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999年目

05 名前 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



「完璧です」

セバス様が珍しく感嘆の声をあげた。

チヒロ様は得意満面だ。

「人の名前を覚えるのが大の苦手だった貴女が。
よくこの国の貴族の顔と名前を全て覚えられましたね」

セバス様の目が潤んでいる。

わかります。
最初の頃のチヒロ様は、

「長いヨコモジ・カタカナの名前なんて私には無理!絶対覚えられない!」

と、訳の分からないことを言って覚えようともせず。それは酷いものでした。

セバス様は目を押さえた。
もしかしたら泣いていらっしゃるのかもしれない。

「信じられません。こんな日が来るとは。
――何か覚えるコツでも掴まれましたか?」

得意満面のチヒロ様が答えようと口を開こうとする―――のを見て、私は慌てて両手でチヒロ様の口を塞いだ。

「エリサ?」

セバス様が私を見る。

「ははは、いえ。チヒロ様は王太子妃様に教えていただいたんですよ。
それだけです!ええ!それだけ!」

「王太子妃様が?……なるほど。
でも、それで何故貴女はそんな行動に出ているのですか?」

怖い!セバス様の目が光った!怖い!

「いえ!あの……これはその……。特に意味は……」

「……エリサ?」

ひいいい!怖い、怖い、怖い!
セバス様、殺気を飛ばすのはやめてください!

「そのっ。……実はシャナイア様が似顔絵をお描きになるのがお上手で。それで」

「リューク公夫人、シャナイア様が?……ほう……それで?」

「……その似顔絵を見てお勉強されていました。それだけです」

「……それだけですか?」

「はい」

「……チヒロ様?」

セバス様に問われ、私に口を塞がれたままのチヒロ様はコクコクと頷いて返事をした。

セバス様は完全には納得されていないお顔だが、この話はここまでとされたようだ。
次の授業の話をされた。

ううう、怖い、怖い、怖い。
けれどセバス様。これ以上、知らない方がお互いの為です。


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