この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

文字の大きさ
127 / 197
1000年目

19 高山 ※エリサ

しおりを挟む



 ※※※ エリサ ※※※



早朝にコドリッド伯のお屋敷を出発した。

この辺りの平民が普段使用する、簡素な作りのほろ馬車で移動する。
コドリッド伯が用意してくれた物だ。

全員が荷台で布を被り荷物のふりをした。
コドリッド伯がつけてくれた地元の者――御者台に乗る御者だけが動き、ほろ馬車を操り進む。

移住して家を建てようとか、商売を始めようとか言うのならともかく、単に土地を行き来するだけなのだ。

その土地を管理する貴族の違いなど平民には関係ない。
特別な場所でない限り、行き来は自由だ。

ほろ馬車は誰に咎められることもなく、すんなりとダザル卿の領地に入った。

目的地の高山の近くには店や宿もある町があるそうだが……滅多に来ないだろう余所者は人目につく。
寄らずにひっそりと高山へと向かう。

そのままほろ馬車で進む。ほろ馬車はどんどん高山を登って行く。

しかし、しばらく行ったと思ったらいきなり止まった。
顔を出して見れば少し開けた場所で、前にはもう道はなかった。
行き止まりだったのだ。

どういう事だろうかとほろ馬車を降りて見れば――脇道があった。
なるほど、ほろ馬車はここまで。
ここが山道の入り口で、あとは歩きなのだと納得する。

《普段と同じように》山菜を取りに行くと言う御者にほろ馬車は任せて、私たちは脇道に入った。

《あの男》が先にたち道を進んでいく。

意外な景色だった。

《高山》だというのだ。
低木が少し生えている程度の、岩肌の見える場所を想像していた。
いや……標高の高い上の方はきっとそうなのだろう。

だが歩いているところは――草木の生い茂る森、だった。

圧倒的な大きさの山だったのだ。
裾野がおそろしく広い。

思ったよりも緩やかではあったが、その分長い時間をかけて登って行く。
チヒロ様と医師二人がいるのでより時間をかける。

それでもチヒロ様は大丈夫だろうか……と心配したが、チヒロ様はあたりを見回す余裕があるようだった。

私もあたりを見る。

―――ここが。《あの男》が大怪我を負った高山。

知らず《男》の背中に目がいく。
だが《男》はただ黙々と、山を登って行った。


途中、少し休憩を入れながら山道を行く。

どのくらい登っただろうか。
何度目かの休憩中にニアハン医師が言った。

「チヒ……いえ、あの……どうですか?《何か》発見はありましたか?」

万が一にでも他の誰かに聞かれぬよう、声をひそめているが期待の隠しきれない声だった。

しかしチヒロ様はふるふると残念そうに首を振る。
ニアハン医師は自らの期待を打ち消すように言った。

「ですよね。まだ来たばかりですし」

「《知り合い》にもまだ会えないね」

チヒロ様がため息混じりに言えば《男》が答えた。

「《あの人たち》は移動して生活していますからね。
ふもとの者でも今いる場所は知りませんよ」

「そっかあ……」

「まあまあ。《この山》にいるのは間違いないですし」

「うん……」

「山道を歩いていればきっとそのうち出くわしますよ」

「山道はどこまで続いているんですか?」

トマスさんが聞けば《男》が笑った。

「それ、聞きたい?」


………先は長そうだった。


結局、その日は何も収穫がなかった。

日が落ちる前にコドリッド伯のお屋敷に帰らなければならない。
仕方なく来た道を戻り、ほろ馬車に乗った。

次の日も――今度は違う山道の入り口から山を登ったがやはり収穫はなかった。

そして三日目。

最初の日の山道から入った。
だが今度は途中から、初日とは違う方向へと進む。

山道を歩くのも三日目だ。
さすがに医師二人とチヒロ様には疲れが見え、休憩を増やしてゆっくり進んだ。

―――何度目かの休憩中だった。

人の気配にいち早く気付いたセバス様と《あの男》が身構えた。
私は素早くチヒロ様をかばう。



「……エリサ。大丈夫そう」

チヒロ様はそう言うと、すっと立ち上がってその人物たちを迎えた。


私たちの誰からも声は出なかった。

三人の男性だった。

全員が髪を後ろでひとつに束ねていた。
全員が裾を紐で結んであるズボンを履いている。

そして

その上に着ているのは前で襟を交差させた服。
ウエストには幅の広い色鮮やかな飾り紐。

袖の形は違う。
だけど―――


その服は……チヒロ様の《キモノ》とそっくりだった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

処理中です...