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1000年目

29 義兄3 ※空

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 ※※※ 空 ※※※



―――さて。話を進めましょうか。
貴方は自分の為には前王妃様――実の娘まで手にかけた。
そんな貴方が本当に、リュエンシーナ姫には手を出さなかったのですか?


「ああ、出してない。本当だ。
国王陛下が《北の宮》の奥深く囲い込んでいた、ということもあったが。
……あの頃は、リュエンシーナ姫のことなどさほど気にもしていなかった。

すでに成人間近の王太子殿下がいて、私は殿下の外祖父なのだ。
私の地位は安泰だと思っていたわ。

リュエンシーナ姫がたとえ子を成そうが今更だ。
関係ないと思っていた。
むしろ王太子殿下が国王となられた時に、王家の使える《駒》が増えると歓迎していたくらいだよ。
国王陛下の寵愛ぶりは気にはなったが、貴族は皆、冷めた目で見ていたしどうでも良かった」


―――なるほど。では、その子……第3王子殿下は?


「国王陛下は生まれてすぐに《南の宮》に入れた。
本来、幼い王子も参加する行事にも全く参加させなかった。

貴族たちは《寵妃リュエンシーナ姫の命を奪った子だ。
国王陛下が第3王子を疎んじ南の宮に幽閉していても仕方がない》と噂した。
私もそうだと思ったよ。

……だが……不安はあった。
国王陛下と仲を違え、近衛隊長も辞したと言っていたが……。
第3王子について《南の宮》に入ったのは国一番の騎士で頭脳明晰と評判だったセバス。
乳母にはセバスの妻で、もと王妃付き女性騎士だったエスファニア。

もしや第3王子は国王陛下に愛されているのでは……と思うと恐ろしくなった。
それで少し仕掛けをした」


―――第2王子をけしかけたのは貴方でしたか。


「けしかけたわけではない。
《あれ》は元々、第3王子を憎んでいた。

王宮にあがったリュエンシーナ姫が、王子妃候補だという噂を信じていたのか、《あれ》はリュエンシーナ姫を自分の妃にすると息巻いていたのだ。
それは彼女が父王の妃となり、自分の義母となっても全く変わらなかった。
それほどリュエンシーナ姫に執着していたのだ。
姫の命と引き換えに生まれた第3王子を深く憎んで当然だろう。

私は《あれ》の劣等感を刺激して、より憎むよう手助けしたにすぎない。

《王弟となれるのは、どちらかひとりだ》と囁いただけだ。

すでに成人を過ぎている《あれ》の――第2王子の仕打ちは、幼い第3王子にはさぞ辛かろう。
第3王子が第2王子の仕打ちにたえかねて心でも壊すか、臣下に降るとでも言ってくれる日を今か今かと待っていたよ。

…………それなのに!

第3王子には《王家の盾》の当主がついた!
しかも《神獣つき》の歴代最高と言われる当主だ!
納得できるわけないだろう!《あるべき形》というものがある!
《王家の盾》の当主は国王陛下につくものだ!

それ以外!
例外があるとしたら次期国王である王太子殿下につくものだろう!
それを!
……案の定、第3王子に《王家の盾》の当主がついてすぐ、今まで私にすり寄っていた貴族や各国の大使達は距離を置きはじめた。

王太子殿下か第3王子か。
次期国王がどちらの王子になるのか。
日和見を始めたんだ。

第3王子が成人前から執務に関わるようになったらもっと酷くなった。
最早、誰の目から見ても第3王子に王の資質があるのは明らかとなったからだ。
早く何とかしたかった。

しかし第3王子は執務を行なうようになったものの、中央には出てこない。
《南の宮》の執務室を使うばかりだ。
しかも《王家の盾》の当主がいつも寄り添っているという。
手の出しようがなかった。用心深いことだ。全く忌々しい。

こうなったら国王陛下を狙い、早く王太子殿下を国王にしてしまおうかと考えないではなかったが――国王陛下に何かあれば真っ先に疑われるのは私だ。
それも出来なかった。

……そこへ四年前の隣国の大使の事件だ。

あいつは自国で横領、詐欺などをやってついに自国――隣国から犯罪者として追われる身となっていた。
自国に帰ることが出来なくなったあいつが比護を求めてきたのが私だ。
《同僚》から私の話を聞いたと言って来たが――脅し程度のものだった。

冗談じゃない。比護などしてやれるものか。
だが関わりたくもなかった。

かくまうふりをしてこの地の、隣の領地に行くように言った。
私の領地か隣の領地か――隣国の大使に違いなどわかるまい。
《隣》は相続問題で当時、管理者があやふやだったからな。
《安全な場所だ》と送り出して、すぐに国境警備兵に情報を流してやったわ。

あの大使とは特に繋がりはなかった。
私は《王都》にいた。
《隣の領地》で大使が捕縛されても無関係だと言い張れる。

言い逃れは簡単だと思ったよ。
だが腹立たしい事件だった。
言い逃れはできたものの、大使の奴が何故か《私の領地》にいたこと。
そして大使の手の者と、大使捕縛に向かった国境警備兵が小競り合いになり、よりにもよって面通しに来ていた《王宮の近衛騎士》が深傷を負ったこと。

噂好きな貴族共は飛びつき、本当は何かあるのではないかと私は探られるようになった。
第3王子を何とかしたかったが。
……しばらく大人しくするしかなくなった。

そんな時、吉報があった。

王太子妃が懐妊したと言うのだ!
どれだけ待ち望んでいた吉報だったか!

王太子夫妻に子が生まれれば国王陛下は慣例に従い退位される。
王太子殿下が――私の孫が国王となる!

そうすれば私は安泰だ!
憂いは消える!

王太子夫妻の王子様誕生の知らせには涙を流して喜んだよ。
美酒に酔った。もう第3王子のことなど気にせずとも良いのだ、と。

しかし―――すぐに今度は『空の子』だ!

《王家の盾》の当主、《神獣》、『空の子』!
第3王子は何故こうも強運なのだ!私は神を恨んだわ!

『空の子』が現れ、国王陛下に謁見した時――見ていた貴族共が何と言ったか知っているか。

はじめは高い知識のない『空の子』かと冷ややかだったくせに、会見の終わり頃には手のひらを返していたわ。

――「さすがは『空の子』様。容姿。気品。物腰。大勢に囲まれても全く
怯まない胆力。幼いながらすでに王妃にも相応しい」――

――「第3王子殿下と並ぶ姿はまるで昼と夜の様な完全な対ではないか」――

聞こえてきたのはそんな声ばかりだった!

貴族共には、もう現在の王太子夫妻のことなど頭になかった!

ほんの少し前にお二人に王子様が誕生したという慶事も、
『空の子』が現れた僥倖の前に消しとんでいた!

第3王子は『空』より『空の子』を降ろしていただけた方だと敬われる存在になっていた。

前例のない初の女性の『空の子』が現れたことで国政が難しくなると判断された国王陛下は退位の延期を決められた。

《王太子》が第3王子にかわるのも時間の問題だと悟らずにいられようか!

しかし何とかしたくとも第3王子は《南の宮》から出てこない。

『空の子』を降ろした当人だというのに宴にも参加しなかった。
その後も……それまでと何も変わらず《南の宮》に籠ったままだ。

『空の子』もだ。謁見以来、全く姿を見せない。

南の宮に挨拶に行っても会えた者はいない。
《宮殿》内を散歩していると聞いたが《何故か》貴族で見たものはいない。

第3王子が囲い込んでいるのは明らかだった。

……親子だな。

第3王子が『空の子』を囲う姿は、見事なまでに国王陛下がリュエンシーナ姫を囲った姿と重なったよ。

第3王子が『空の子』を妃にするつもりなのだと確信するには充分だ。

それだけで頭が痛かったのに、次は第2王子が馬鹿をして臣下に降った。
もうなす術がなかった。終わりだと覚悟したわ。

それがどうだ。
『空の子』がこの領地へ《お忍び》で来られるという。

手の者に事実かどうかを確認させればそれは本当で、しかも《この領地の植物が見たくて》来られると言うじゃないか。

珍しい植物がお好きだと言うので、この領地の植物を《手当たり次第》贈っておいて良かったよ。
どれかがお気に召したのだろう。

……喜びに震えたよ。

どうしようかと考えた。
なにせ《お忍びで》来られるのだ。
その道中に《何かあっても》不思議ではない。

一度見ただけだが印象深い漆黒の髪に瞳。
幼いながらも美しい容姿。

もちろん手元に置きたかった。

が、それはあまりに危険だ。

惜しいが葬るか、と考えないではなかったが……『空の子』だ。
さすがにそれは恐ろしい。

ならどうするか。
いい手を思いついたよ。他国に行ってもらえばいいのだ、と。

この世界にただ一人の『空の子』だ。

他国の王でも貴族でも。欲しがる者は多いだろう。
他国に贈れば、他国に恩が売れる。

『空の子』が《他国に行かれた》とわかったところでどうしようもない。
《お忍び》の旅の結果だ。

《独断で》『空の子』を《王宮》から出した第3王子の失態だ。
最高じゃないか!

いかに『空の子』とはいえ、子ども一人攫うだけだ。
簡単だと思った。

うちの私兵を出せば足がつく。
人を雇うことにした。

だが人を雇っても計画を話すと途端に逃げ出された。
『空の子』に手を出せば『空』に罰を受けると恐れてな。攫うだけでいいのに。

仕方なく大金を払えば動く傭兵を雇って『空の子』を探しだし攫ってくるように
命じたが……何故か全員消えてしまった。

攫うどころか、一人も『空の子』の一行に辿り着けた様子がない。

諜報も動かしたが『空の子』を見つけられなかったと繰り返すばかり。
そのうち戻らず報告もなくなった。

傭兵の方もだ。まだ金を受け取ってもいないのに戻ってもこない。
どうしようもなくなり、私兵を動かしても《わからない》と繰り返すばかりだ。

そんなことがあるのか?どうなってる!
これは『空』の仕業なのか?」


―――とんでもない。人でしたよ。私も驚きましたが楽ができました。
この領地には、何故か腕に覚えのある平民の旅行者が多く来ているようですね。


「平民の…旅行者?」


―――諜報と私兵の方は。貴方の、ではないので報告がないのも当然でしょう。


「……何を言っている?」


―――それはそうと。
貴方は知らなかったのですか?
第3王子殿下は国王になる気など全くありはしませんよ


「なっ!嘘をつくな!
あれだけ資質があり、周りも揃っていて上を望まないなんてそんなわけがっ」


―――ご自分の価値観だけで考えなければ宜しかったのに。
まあ、貴方が王家の外戚という立場を利用してやっていたことは許されるものでもないですけれどね。
このままでは貴方が王太子殿下を落とすことになりかねなかったというのに。
馬鹿なことを。



砂時計の砂は残り僅かとなった。
それを横目で見てサージアズ卿は、ぱん、と両手を打った。

そして言った。


「ですが、それも今日で終わりです」


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