑う。
「初めましてジル。いい子ね」
ジル殿はチヒロ様の手をぺろりと舐めた。
私は腰が抜け、その場にへたへたとしゃがみ込んだ。
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