この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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999年目

17 チヒロ様 ※セバス

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 ※※※ セバス ※※※



それまで持っていたティーカップを机に置いて、チヒロ様が切り出された。

「レオン。私、託児所が作りたい」

「託児所?」

「そう。さっきエスファニア様に案内していただいたの。
王妃様が作られた、《宮殿》で働く人の子どもを預かる託児所があった場所」

エスファニアがチヒロ様の横でレオン様に向けにこりと微笑む。
一緒にいる我々――我が主人とエリサ、そして私もレオン様を見た。

「………ああ。あれか」と、思い出されたように言うと、レオン様もティーカップを置いた。

「あれがあったのはほんの二年足らず。今では場所が残るだけだ。
また作ったとして需要があるかな。王宮で働く者は独身者が多いし。
この国では子どもができたら人に預けて働くか、仕事を辞めるのが普通だよ?」

「あのね。実は、《前》にいた所にあったの。
子どもを預かる施設が。
それで、似たような施設をこの国の街に作れないかと思うんだけど」

「街に?」

「うん。
この国では、子どもは近所や親族に預けて働くのが普通なのは知ってるけど。
それだと預ける宛がない人は働けないよね。生活に困る人もいるんじゃない?
それに、預けられる人がいてもその人に急用ができたら?病気になったら?
途端に困るでしょう?
それに働いているかどうかに関係なく、子どもを一定時間預かってのびのびと遊ばせてくれる場所があったら。
大人も子どもも嬉しいんじゃないかと思うの」

「……そうだろうけど。
施設を作り子どもを受け入れるなら無償では無理だ。子どもを見守る人も雇う。
子どもを預かるのに対価をもらうということだよね。
……この国で受け入れられるだろうか」

「施設は大きくなくてもいい。空き家を借りてもいいよ。
あと、レオン。この国の平民の識字率はどのくらい?」

「――は?」

「8歳になった子どもは裕福な家の子なら学校に入学するけど、そうでない子は親の手伝いをしたり職人や商人の見習いになるんでしょう?
――その時、契約書を交わすよね。
他にも。仕事を受ける時、頼む時。お金を貸す時、借りる時。
後で揉めないように必ず契約書を交わすでしょう?人生で何度も。
契約書に何が書いてあるのかわからなくても、サインしなければいけない。
どんな不利な条件が書かれているのか自分にはわからないのに。
たとえ第三者に書いてあることを読んでもらっても、きっと騙される人がいる。
そういう人たちを守るための法律をいくら作っても、そんな法律があることを知らなければ意味がないし。
文字を読めるようになるのが一番いい自衛になると思わない?」

「君は。託児所を作ってそこで文字も教えようと言うの?小さな子どもに?」

「小さな子どもでも、文字に興味を持つ玩具があれば自然と文字を覚えるものよ。
――ねえ、セバス先生?」

皆の目が私に向く。
私は先日の王太子妃様とチヒロ様のお茶会で参加させられた《遊び》を思い出して眩暈がし額を押さえた。

「……ええ。そうですね」

それしか言えない。
チヒロ様は私の答えに満足したのか嬉しそうに笑った。

「だけど、どうかなって想像しているだけなの。
私にはこの国でどんなものが受け入れられるのか、正直わからないもの。
……でもできそうな気がして。
文字だけじゃない。計算も、何か他のことも遊びの中で教えてあげられる。
それ以外にも。
例えば医師を呼んで全員の健康状態を診てもらうことができる。
病気に早く気付くことができるかもしれない。
――もちろんリスクも、デメリットもあるだろうけど。
少なくとも子どもに世の中にはいろいろな人がいることを教える場にはなる。
あ!良ければ大人にも、来てもらってもいいよね。
仕事がない日や仕事が終わってからの少しの時間でも。
ダメかな。
家が裕福でないから学校には通えないと学ぶことを諦めた人にも。
読み書きができれば、計算ができれば、と考えてる人にも。
希望になる場所にならないかな」

レオン様は腕を組まれた。

「なるほど。人々の識字率が上がるのは国にとっても悪いことじゃあない。
優秀な人材が増えることにも繋がりそうだからね。
考えて……試してみる価値はありそうだね。
――まずは《宮殿》で試して。王都にひとつ作ってみれば十分だ。
上手くいって評判になればどこかの貴族が真似をして領地で似た物を作る。
優秀な人材はどこでも欲しいからね。
その後は続々と増えていくだろう。
でもその時はチヒロ。
初めての試み、見たことのない玩具。
どうしても『空の子』と関連付けられることになるだろう。
なら初めから『空の子』の発案だということにしてもいいかな。
その方が人を集めやすい」

「――え、それ私の発案にするの?」

「何?名前は出したくない?」

「ううん。そうじゃなくて。……レオンのお母様の名前を出したらダメかな」

「………え?」

レオン様だけではない。全員が息をのんだ。
しかしチヒロ様は気付かず続ける。

「だって、初めに託児所を考えたのはレオンのお母様だもの。
私はそれを聞いて思いついたことを言っただけだし。それを私の発案だって
言ったら私が始めたみたいじゃない。それは変でしょう?」

「―――」

「あ。それはもちろん、今回失敗だったら提案した私の責任だよ?
だから私の名前を出すのは当然だと思う。でも。
私はレオンのお母様の――発案者の王妃様の名前がないのは嫌なの」

「………」

「でね、できたら託児所には王妃様の名前か、印をつけられないかな。
上手くいったら貴族が似たような施設を作るってレオンも言ったでしょう?
もちろん、それがいい施設ならいいんだけど。良くない施設だったら困るよね。
だから。
ここは正規の施設なんだってひと目でわかる《何か》が欲しい」

「………それが。僕の母の名前?」

「うん。なにせ託児所の発案者だもの。……ダメかな?」

「……いや。……いいよ」

「本当?嬉しい!じゃあ国王様にお話してくれる?
許可をいただかないといけないでしょう?」

「え」

「それからね。
この話、王太子ご夫妻とリューク公夫人のシャナイア様にしてもいい?」

「え?」

「協力していただきたいの。
王子様のいる王太子ご夫妻にはご意見をお聞きしたいし、シャナイア様には小さな子が遊びながら文字を覚える玩具に描く絵を考えていただきたいの。
シャナイア様の絵は見ているだけで楽しいんだよ?」

「チヒロ……」

「……ダメかな?」

レオン様は、眩しそうに目を細めチヒロ様を見て―――そして頷いた。

「いや。いいよ。―――ありがとう」

チヒロ様はきょとんとして、軽く吹き出し笑った。

「え、なんで私にお礼?私が言う方でしょう?ありがとう、レオン」

私は俯き潤んだ目を隠す。

『空』はなんと得難い方を降ろしてくださったのか。

風が吹いたのだ。
チヒロ様が風をおこした。

『空の子』様がその発案を認めたのだ。
それだけで。王妃リュエンシーナ様の名誉は回復する。

王家が変わる。

ひとつになるのだ。

ようやく―――――。



◆◇◆◇◆◇◆



「『空の子』様のお話相手を、だなんて勝手に決めてこられたから。
私は《まだ》貴方を叱らなければならないのかと思っていました」

チヒロ様の居室を退出し、帰宅の為に馬車へと向かう途中。
私は隣を歩く妻に謝罪した。

「すまない、エスファニア。
だがどうしても、君をあの方に合わせたかったのだ。君も喜んでくれるかと」

「レオン様にお会いできるだけでも良い、と思い来ましたけれど。
……ええ。お会いできて良かった」

妻は楽しそうに笑った。
私の気持ちも軽くなる。

「どうだった。チヒロ様は」

「貴方が私をお話相手に、と勝手に決めてこられた理由がすぐにわかりました。
……私の高貴な友人。亡き黄金の王妃様によく似ていらっしゃる。
久しぶりに、陽の光を追いかけて走る子どものような気持ちになりました。
不思議ですわね。
あの方は《優しい夜の少女》ですのに」

「よくチヒロ様を託児所のあった場所に案内してくれた。
君は本当によく気がつく。感謝してもしきれない」

「あら。それは私の手柄ではありません。
私ではなく、貴方の《ご主人様》に感謝なさいませ」

「何?我が主人に?」

「ふふ。見事なまでにチヒロ様が行きたい、と希望される場所を全て潰されて。
あれでは私が案内する《場所》を決めることは必至。
そしてそれは必ず王妃様に関する所だと察してみえたのだと思いますよ。
それでチヒロ様がどうされるかは分からなかったでしょうけれど。
《何か》するかもしれない、と思ってはいらしたでしょうね。
素晴らしい方ですわね。頭が下がります」

「そうか……我が主人が……」

私は立ち止まり退出してきたお部屋の方を見る。
そして再び妻に目をやると彼女の、結い上げた髪から一筋落ちた髪を耳にかけてやりながら言った。

「だが、やはり。見事にやりきってくれた、君に感謝するよ」

耳がくすぐったいのか彼女がくすくすと出会った頃のように笑う。

「お上手になられたこと」


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