この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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1000年目

07 仕方がない話 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



いい天気だなあ、とぼんやり思っていた。

馴染みのカフェの、馴染みのテラス席。


通りに面して置かれた席から見える人たちは皆、幸せそうに笑って見えた。

その中から赤ん坊を抱え、肩から大きなバッグを持った顔馴染みがやってきた。
私を見つけて手を振ってくる。

私も手を振ると立ち上がって、彼女を迎えた。
大きなバッグを受け取り、椅子のひとつに置く。

アイシャはその椅子の隣――私の向かいに赤ん坊と座った。
テーブルの上には既にアイシャに頼まれたいつものケーキとお茶がある。

アイシャがケーキに手を伸ばそうとした赤ん坊を優しくなだめた。

「エリサ。お待たせ。久しぶりね」

「うん。ごめんね、アイシャ。赤ちゃんいるのに」

「大丈夫よ。むしろ嬉しいわ。お出かけすると夜よく寝てくれるのよ、この子」

赤ん坊の頭に頬を寄せ、アイシャは私が見ていた誰よりも幸せそうに笑った。
だがその顔が私を見て曇る。

「――どうしたの?元気って顔じゃないわね」

私はゆっくりとテーブルの端に封筒を置いた。
アイシャがそれを手に取り首を傾げる。

「……これ。チヒロ様から《あの男》への手紙?」

「必ず渡してくれって」

「ふーん。――で、何?エリサ。
まさか《あの男》に渡しに行くのが嫌で、私を呼んだわけ?
私にその手紙を《あの男》に届けに行けって言うつもり?」

「……ちょっと違う」

「じゃあ何?どうして私を呼び出したの?」

「……主人の命令なんだから《行け》って言ってもらおうと思って」

「つまり。背中を押せって言うこと?」

「……ごめん」

情けなかった。

《一生側にいたい》と願った主人の命令を聞けない《盾》なんて最悪なのだ。
だからひとりでなんとかしようとしたのに。でも駄目だった。

結局、私はアイシャを頼ってしまった。

アイシャはひとつ息を吐くと慣れた手つきでお茶をひと口飲み言った。

「じゃあ聞かせてちょうだい。どうしたの?……《あの男》と何があったの?」

変わらない友の声に泣きたくなる。
私はうつむき、自分の手を握った。

「なんにも。変わらないの。……四年前から。ずっと」

「え?」

「何も言わないの。私には。いつもよ。いつも、いつも。
私は人から聞いてあいつのことを知る。
隊を辞めてどこに行ったのかをアイシャに聞いた時と同じ。
ふざけたことはうるさいくらい話すくせに。
肝心なことは何ひとつ言わないの。……私には、何も話してくれない。
今度も……また―――」

「………」

「事情を知ってるらしい人には《いつかあいつが言うまで待ってやってくれ》と言われたの。
……けど。
待っていれば、いつか言ってくれる日がくるのかな。
私は、私をどう思っているのかすら聞かされてない。
うるさい後輩だと思いつつ、付き合ってくれているのか。
……少しは想ってくれているのか。
本当は……迷惑してるのか。
何度会っても、そんなことも言ってくれないのに。
私に隠し事を《話す》気なんて……《あの男》にあるのかな」

「………」

「それよりあいつのことだもの。
《話してくれる》どころか、また消えるかもしれない。何も言わず、笑ってね。
そっちの方が想像できる。……一度されたもの」

目が熱くなってすぐ手に一粒、二粒と涙がこぼれた。
止めたくても止まらなかった。

「……もう嫌なの。何も言わない。私をどう思っているのかすらわからない。
ついでに。私からも何も言わせてもくれない。上手くかわされるだけ。
そんな奴に、私は振り回されてばかり。
もう、疲れたよ。
こんなのもう嫌。ただの――元、同僚になりたい。
また黙って去られて。またあんな痛い想いはしたくない。
教えてよアイシャ。
私はどうしたらいい?」

「―――どうしようもないわよ」

「え?」

「全く、何を言うのかと思ったら。
仕方ないでしょう。諦めなさいよエリサ。貴女の負けなんだから」

「……負け?」

涙を押さえて顔をあげる。
「耳をかして」と言われるまま、私はアイシャに頭を近づけた。

「――あのね。実は私の夫もなの」

「え?」

「私の夫も私に隠し事をしていて何も話してくれなかった。結婚するまでね」

「え?」

アイシャは大きなため息を吐いた。

「《ただの幼馴染》だった頃からね。時折、仕事の日のはずなのに厨房に会いに行ったら休みだと言われたり、休みの日に朝からいなかったり。
何かおかしい。何か隠してる。
そう思ってそれとなく聞いても下手なごまかしばかり。
馬鹿よね。
私達がいくつの時から一緒だったと思ってるのよ。
彼の嘘なんて私にはすぐにわかるっていうの。
―――ふふ。
エリサは四年だっけ?
私は、《幼馴染》の夫に何年隠されていたと思う?」

「―――」

「あ、あとね。《好きだ》とか《付き合おう》なんて言葉もなかったわ。
いつもよ。夫からは何もなし」

まじまじとアイシャを見る。

「それ……何を隠されていたかは知らないけど。アイシャは良かったの?」

「良くはなかったけど、仕方ないでしょう。諦めるしかないじゃない」

「え?」

「いったい何を隠してるんだろう。どうして私に言ってくれないんだろう、ってそれはモヤモヤしたわよ。
もちろん酷いとも辛いとも思った。
けれど。
それでも私は夫が良かったの。他の人なんて考えられなかった。
そしたらもう降参するしかないでしょう」

「降参……?」

「どうにもできないわ。自分でもどうしようもない。
何を隠しているのか教えてもらえないって結構……かなりこたえるわよね。
でも。それでも離れたくなかったの」

「……」

「エリサ。振り回されるのも、傷つくのも仕方がないわ。
《あの男》を好きになった貴女の負けなのよ。
諦めなさいよ。
もうどうしようもないの。
あいつが隠し事を話してくれようがくれまいが、貴女はあいつから離れられない。
そうでしょう?」

「―――」

呆気に取られている私を見て、アイシャはにっこり笑った。

「ひとつ教えてあげる。《あの男》をよく見てみなさいな。
そうすれば言葉はなくても少しは――いいえ。とても心が軽くなるはずよ」

「え?」

「そうね。例えば。
《あの男》が隊長や副隊長からの命令以外で、私の訓練の相手をしてくれたことは一度もないわ。
私だけじゃない。誰もないのよ。
――《貴女以外》の女性騎士はね」

「―――――」

アイシャは立ち上がった。

「ほら立って。もう行くわよ」

「え?どこに?」

「どこにじゃないでしょう。
《あの男》にチヒロ様からの手紙を渡すんでしょう?」

「……そうだけど。一緒に行ってくれるの?」

「一緒には行かないわ。ちゃんと一人で届けに行きなさい。
でも行き先が同じで助かるわ。ほら、このバッグ持ってくれる?
子連れだと荷物が多くて大変なのよ」

「行き先が……同じ?」

「そう。副隊長のお屋敷よ」

大声をあげそうになった。
なんとかこらえる。

「アイシャ?!どういうこと?アイシャの家は王都じゃあ――」

「――ないのよ。私の家は副隊長のお屋敷の近く」

―――信じられなかった。

それが意味することはただひとつ。
アイシャは。《王家の盾》の―――。

「アイシャ……それ……それじゃあ……」

「《それ》が夫が私に隠してたことなの。あ、人には言わないでね。
特にチヒロ様には絶対に言ったら駄目よ」

落ち着こうと息を整えようとする。
が、気持ちが先にたち全く落ち着けない。

「……それは……言わないけど。何故チヒロ様には絶対に言ったら駄目なの?
そもそも、副隊長のお屋敷の近くって。
なら、どうしてチヒロ様がお屋敷にお邪魔している時に姿を見せてくれないの?
チヒロ様だってアイシャに会いたいだろうに……」

「仕方ないでしょう。
まあチヒロ様がみえるのが夕方から朝で、赤ん坊のいる私と時間が合わないということもあるんだけど。
何より副隊長――ご当主様の命令なのよ」

「え、命令?副隊長の?」

「そうよ。
実は私、賭けの対象にされてるのよ。もういい加減にして欲しいんだけどね」

「賭け?」

「………内緒よ?
私がこの子を宿して《南の宮》を去る時よ。
私が《子どもはチヒロと名付ける》と言ったでしょう?
で、そのすぐ後に副隊長が《屋敷の者が子どもにチヒロと名付けることにした》
って言ったの。覚えてる?」

「ああ。そういえば」

「副隊長は私を、《実は自分の屋敷の者なんだ》と紹介したつもりだったらしいんだけれど。
チヒロ様は……全く気が付かれなかったでしょう?」

「それは。チヒロ様が気付かなくても仕方なかったのでは?
私だって気付かなかったわよ。少し引っかかるものはあったけれど。
聞いた今なら《ああ!そう言うことだったのか》と納得できるけど」

「わざとわかりにくい言い方をされたんだろうと思う。何故かわからないけど。
それはいいの。
ともかくよ。その話を聞いた屋敷の連中が面白がってしまったのよ。
で、賭けになってるの。
《チヒロ様がいつ私が屋敷の者だと気付くか》で」

またも大声をあげそうになる。
今度は両手で口を押さえこらえた。

声を落として言う。

「ちょっと……っ!何してるのよ、チヒロ様で賭けをするなんて……っ」

アイシャは肩をすくめて見せた。

「仕方ないじゃないの。賭けのことを知ったご当主様まで賭けたんだから」

「…………まさか………?」

「そう、副隊長よ。ちなみに全く気が付かない方に賭けてみえるわ。
《あの男》は気付く方。セバス様も気付く方よ」

空いた口が塞がらない!

「……嘘でしょう……《あの男》はともかく副隊長に……セバス様まで」

「大丈夫、賭けと言っても言葉だけよ。金品は賭けてないわ。
それでも十分、楽しんじゃうのよね。ウチの連中。
勝った負けたが好きなのは皆、元騎士だからかしら」

「……どうなってるの、副隊長のお屋敷」

「そんなところなのよ。
……でもそのせいもあって余計にウチの連中から親しまれているのよ。チヒロ様」

「―――」

確かに。チヒロ様は副隊長の屋敷の皆さんからとても好かれている。

それはテオを死病から救ったことや、チヒロ様の性格のせいだとばかり思って
いたのだが、まさか《賭け》のせいもあったとは!

アイシャはずいっと私にバッグを渡してきた。

「さあ!帰るわよ。うだうだ言ってないでさっさと手紙を渡しに行きなさい。
ご主人様の言いつけでしょう?
全く。エリサったら駄目ね。チヒロ様にも気付かれるなんて」

「え?」

「《あの男》に手紙を渡すなら副隊長でもセバス様でも、テオでも。
ご自分で渡しても良かったでしょうに。わざわざ《貴女》に頼まれたのよ。
その意味は……わかるでしょう?」

「―――」

「覚悟を決めなさいよ。《主人》にまで心配されているのよ?
それに忘れたの?《南の宮》の仮の結婚式で、私が貴女に言ったこと」


◆◇◆◇◆


「あれえ、エリサ。どうした、今日は休み?」

「―――――」

その顔を見た途端にわかった。

アイシャは……すごい。

私の負けだ。
降参だ。

悔しい。
でも駄目だ。

認めるしかない。
仕方ないのだ。

―――もう遅い。
この想いは自分でも、どうしようもないのだ


涙をこらえようと唇を噛んだ。

うつむいて目を閉じた私の耳にはあの、《南の宮》での仮の結婚式で抱きついてきたアイシャが囁いた言葉がよみがえる。


――「次は貴女の番よ、エリサ」――


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