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1000年目
16 閑話 医師 ※トマス
しおりを挟む※※※ トマス ※※※
「トマスさん!救急蘇生法です!」
少女の声にはっとした。
慌てて練習を思い出す。
意識、呼吸がないことは確認した。次は?
「トマス!気道確保は私が!」
ニアハン先輩も動き出す。
早く!だが焦るな。
思い出せ。
チヒロ様に王宮医師全員が習ったことだ。
何度もやった。
正常な人相手にできることではないから人形相手だったが動作は同じだ。
できるはずだ!
左手の上に右手を組む。
圧迫する場所は?
リズムは?
何回で1セットだった?
大丈夫、身体が覚えている。
胸部圧迫を開始する。
人工呼吸をするニアハン先輩とタイミングを合わせる。
何回目かで男の呼吸が戻り、動いた。
まわりから大歓声があがった。
◆◇◆◇◆
馬車がゴトゴト揺れている。
そのせいか両手はまだ震えている気がした。
ニアハン先輩が明るい声で言う。
「いやあ。助けられて良かったね」
「はい」
「しかしまいったね。大騒ぎになっちゃって。
《目立たないように》って言われていたのに」
「はい」
「セバス様、泡食ってたな。とんでもない落ち合い方になっちゃって」
「はい」
「あの町で泊まる予定も変更か。
早く風呂に入りたいんだけどな。泥だらけだし。
次の町ってあとどのくらいだろう。
泊まるところあるよね。まさか野宿じゃないだろうな」
「はい」
「すぐに逃げたし、格好は旅の平民だし。
私たちを医師だとは思っても、まさか王宮医師だなんて誰も考えないと思うんだけど――って。
どうかした?トマス」
私は両手から目を離さず言った。
「……救えたんだ、と思って……」
ニアハン先輩は「わかる!」と笑った。
死病の特効薬の手がかりを探るこの旅に、私はどうしても同行したかった。
弟を奪った死病を滅する。私はそのために医術の道を選んだのだ。
だが――同行できる医師二人のうちの一人に選ばれると。
私は怖くもなった。
経験のない私が行くより他の、経験豊富な先輩医師に行ってもらう方がいいのではないか?
先輩医師の方が多くの手がかりを見つけられるのではないか?
私が行くことが、邪魔になってしまわないだろうか。
そんな思いを抱えてきた旅。
騒がしい外の様子に、何事かと思った。
馬車の小窓から見れば橋の下を見ている人々。
「男が川に落ちた」
「溺れた」
「誰か!医師を呼んでこい!」
そう聞こえた瞬間。
先輩医師は馬車から飛び降りていた。
慌てて御者に馬車を止めさせニアハン先輩に続いた。
橋の下には場所がなかったのだろうか。
ニアハン先輩と私が橋に着く前に、下半身が水に濡れた数人の者たちによってひとりの男が橋のたもとまで運ばれて来た。
運ばれてきた、水から引き上げられたらしい男は地面に寝かされた。
男を助けた者だろう。
上半身裸の、ずぶ濡れの男性が名前を叫びながら男を必死に強く揺すぶった。
だが男の顔は生気を失っていて、ぴくりとも動かない。
誰の目にも最悪な結果に見えた。
それでも
「どけ!」
と叫んでまわりの人をどかし、泥だらけのニアハン先輩は男の診察を始めた。
しかし―――やはり顔を歪め首を振った。
その場にいた全員が項垂れる。
その時だった。
少女の――チヒロ様の声が響いたのは。
――「トマスさん!救急蘇生法です!」――
震える手を握る。
あの声がなければ気付けなかった。
だがあの声で気付け……救えたのだ。
そうだ。
私はもう見習いじゃない。
私は、一人の医師なのだ―――。
拳を胸に置く。
「ニアハン先輩」
「うん?」
「私……この旅に同行できて良かったです」
ニアハン先輩は「そうか」と笑って――そのあと怒ったように言った。
「感激してるところ悪いんだけどさ。
馬車から落ちて私、あちこち傷だらけなんだよね。気付いてる?
さっさと手当てしてくれないかな。
それができるのは今、お前だけなんだから」
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